第一話 共感覚の少年
第1話 【共感覚の少年】
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ここはとある国の小さな村。啓蟄を過ぎ、山々の動物たちが冬眠から目を覚まし始めるこの頃。16歳の少年は夕方の沿岸で寝そべっていた。紐を通し首にかけている指輪の
"黄緑色の鉱石"がきらりと光る。
「あいたたた…。今日は膝と足の甲か…。」
少年の右膝に貼られているガーゼの下には擦りむいたような傷があり、血も出ている。転んで怪我をしたような傷だ。
それと足の甲には、紫色の斑紋が出来ていた。まるで重いものを足に落っことした様なアザが出来ていた。今でも鈍痛が響いている。
しばらく海の方を眺めていると、声が聞こえてきた。
「おぉぉぉぉい!!!フミさんから伝言んんんんんん!!
夜ご飯だってよぉぉぉぉぉお!!!」
海の方向とは逆の森の中からイノシシのような走りで向かってくるのは、村いちばんの元気小僧"コウタロウ"だ。
「おーコウタロ…って…おぃまてまてまてまて!!」
コウタロウは自分めがけてダッシュしてきている、ということに気づき、止まるように促したが遅かった。
コウタロウはそのままの勢いで少年に抱きついた。
「ごはっっっっ!!!」
少年はコウタロウを受け止めたが、思いっきりみぞおちに入ってしまったようで、そのまま横に倒れ込んだ。
「ありゃ??ごめんね??」
「うぉっ…うぅぅ…。」
「大丈夫そうだね!!」
悶えてる少年を置いて、コウタロウは村の方まで走って戻って行った。
以上報告 3月13日
天乃目 透
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同時刻
隣の国 "ヘイトゥレッド"にて
「―問題ないでしょう。その少年が持っているのは"あの指輪"です。まだはめていないようでした。」
齢16歳の男は淡々と調査報告をする。
しかし報告の相手からは返事がない。
「―必ずや、あなたからさずかったこの"指輪"の力で我が国を再建してみせます。我が国でまた世界を支配してみせます!」
男は声を押し殺し、涙を流した。
かつて世界の頂点であったヘイトゥレッドの本拠地のこの城は今は見る影もなく朽ちている。
その地下牢に響いてるのは男の押し殺すような泣き声と、心電図モニターが発する電子音だけであった。
男は深く深呼吸をして、
「ヘイトゥレッドの加護があらんことを。」
そう告げ、ベッドの上で沢山の管に繋がれている彼の父を背にし、階段を上り始めた。
男の名は 天乃目 透。彼の右手中指にはめられた指輪の"紫色の鉱石"が夕日に照らされ、ギラギラと光る。
「まったく光太郎のやつ、また怪我が増えるところだったじゃないか…。」
沿岸から村に帰っている道中、やれやれとため息が漏れた。両足の痛みからか少し歩きずらい。
しばらく歩くと村が見えてきた。
ここは“ラクマ村”。人口は百人ほどの小さい村で、少年が生まれ育った村だ。近くには大きな風車と水車があり、電力はここからまかなっている。世界的に近代化が進んでいる中、ラクマ村はあまり影響を受けていない。いわば“田舎村”というところだ。
「ちょっとミハル、ちょっと来な。いい漬物ができたんだ。母ちゃんに持っていきな。」
話しかけてきたのは、漬物を作っては村の人に渡しているピクルばあちゃんだ。村のみんなは親しみを込めてピクルちゃんと呼んでいる。
「ピクルちゃん!ありがと!、ってか足、もう大丈夫なの?」
「なんのなんの!ミハルがすぐ手当してくれたおかげで軽いあざですんだよ、ありがとねえ。」
ピクルばあちゃんは昼、漬物づくりのため倉庫から大きい漬物石を引っ張り出したときに誤って足の甲に落としてしまった。骨にまでいかなくて本当に良かった。
「じゃあねー!ピクルちゃん!次から石使うときは呼んでね!」
漬物の入ったタッパーを片手にピクルばあちゃんに手を振る。
するとすぐに、恥ずかしそうにしている六歳の女の子とその母親が前に現れる。
「マリナさんにリアナちゃん?どーかしました?」
「ごめんねーミハルちゃん。鬼ごっこの怪我の手当してくれたんだって?ありがとね。ほらリアナ!お兄ちゃんにお礼は?」
どうやらわざわざお礼を言いに来てくれたようだ。
「ミ、ミハルにいちゃん、あ、ありがと、、、」
リアナはすっかり照れてしまって母親のもとに隠れてしまった。
「もう、この子ったら。ほんとにありがとね。」
「全然全然!大きな怪我じゃなくてよかったです。」
リアナの目線と自分の合わせるようにしゃがみこむと、リアナが顔を覗かせる。
「怪我しても泣かなかったもんね~。えらいえらい。」
そう言うとまた隠れてしまった。俺、変な顔してたかな?そうでないと願う。
「じゃあまたねー!」
日も落ち始めた。親子に別れを告げた後、我が家にまっすぐ帰った。二階建ての古いレンガ造りの家。リビングの窓から照明の灯りがこぼれている。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
間延びした返事をしたのは母親の滝野瀬 文。短髪で長身、すらっとしたシルエットで村の女子からはすごく羨ましがられている。
なんでも俺を産む前からこの国の官僚だったのだが、めんどくさくなって辞めたと本人は言っている。 まあ嘘と分かっているが。いまは家事にいそしんでおり、女手一人で俺の世話をしてくれている。
「はい、これピクルちゃんの。」
「お、やったぁ。お母さん好きなのよね~ピクルちゃんの漬物。じゃあご飯にしよっか。」
時計は午後十時を指している。
今、俺はベッドの上で少々グロッキーになっている。夕飯のカレーライスを三杯も食べた上、偶然にも母がお酒を呑んでいるのを見てしまったせいだ。
「うぅ…この体質どうにかならないかな…。」
この体質になった理由は分かっている。だが理屈がわからない。ふと昔の出来事が頭をよぎる。
—いい?この指輪は絶対に手放しちゃダメ。指にはめてもダメだからね。—
指輪をもらった十二歳の頃からずっと母に言い聞かされている言葉だ。
そしてその一年後、身に覚えのない傷ができ、異常なまでの感受性が発現した。
誰もいない家から慌てて外に出れば、
傷だらけでも遊ぶ元気な子供、朝からエールを飲み明かす職人さんたち、葬式帰りの傷心中の遺族。それらが目に飛び込み、脳の処理が追い付かず、いきなり子供たちの傷がそのまま体中にでき、家の玄関で吐いてしまった。
それから一人になることがほとんどになった。すべてはこの指輪のせいだと思い、母の約束を破り指輪をゴミ箱に捨てようと手から離した。
—…ル!…ミハ…!…ミハル!!—
名前を呼ばれる声で気が付いた。
「お、おかあ、さん?」
「瞠!!」
スーツ姿の母親が間も空けずに抱き着いてきた。
「ごめんっね…ごめんなさい…」
…なんで泣いているんだ?ここはどこなんだ?何もわからないが母の悲しみと心配の感情からただ事ではないと察した。
母の肩から目線を上げると、白衣を着た男の人がいた。
「お名前、言えるかな?」
まるで小さい子供をあやすかのように優しく、やわらかい声で聞いてきた。
「滝野瀬…瞠。」
そう答えると二人からは安堵の感情を感じた。とても温かい。
少し落ち着くとここは村の病院だと分かり、首には指輪がかけられている。
「どうしたんですか…俺…。」
振り返ってみるとここまでの記憶がまるでない。まるで時間が吹っ飛んだようだ。そう問うと空気が冷たくなったような気がした。医者は信じられないことを口にする。
「瞠君。君は“自殺”しようとしたんだよ。」
そして今に至る。あの出来事から母親は家にいるようになり、俺は着替える時も、お風呂に入る時も、どんなことがあっても指輪を首からかけたままだ。昔よりはこの体質に慣れるようになった。慣れただけで症状は変わらないが。
考え事をしていたら眠気がやってきた。
「そろそろ寝るか…。明日は怪我しませんように。」
指輪についている黄緑色の鉱石を月明かりに照らし、輝かせた。酔いで頭が回らなかったのか、カギをかけずに窓を閉め、布団にくるまった。
(お酒のせいか眠り…やすい…な……。)
時刻は十一時前、あっという間に眠りについた。
「—あの家の二階の窓から黄緑色に何かが光ったな…。」
瞠の家から三キロ離れた沿岸で天乃目透は静かに笑う。