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全受験生に捧ぐ

作者: 五十穹

「終わった」


3月某日

珍しく8時起床という当人にとっては早起きをした清々しい朝。春の足音が聞こえてきそうな朝に、カーテンを閉め切った薄暗いワンルームの中、画面の前で短くそれだけを呟き、椅子に背中を預ける男がいた。


「まぁ察してはいたが、これで全滅か。そりゃ後期受かるよう奴ならその前に受かってるはずだもんな」


ため息と嘆きと嘲笑。様々な物が混じったその言葉は嫌でも現実を突き出させる。


高校進学と同時に一人暮らしを始めて丁度3年。15年間"大人しい良い子"の仮面を被ることで手に入れた一人暮らし。今までの反動とでも言うのだろうか。親という鎖から解き放たれ、遊びに遊んだ者にしては、お似合いの姿だった。


こんなはずじゃなかった、などと言う弁解は、もはや頭に思い浮かばない。納得と諦観、そして若干の安堵があった。



パソコンの横に置いておいたコップを手に取り、一口で飲み下す。



「日本の大学受験は時代遅れだ、共通テストは実力を測れていない、なんてほざいてる奴もいるが、俺みたいなやつを弾けてるし、効果あるじゃねぇか」


舌を湿らせて出た言葉は先程と違い、言った後でも大して苦しくはなかった。


身をもってその選抜から漏れた彼は、あろう事か試験の有様を肯定し、正しく努力をした自分以外の誰かがその席に座れたことに幾許かの安心を得る。






違う。断じて違う。


敗者が自身の敗因に納得をし、勝負の公平性を説き、勝者を褒め称えることなど本心でするはずがない。


人生のかかった場面であればあるほど、

努力が届かなかったという絶望、

努力を怠ったという後悔と自己嫌悪を感じ、それに包まれる敗者の苦しみの分だけ勝者に栄光が与えられる。



それならば、なぜ彼はあのような言葉を吐いたのか。


ただ現実から目を背けるために、せめてこれ以上自分が傷つかないようにするためのある種の虚勢。心の中では叫び悶えるも、それを抑え込むための静かな負け犬の遠吠え。


自分を諦めさせるためだけの偽物の安心を創造し、無理やりに思考の矛先を自分以外に向け、ただ時間が解決することを待つための時間稼ぎ。


試験の公平性を論じれば1人の合否など些末な物に過ぎない。小さな問題を隠すために、論点を大きな問題にすり替えただけの話。


そして思考がここにまで至り、それに気がついたせいで、故意に攪拌させていた感情は本来の姿を取り戻し、仮初の感情はいとも容易く霧散する。


「ああああああああーーーーー!!!」


手遅れな現実に漸く向き合い、そして溢れて止まない衝動に身を任せる。理性のタガを外して本能に従い、涙と声が枯れるまで暴虐の限りを尽くす。





それが出来たらどれほど良かったか。


発狂、狂乱、と言うには迫力が欠け、わざわざ枕を持って来てそこに口を押し当てて叫び、腕を振り回すことはあってもコップには当たらないよう注意をし、地団駄を踏もうとした足は今が休日の朝ということを思い出し、階下の睡眠に気を遣い、貧乏ゆすりをするにとどまる。"大人しい良い子"という鎖が、いかにも暴れ慣れていない青年の無様を露呈させる。



せめて普通の"大人しい良い子"であればどれほど良かっただろうか。そうであれば普通に大学に受かり、普通の人生を歩めたのかも知れない。


そこにいるのは、ただの半端者。敷かれたレールを正しく走ることも出来なければ、レールを蹴飛ばし、道を開拓することも出来ず、親の信頼のおかげで成り立っていた自由を自堕落に過ごし、無為に散らしただけの生産性の無いモノ。


暴れる事に向いていないと悟った彼の次の行動は、力無く項垂れ、ただ枕を涙で濡らすという、いかにも"大人しい良い子"らしい絶望の仕方だった。




そして少しばかり落ち着いた後に出た言葉は、




「これからどうすれば、、」


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