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神与体系  作者: 金子よしふみ
第一章 祈願
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初詣

 目的地たる神蔵神社に着いた。そこは本州との交通となっている、フェリー乗り場から歩いて十分もかからない、湖を背にして辺に鎮座している。受験生にご用達で、実際に佐上も校内で見たことのある先輩達の姿も一人二人ではなかった。というのも、その由緒から、いつの頃からか「射抜く」とゴロ合わせが出回ったためである。

 午後になっているとはいえ、参拝者は少なくなく、順序良く列になっていた。佐上は列の最後尾で、順々に実に年季の入った石畳の参道をゆっくりと歩いていく。寒いことは重々承知してはいるが、できるならもう少し早く進んでくれないかと思うのは、一月の空の下にいたのでは致し方ない。彼の後ろにも人が並んできた。

 ようやくにして拝殿の前まで来た。一〇〇〇年を超えると言われる、この神社の長い歴史を感じさせる装いである。もちろん改築は何かしている。数字が重みを感じさせるのだ。

 賽銭箱にお金をそっと入れた。財布の中に小銭は百玉が一枚あった。十円でもあればと、もったいないような気が起こりそうなのを佐上はぐっと堪え、気持ちを入れ替えてから柏手を打った。

「思い切って百円を入れました。どうか今年は面白いことがありますように」

 心に浮かんだままの言葉が、口をついていたようで、隣から女性の声が聞こえた。

「素敵な祈願ね」

 どこかで聞いたことがあった。佐上は声の主を見た。佐上の高校の新しく生徒会長となった二年生の杜八千代であった。長い黒髪が寒風になびいていた。コートから覗くスカートの裾から察するに制服のようだ。休日でも制服で外出しなければならいという校則はなく、彼は私服であるが、会長がそうしているのを見ると、悪いことをしていないのに、若干落ち着きがなくなる。

 合掌を終え、段から降りると、参拝者の方々の邪魔にならないように、列を少しずれた。

「あなたはうちの生徒よね」

 品行方正、容姿端麗、眉目秀麗、頭脳明晰、春風駘蕩……そんな四字熟語のオンパレードのような存在だと生徒だけでなく、教師陣もが一目置くような、憧憬の的、いや羨望する存在の、そんな彼女から声をかけられたのだった。日本美人が具現化したような彼女の前で、佐上の鼓動は自ずと速くなる。コートの裾から見えるスカートは学校の制服だった。

「はい、佐上カイトって言います。よく分かりましたね、俺が学校の生徒だって」

「ええ、一通り全校の生徒の名前を顔は頭に入っているから」

 全校で約三百六十名の生徒を見知っておくこと、それも顔と名前を一致させ覚えていることを事も無げに言ってしまうことからも、彼女の人並み外れた点が、佐上にも垣間見られた。

「街でおイタをするような生徒がいたら、注意しなければならないし」

 いたずらっぽい話し方が、その言葉が字面で持っている校則絶対遵守のような堅苦しさを緩和していたし、佐上は

「杜先輩に注意された誰だって改心しますよ。新年だっていうのに制服みたいですし」

 と少しも盛っていない気持ちで答えた。

「ファッションに自信ないから、着やすいものを着ているだけなの。だから、気にしないで。それより、さっきの。聞こえちゃったんだけど」

 佐上カイトの新年の祈願。「面白いことが起こりますように」。佐上は声になってしまったことに恥ずかしさを感じて、それをごまかすように後ろ頭を掻いたが、

「去年は面白いことがなかったの?」

 佐上は、杜が自分のたわいもない思いつきに関心を向けていることに、意外そうな表情で受け止めながらも、

「いや、なんとなくですけどね。中学卒業して、高校になったら何でもできそうなイメージ持ってたんですけど、そんな風に大人に見えてたんですけど、実際自分がなってみると、たいしてそうでもなくて、部活でも入れば別でしょうけど、そんな気もないですし」

 あこがれの先輩の前で舞い上がらずにいる程に彼が大人でないことは、逆接の接続助詞が並列しているのを見れば察せられるものである。

「あなたの言うことにも一理あるわ。義務教育が終わって始まる高校生活。青春ていうのかしらね、何だかそんなこともあってもいいわよね。せっかく生徒会長になってんだから、学校をもっと活力ある場にしたいし、皆にはいい思い出も作ってほしいと思っているの」

「そうなんスか」

 涼やかな杜の口調が、佐上には年上の余裕に聞こえた。たかだか一学年しか違わないのに、高校男子とはそういう状況に弱いものである。自分のことだけでなく、学校全体を見渡している感が、佐上には

 ――自分には到底持てないな

 と思わせていたし、杜の言葉がこの場限りの詭弁でないことは、生徒会選挙の前に行われた立会演説会でも同様のことを言っていた記憶が証明していた。

「あなたの高校生活が面白くなるように、私にできることがあったら何でも言ってね、生徒会としてどんどん働かなくちゃならないし。生徒の意見も取り入れたいと思っているから」

 そう言うと、杜八千代は歩みを始めた。なびいた髪から何とも言えない芳しい香りが佐上の鼻腔まで届いた。佐上は、また一つ大きな拍動を感じた。

「佐上君」

 数歩進んだ所で彼女は一度振り返ってこう言った。その声は雪よりも艶やかであるように佐上には聞こえた。

「あなたの願いが叶うといいわね」

 そのまま遠くなっていく杜の背中に、「はい」と後輩らしい威勢のいい返事をすることも忘れていた。そこに吹いた冷たい風が、火照った佐上の頬を叩くと、彼は

 ――あ、破魔矢

 言付けを思い出した。一歩を出した時、

 ――あんな人から声をかけられるなんて、今年は運がいいかも

 なんてことを思いつつ、佐上は薄ら笑いを浮かべた。


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