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きみは歯車  作者: 花締
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桜色の夢

「こんばんは。まさかしおんくんから来るとは思わなかったよ。昨日会ったばっかなのに。」「…まぁ。」「その上、家にまであげてくれるなんて。痛いの、好きだったの?」「…。」

数少なに喋る紫苑とは反対に楽しそうに喋るお兄さん。1か月程、出会い系サイトを使って男の人達と会ってきたが、2回も会うなんて初めてだ。家にあげるのも。

ましてや、暴力をふるう=快楽、なんていう特殊性癖の持ち主。絶対に連絡しないと昨日は確かに思っていたのに。

「ねぇ、家に上げたって事はそういう事、するって解釈していーの?」

問う前から楽しそうにしていた癖に。僕を抱く気満々な癖に。

「…いいですよ。」「ありがと、じゃあ早速、」「但し、1つ条件つけていいですか?」

紫苑はポケットからゆっくりと小瓶を取り出して見せる。なぁにそれ、と聞いてくるお兄さんににこりと告げてやった。

「睡眠薬です。これ使っちゃだめ…ですか?」「あー…。」

少し考えてから渋々、いいよと呟くお兄さん。だがしかし、この人の爽やかな外面に惑わされてはいけない。昨日散々痛い目を見たのだから。

痛いのは嫌いじゃないけど、今殴られたら惨めでたまらなくなる。折角寂しさを埋めてくれるのに眠ってしまっては意味が無いのに。

自分の矛盾し過ぎた考えを自分で嘲笑う。

いつもこうだ。馬鹿みたい。

自嘲しながら紫苑は風呂場へ向かう。

身体を洗いながら汚い腕を見つめる。

和音と別れてから随分と傷が増えたな。また会いたい、和音に。あぁ、なんで拒否されたんだ。

紫苑ははぁ、とため息をついて、そんな考えを失くすように身体をごしごしと洗い、後ろの準備をした。

あがりましたよ、と言うとお兄さんはありがと、と甘いマスクで微笑み、風呂場へ消える。あんなにかっこいいのに特殊性癖で台無しだ。

ポケットから先ほどの小瓶を取り出してじぃっと見つめる。睡眠薬とは思えない程、それは綺麗な色をしていた。そうまるで、兎田くんの瞳のように綺麗な桜色。

吸い込まれそうな程に美しい。淡くて儚くて、甘そうな色。液体は底の方にかけて僅かにグラデーションがかかっている。少しだけ濃くなった桃色の液体は瓶の下の方ですまし顔をしていた。

これが毒薬であればいいのに、と思う。手の中で転がしながら紫苑はぼうっと眺めた。

これが劇薬で、これを飲めば死ねるなんて事起こらないだろうか。

けれど、この手の中のものは毒薬というには余りに神聖だった。余りにも儚い。まるで初心な少女のようだった。これでは僕を殺せないな、と紫苑は渋々諦めた。

「出たよー。」

我が物顔で出してもいないタオルを使いながらお兄さんが帰ってくる。かっこいいのに、色っぽいのに何か違う。紫苑には刺さらない。

「…じゃあ、飲みますね。即効性だと思います。」

いくら握ってもぬるくならない小瓶の蓋を開ける。すっかり興奮しきったお兄さんとは正反対に紫苑の心は冷めていた。これを、この綺麗なものを飲めば浄化されるだろうか、考えかけやめる。

ありえない。小さく笑ってごくりと飲み込んだ。

どこでする?と聞いてくるので無言でベッドへ連れていく。ぼふんとベッドに身を沈め、紫苑はお兄さんを甘く誘う。

身体が段々感覚を失っていく。今だけは、と紫苑は祈るように目を閉じた。

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