渡したものは
「んーっ!…はぁ。」
ねむい。朝起きて、そう思った。寝たはずなのに寝た気がしない。身体が凄く疲れていた。いや、身体というより心が疲れている。
「…んみゃ…。」「!?」「もうたべれましぇん…。」
隣に兎田くんが寝ていた。思わずびくりと肩がはねてしまう。
え、もしかして、とごみ箱の中を確かめる。そこには何も入っていなくてほぅ、と安心の吐息を漏らした。
抱かれていなくて、本当によかった。
和音がなんていうか。
「…っ、あ。」
和音はもういない。紫苑が誰に抱かれようが、和音はもう何も思わない。
心が急激に冷めていく。冷え切っていく。
だめだ、あ、駄目な奴だこれ。
「わ、わおん、わおん、」「ふぇ……なんですか…?」「わおん…っ!なんでいないのっ…。」
涙がぼたぼたとベッドの上に落ちる。和音にもう2日も会っていない。寂しい。寒い。無理だ。
「…え、犬飼さん!?なんで泣いてるんですか!?」「う゛~~っ、」
涙をなんとか止めようと唇を噛む。ふーっ、ふーっと息を整えた。兎田くんがそっと背中をさすってくれる。
「…ごめんなさい、ごめんなさいっ…。」
ひたすらに謝り続ける。和音に対してなのか、兎田くんに対してなのかは分からない。ただ、紫苑にとっては今の状況全てが自分のせいで引き起こされているようにしか思えなかった。朝日が昇っているにも関わらず、紫苑は真っ暗な独房に居る気持ちだった。
ぴろりん。
軽やかな音が紫苑のスマホから鳴り響いた。
和音かも、と思い、ばっと顔を上げる。スマホを取りに立ち上がって、スマホのパスワードを開けようと思った。
「…????」
何回パスワードを入れても開かない。何故だ、と昨日を思い返せば。
「!!!」
昨日パスワードを変えた気がする。けれど新しいパスワードがどうしても思い出せない。はぁ、とため息をついて、初期化する事にした。バックアップを確かとった気はするけれど、ゲームのデータなどは消えるらしい。これを機に、いれているアプリも選ばなきゃいけない、とぼんやり考えた。
「…はぁ。」
何も上手くいかない。人生が狂った気がする。紫苑は、後ろで心配そうに見つめている兎田くんにもう大丈夫、と笑いかけた。
「大丈…ばない気しかしないんだけど…。」「大丈夫大丈夫。」
へらりと笑顔を作ってみせる。茶らけた後輩は、じーっと紫苑を見つめてからはぁ、とため息をついた。
「…まぁ、いいですけど…。無理はしないで下さいね。」「…うん。」「…、あ、やっべ!!!!」
時計をちらりと見て兎田くんは飛び上がった。大学遅れる!やばい!とあわあわと帰る準備をしている。紫苑は、昨日今日の礼も含めて、何か渡せないかと辺りを見回した。
「じゃ、じゃあ俺帰ります。ありがとうございました、」「…これ。」「うぇ?」「…え。」
ぱ、と慌ててひっつかんだものは、あろうことかお守りだった。自分でも手の中にあるものに驚く。だってそれは。
…和音のだ。
和音のかけら。和音がおいていったお守りだ。やっと見つけた、和音のかけら。
「こ、こんなの貰っていいんですか?」「…うん。預かって。」
これを紫苑が持つことは許されない気がした。神聖なお守り。それをどす黒い感情で汚してはいけないと思った。
ありがとーございます!とお守りを握りしめて兎田くんは元気よく飛び出していった。
紫苑はふぅ、と息をついてからリビングへ戻った。ベッドには初期化が完了したスマホが光っている。また1つ、ため息をついて紫苑はスマホを手に取った。