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きみは歯車  作者: 花締
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目が覚めて


目が覚めた時には一人だった。いつもなら暖かい布団の隣も冷たい。なんでなんで、と思わずパニックになりかけて、昨日の夜の事を思い出した。







「別れようか。」「…え、?」

確か風呂上がりの事だった。ほかほかと暖かい暖房のきいた部屋に入って、うとうとしそうな心地よさに包まれた瞬間、紫苑は突然氷点下へと落とされた。

目の前の恋人は、いつも通りの優しい顔でマットに座っている。紫苑は脳が思考停止して、目の前の状況がいまいち理解できなかった。

「…え、?」「だから、僕たち別れようか。」「…なんで、?」

胸にナイフを2回刺されて、やっと何かまともな事を口に出せた。頭が真っ白の中、何とか絞り出した言葉は、何とか紡いだ言葉は。

「…ついていけなくなったからかな、」「…何に、?」

いつもと変わらない声、態度、表情。それだけに何か怖くて。紫苑は震える唇をゆっくりと噛みしめた。

「僕は入社してそろそろ3年目になる。少しずつ仕事を認められてきて、これから更に忙しくなる。だから今まで通りの対応とかできなくなるし、大事にしてあげられなくなる。」「そ、それでもいいよ、?」「僕が嫌。僕では君を幸せにしてあげられない。大事に出来ない。それならいっそ手放してしまえば、僕から解放してあげれば、他の人と幸せになれる。」「僕は和音と幸せになりたい、」「駄目。なれないよ。」

脳が、心が、身体が、情報を入れるのを拒んだ。喋れば喋る程、心にナイフが刺さる。血を出す事も忘れたみたいで、ただナイフを受ける事しかできなかった。

「何か、何か誰かに言われたの?ホモとか馬鹿にされたの?」「…。」「お願い、僕から離れないで、お願い、なんでもするから、」「…お願い、2人の幸せの為に、別れて。」

思わず縋れば、同じように返された。優しい口調だけれど、そこには断固とした決意が含まれていることに気付いてしまえばもう。引っくり返す事が出来ない、だなんて紫苑が一番知っている。和音のその性格を、全部含めて好きになったのだから。

「…わ、わかった。」「ごめん、紫苑。」「ううん、謝らないで。僕も、和音に幸せになって欲しいもん、」

言いながら涙が溢れた。違う、そんな事思ってない。和音に幸せになって欲しいのは本当だ。でも、でも。和音が幸せになる所を、和音の一番近くで見たいんだ。和音の幸せを一緒に作りたいんだ。和音に、必要とされたい、んだ。

あぁでも、この願いを言う事はもう、叶わないんだろう、?

口の中がしょっぱい。涙も言葉もごくりと飲み込んで、紫苑は最後に1つだけ、と息を整えてから問うた。

「僕の事、もう、嫌いですか、?」「ううん。」

余りにも素早い答えに寧ろ紫苑が驚いてしまった。何も返答できずにドアの前で突っ立っている紫苑に、和音がおいで、と手招きをした。

「…な、に、…っ!!」「紫苑は本当にあったかいよね。俺の、俺だけのかいろだったのに。」

警戒しながらも近付けば、ぎゅうと抱きしめられた。和音の落ち着いた、とくとくという心臓の音を聞いて思わず、ほぅ、とため息をついてしまう。その上にたまにしか使わない一人称で、俺だけの、なんて言われてしまえば限界だった。

「…っく、う゛~っ…」「泣かないで?紫苑。紫苑の事嫌いになった訳ないじゃん。さっきも言ったでしょ?俺から紫苑を解放するだけ。紫苑のためだよ?」

僕のためって。僕はちっとも嬉しくないのに。何が僕のためだ。和音のばか。

そんな言葉を飲み込んで紫苑は和音の胸の中で泣いた。女々しいと分かっていても涙が止まらない。泣きじゃくる紫苑の頭を和音は優しく撫でてくれた。

暫く泣いてから、涙で霞む目の前の恋人へ、紫苑は必死に笑顔を作って見せた。

「ぼくと、わかれて、ください、」「はい。」「…っ!!」

言った瞬間からまた涙が零れた。けれどこれ以上かっこ悪い所を見せたくなくて下を向けば、困ったように和音が笑う。

「どうする?このままもう少しくっついとく?」「…うん。」

よしよし、と背中をさすられて、胸がぎゅうと締め付けられる。

泣いたからか、5分も黙って抱き合えば、睡魔がゆっくりと襲ってきた。

「…幸せになってね。」

脳が完全に眠る前にそんな言葉が耳を掠めた。けれど、その言葉に返答する気力はなく、紫苑は眠りの中へとおちていった。







「…そっか。」

紫苑が眠るまで抱きしめてくれたのか。

それから出ていく準備をして、そのまま—————。

「…っ、はぁ。」

つんと痛む鼻を無視してベッドから起き上がる。今日は確か4時からバイトだった。まだ午前中とは言え、家事をしなければ。

和音がいなくても、僕の世界は動いている。

馬鹿みたいに晴れている空を見上げた僕ははぁ、とため息をついてから、何か食べ物はないかとキッチンへ向かった。



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