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きみは歯車  作者: 花締
4/13

出会った先で見たものは

「…ふーっ…。」

大きく深呼吸をする。そうでもしないと心臓が飛び出しそうだ。

紫苑は目の前にそびえ立つビルを挑戦者の目つきで見つめた。

寂しくて、たまらない。和音に会いたい。一目でいいから会いたい。

その結果がこれだ。和音が毎日通うこのビルは異物を受け入れないような冷酷な雰囲気を醸し出している。ふぅ、ともう一度深呼吸をして、足を一歩踏み出した。

受付へ行き、忙しそうなお姉さんにおずおずと声をかける。

「あの…すいません。えっと、か、開発企画部って何階ですか、?」「17階ですねぇ~。」「あっ、ありがとうございます…。」

エレベーターの前まで早歩きでいくと、そこには館内案内が書いてあった。思わず顔が赤くなる。

あのお姉さん、僕のこと馬鹿にしてるだろうな、は、はずかしい…。

熱くなった顔を冷えた手で冷やしているとチン、と軽やかな音がした。

ショッピングセンター並みに大きいエレベーターの一番奥の壁際を陣取る。

また軽やかな音がして、エレベーターは紫苑たちを運び始めた。

紫苑は、ぼぅっとガラス張りのエレベーターの外を見つめる。真っ青な空へとどんどん近付いていく。その空へ近づくのを何故か怖い、と思った。吸いこまれそうで怖い。あんなに綺麗なものに近付くのが怖い。はぁ、とため息をつくと、エレベーターが停止した。どうやら目的階についたらしい。

人をかき分け、エレベーターを出る。おろおろしながら辺りをうろついてみた。

「…ぁ…。」

見つけた。パソコンを片手にテーブルの前で女の人と喋っている和音を。

髪の毛をワックスできっちり固め、ベストを着こなしている。ネクタイには曲がりもなく、腕までめくられたワイシャツもしわ一つない。

かっこいいなぁ、と思う。別れて一週間が経っても紫苑は和音が好きだ。

…和音は、どう、なのだろうか。

壁際からそっと見つめる紫苑。和音はそれに気付かないようだ。女の人と談笑している。

あの女の人と付き合っているのかな。もう僕は面倒臭くなったのかな。

そんな目で見れば見るほど、あの2人の仲が良さそうに見えてくる。胸の奥がじくじく、と痛んでたまらない。紫苑は、ふ、と和音から目をそらして。

「…っ!??」

思わず目を見開いてしまう。見覚えのある和音の鞄。それを見つめる紫苑の顔がくしゃりと歪む。ばっ、と踵を返し、エレベーターの所まで走って戻る。エレベーターを待つ時間でさえもここに居たくなくて、階段を全速力で駆け下りた。

走っている内に涙が溢れてくる。心が、限界だと泣き喚いていた。

和音の鞄についていた可愛らしい色のお守り。あの位置には元々紫苑とお揃いのお守りが居たはずだ。兎田くんに預けたお守りが居たはずなのだ。

和音はどういう気持ちでつけたのだろうか。あの、お揃いのお守りは和音にとっては「ただのお守り」でしかなかったのだろうか。無い事に気付いて新しいものに、あのお姉さんとお揃いのものにぱっと変えたのだろうか。紫苑の事もそういう風にぱっと変えたのだろうか。

涙が後から後から溢れる。悔しくて、悲しくて、恥ずかしくて虚しくてたまらない。

和音は紫苑と別れても何とも思っていないのだ。当たり前の毎日を送れるのだ。紫苑のように毎晩毎晩泣いたりなんてしないのだ。

やっと1階まで下り、ダッシュで出口へ向かう。この建物から一刻も早く離れたかった。

なんて、なんて虚しい片想い、だったんだ。

紫苑が勇気を出して想いを告げた時、ふんわり笑ってイェス、と答えてくれた和音はもういない。いや、もしかしたらあの時笑っていた和音もうそなのかもしれない。あぁ、そうかもしれない。あの時も、この時も、あれも、それも、これも…どれもうそなのかもしれない。

電車が到着する音がした。慌てて点字ブロックまで戻って、自分が駅に居ることを自覚した。いつの間にか駅のホームに居て、家に帰ろうとしている。周りの人はぼろぼろ涙を流す紫苑をじろじろと不躾な目で紫苑を見ていた。

紫苑はいたたまれない気持ちが一杯になって目を閉じた。






はぁ、はぁ、と自分の荒い息が聞こえる。否、それしか聞こえない。頭が真っ白になって、何も考えられない。紫苑は涙で霞む目の前を思いっきりカッターで切り裂いた。

みるみるうちに、赤い涙が流れ落ちる。腕を熱を持ったかのように熱い。じくじくと痛い。けれど、この行為をやめるというのは、紫苑の頭の中になかった。

切りたいだけ切ってやっと少し落ち着く。

ふぅ、と一呼吸ついてから、辺りを見回すと、洗面所は人でも殺したかのように赤く染まっていた。その赤い液体が自分の身体から流れたという事に安堵する。自分はまだ生きている。

水道の辺りを綺麗に掃除して、リビングへ戻る。スマホをあけて、SNSをさーっと眺めた。前まで楽しかったSNSももう色を失ったかのようにつまらない。

「…あ。」

TLに流れてきた3文字の言葉。それを見て、紫苑はとある事を思いついた。最低で、最悪な、でもこの寂しさを埋めるには丁度いいこと。TLに流れてきたもののようにそれでお金を稼ぐ事はしないけれど。

そそくさとサイトを調べ、会員登録をする。プロフィールの設定を終え、液晶画面をぼうっと見ていると、早速メッセージが届いた。

開けようとする紫苑を、理性が止めた。

本当に、これでいいのか、?これで幸せになれるのか?

そんなの答えは分かっている。幸せになんてなれない。ただのその場しのぎだ。他の人に見られたら、例えば兎田くんに見られたら終わりだ。

それでも、いい。

和音がいなくても、僕の世界は動いているなんて嘘だ。動かない。ずっと僕は、僕の心は1週間前に置き去りだ。

その心と身体のギャップを埋めるために、これは必要なんだ。身体を大事にしろ?知ったことか。

「…もう、どうでもいいんだ。」

自分で自分の扱いが雑な事は知っている。けれど。紫苑より紫苑の身体を大事に扱ってくれた和音はもういない。もう何をしても、怒られない。いい例がリスカだ。リスカしてももう誰も止めない。

もう一度、いいんだ、と呟くと、理性は諦めたように消えていった。

紫苑はメッセージを今度こそ開けようとして、腕の処理をしていない事に気付き、包帯を探そうとソファから立ち上がった。

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