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濡れた魔王は臭い

某ライトノベル新人賞、最終選考落選作です。

ぜひ、お楽しみください。

   4


 それはありふれた光景だった。

 放課後のベンチに、ひとりの女子中生が腰かけている。

 だが、見る者が見たら景色は変わるのだ。彼女の隣に半透明の男子の姿を見出すはずだ。

 ふたりは手を重ね合わせている。現実には、少女の手に少年の手が溶け込むように合わさっている。

「そうか、君もそろそろなんだね」

「君も?」

 少女の問いかけに少年は後ろめたさを感じさせる表情でひとつうなずいた。

「母さん、再婚が決まったらしい。その人は良い人っぽかった。きっと、母さんは幸せになってくれるはずだ」

 少年、彼は病で死に母子家庭の母を心配する一念からこの世に留まった亡霊だ。その彼にとって、母に好評価の男性が現れたことは大きな安堵の材料だ。

「もう少し見守って、大丈夫そうだったら僕は旅立つことにしようと思う」

 その言葉に少女は胸が苦しくなった。

「もっと、いてよ。側に居てよ」

 少女は精一杯の思いを絞り出す。


 出会いはある意味、ありふれたものだった。

 彼女は自分が“もう長くない”ことを悟り、鬱然とした思いの中にあった。そんな彼女を追いつめるように、公園の前を通りがかった瞬間、喉の奥から鉄さびじみた匂いがこみ上げた。

 吐血し、手のひらからつたい、指から血がアスファルトに滴った。

「大丈夫?」

 そこに例性な声がかけられた。

 彼女は顔をあげた。そこにはひとりの少年の姿があった。頭脳が明晰そうで線の細い感じのする男子だ。

 彼に案内され、すぐ近くのベンチに腰をおろす。そこまで、相手が体に触れようとしなかったことに彼女は気づいていた。

「死ぬ人間を間近に見て嬉しい? もうすぐ自分の仲間になると思うと楽しい? 絶対に死んでくれって願ってる?」

少女は激しい皮肉の言葉を側に腰をおろした少年にぶつけた。幽霊のうち、少なからぬ者が死に瀕する正者に抱く思いを口にしたのだ。

「そんな訳ないだろう」

 少年ははっきりと迷いなく否定する。その言葉には、そんな悲しいことを言ってはいけない、という響きがこもっていた。

「生きるんだ。僕への憐れじゃない、君のために。君を大事に思う人のために」

 少年の言葉が彼女の胸に刺さった。

「でも、あたしもう長くない」

 悲痛な少女の声に、そうか、と少年は一瞬視線をあげてこちらを見据える。

「残された時間は少ないかもしれない。その中でできることは多くないのかもしれない。でも、投げ出したら後悔する。砂浜の波打ち際で城を築くように物事は儚くむずかしい。けど、築き上げた城は残らずとも、その城の姿は見た親しい者の記憶には残る。諦めなで、最後まで城を築き上げる努力から逃げないで」

 すべてから逃げ出したかった彼女にとって、少年の言葉はまさに救いだった。


 そんな出会いからふたりの思いは育っていた。公園で他愛ない話をしたり、幽霊でも楽しめる、動物園、水族館の観覧、そういったことでふたりはよろこびを感じた。

 だが、それに終わりが訪れようとしている。

「だからさ、競争だ」

 彼は優しく笑った。

「いつまで“在り”つづけられるか、競争だ」

 明るく彼は言葉を重ねる。

「そして、先に逝った方を残った方が悼む」

 口調を変えて告げられたせりふに、

「そうだね」

 少女は目頭を熱くしながらうなずいた。

 出会ったときからふたりの運命は決まっていたのだ。


 放課後のことだ。

 郁乃は、部活に入っていないため、家に帰っている。

 午後の授業の間、アラストルはチワワの姿になったままだった。

 しょうがないため、彼には下校の時間になるまで散歩しててもらった。

 リビングには、自分以外にも桜子とアラストル(チワワ)、ベルゼブブ(に至っては蝿)がテーブルを囲んでいた。

 ちなみに、力持はしぶとく息を吹き返したらしく、筋肉ダルマの天使が屋上に倒れているという騒ぎは起きなかった。ただ、桜子が興奮した面持ちで事情の説明を求めるため、しょうがなく家まで来てもらっている。

 人目があるところで、悪魔がどうのとかいう話はしたくない。実際、生活指導の教師が天使だったのだから、いつどこで襲われるとも限らないのだ。

「という訳」と郁乃は、一通りの説明を桜子に行った。

「そうだったんだー」

 間延びした口調で、彼女は納得する。

「でも、よく悪魔を家に泊めてあげようと思ったね」

桜子のもっともな台詞に、う、郁乃は言葉に詰まる。確かに彼女の言い分は正しい。

「だが、勘違いしてほしくない。我々、人間が思っているように『絶対的な悪』という訳ではない」

 そこへ、ベルゼブブが前脚を擦り合わせながら割り込んだ。

うわあ、やっぱり蝿だあ――彼の動作に、思わず心のうちでうめいてしまう。

「そうなの?」

 桜子が小首を傾げた。彼女は、昨日の郁乃と違ってチワワや蝿が悪魔という事実を受け入れている。類は友を呼ぶって言うよね――郁乃は、背筋が寒くなる連想を抱いた。外見が可愛いからって、悪魔を名乗り人語を操る犬を家に泊める人間は世間広しといえど、なかなかいないだろう。

「ああ。言ってしまえば我々は異種族、宇宙人とでも呼ぶべき存在だ。違う種だからといって、絶対に害を為すというのはおかしいだろう?」

「確かにそうだねえ」

 ベルゼブブの言葉に、桜子はうなずいた。

「でも、だったら、力持の奴は何で襲ってきたの?」

 郁乃は、昼間のことをさして尋ねる。

「力持? あの能天使(パワーズ)のことか」

 ベルゼブブは一度首を傾げてうなずいた。

「人間だって、領土を巡って争うだろ? それと同じことが、過去に天使と悪魔の間で起こった。それ以来、対立してんだよ」

 アラストルが代わって説明する。

「でも、そのせいでアタシたち危ない目に遭ったのよ」

 郁乃は、避難する口調で言った。

「その点は、非常に心苦しく思っている」

 ベルゼブブは、礼儀正しい口調で心情を吐露する。

「へっ、俺たちがいりゃあ、雑魚天使なんてどうってことねえ。なあ、ベルゼブブ」

 アラストルが陽気な声で、強気な発言をした。

「確かに、我々がいれば君たちを危険にさらすことはまずない。その点は安心してほしい」

 ゼルゼブブが、彼の言葉を肯定する。

「その上で、お願いしたい。我々をこの家に置いてほしい」

 ベルゼブブは、そう続けて頭を下げた。ように、郁乃には見えた。

「まあ、そこまで言うんだったら」

 郁乃は曖昧にうなずく。こんな風に丁寧に頼まれたら断れない。

 ただ問題は、化け物は問答無用で抹殺でお馴染みの妹のコンセンサスが得られていたい現状はまずい。

「何言ってやがる。命を助けたんだ、それぐらい当たり前だろ」

 アラストルが前脚を掲げて言った。

「そもそも、力持に襲われたのはアンタの責任でしょ」

 その言い方にカチンときて、郁乃は彼を睨みつける。

「彼女の言う通りだ。お前はいつも、配慮というものが足りない」

 ベルゼブブは、郁乃の意見を支持した。

「ちえっ」二対一で旗色の悪いアラストルは、拗ねた態度を取る。

「アラストルとベルゼブブは知り合いなの?」

 桜子が、気になる様子で尋ねた。

「ええ、腐れ縁というやつでして」

 ベルゼブブが質問にこたえる。

「ヒッデー言い草だな」

 アラストルが、その言葉にぼやいた。

 郁乃は、時計に目をやる。お腹が減ってきて、夕食を作っていないことに気づいたのだ。

「桜子、今日は泊まってくよね?」

「うん」

「じゃあ、ピザ取るから」

 郁乃は、ダイニングの横にある電話の受話器を取った。桜子は、たまに郁乃の家に泊まることがある。そして、その逆も同様だ。それぐらい、二人は仲がいい。

 三十分後、届いたピザを食べて、風呂に入って、みんなでワイワイ言いながら、ただし妹がいたので魔人陣は黙ってテレビを見て、その夜は賑やかで楽しかった。

 チワワの外見の破壊神、そこへ蝿の悪魔が加わって、げんなりしたが、思ってみたほど悪くはない。

うん、悪くない――。

 郁乃は、胸中でつぶやいた。記憶の底にある自分を見据える血走った眼球は意志で遠ざけられる程度には隔たりがあった。

ただ、ベルゼブブの食事風景は、どこからどう見ても蝿が食事に集っているようにしか見えなくて、げんなりさせられる。


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