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濡れた魔王は臭い

某ライトノベル新人賞、最終選考落選作です。

ぜひ、お楽しみください。


 地響きに似た足音立てながら郁乃は廊下を駆け抜ける。

 所属しているクラスは八組だ。理数科と英語科が九組と十組で、この二クラスを覗けば校舎の一番端に位置するのだ。

 唖然とする生徒を、抜群の運動神経で回避する。その動きは凄腕の剣士顔負けだ。遭遇した生徒はたまに驚愕する者もいるが、だいたいの者は慣れており「ああ、またか」という顔をしていた。

 ここで教師に出くわせばアウトだ。郁乃は、疾駆する脚にさらに力を込める。

 風と化したまま、八組の教室の扉に飛びかかった。蹴破る勢いで開け放つ。

「ま、間に合ったー」

 肩で息をして、のろのろと教室に足を踏み入れた。

「郁ちゃん、おはよ」

 友人の江藤桜子(えとうさくらこ)が、眦の下がった目をさらに弓なりにして笑顔で挨拶する。

 小首を傾げる動作で、お下げにした髪が揺れた。女子にしては背が高い郁乃は、小柄な彼女を見下ろす形になる。

「お、おはよー。焦ったぁ」

 息を整え、教室の中央のさらに中ほどの席に向かった。

 前が桜子で隣が、

「あ、今日は来てる」

 本人を前にして、郁乃は小さく声に出してしまう。

 だが、珍獣扱いされた男子生徒当人からの反応はなかった。彼の名前は、本城(ほんじょう)功貴(こうき)という。目を覆い隠すほどに長いサラサラの黒髪、切れ長の目に高い鼻梁、細い顎と整った顔立ちをしている。四肢が長く長身なのだが、極度の猫背でそれを感じさせない。

郁乃が彼を初めて見たときの印象は「あ、ゲゲ○の鬼太郎だ」というものだった。

本城は、その容貌もそうだが、かなり変わった人物だ。今だって、字の詰まった小難しそうな本を読んでいる。去年の彼の感想文は「死に至る病」という題名だけでクラスメートがヒく代物だった。

本城は、週の半分ほどしか学校に姿を見せず、後は何をしているのか不明だ。噂では、デイトレードで一日でサラリーマンの平均年収を稼ぎ出しているとか、実は学校での彼の姿は偽りのもので闇の組織に雇われ殺し屋をしている、だとか色々と言われている。

「本城くん、おはよう」一応、声をかけて席につく。

 やや間があってから、彼は顔を上げ「ああ」と簡潔極まりない返事をした。それが終わると、これで義理は果たしたとばかりに本に視線を落とす。彼はいつもこんな調子で、とっつき難いことこの上ない。そのため、学校には友達といえる人間はいなかった。

 まあ、たとえ開豁な態度を取っていたとしても、休み時間に「魔術 理論と実践」などという本を読む人間に話しかける物好きはまずいないだろう。この他にも彼は、「地獄の辞典」だとか題名が際どい書物ばかりを好んで読破している。

「郁ちゃん、今日はなんで遅刻したの?」「今日はって、そりゃしょっちゅう遅刻してるけど」

桜子が、苦笑いを浮かべながら尋ねた。事実なだけに否定できない。

 遅刻の理由、喋る破壊神(チワワ)と朝からすったもんだしてて遅れた、とは言えないよな、と郁乃は考える。

「ただの寝坊」ありきたりな答えを告げた。

「ふーん、そうなんだ」特に疑問に思った風もなく桜子はうなずく。

「ところで、あの子、郁ちゃんの知り合い?」

 彼女は、不思議そうに教室の扉の方を指さした。

 教室が何だか騒がしい。

「あの子?」

 郁乃は、怪訝な気持ちでそっちを見る。そこには、一人の少年が立っていた。アングロサクソン系の野性的な二枚目といった風貌だ。ここの学校の男子制服だが、顔に見覚えがない。それに、彼の最大の特徴はそこではなかった。

「イヌのミミ?」

 人間の耳とは別に、頭頂部に近い位置、左右に白い犬の耳が生えている。

 意識のどこかに引っかかるものがあった。

白い犬の耳――そこだけは目にした憶えがある。

アラストル?

「おい、郁乃ちょっと来い」

 聞き覚えのある声で、少年がこっちの名前を呼んだ。間違いなくアラストルの声色だ。

「ちょっ、何で学校に来るのよ」

 郁乃は血相を変えて、彼に駆け寄る。教室中の視線がこちらに集まっているのを背中で感じた。

「俺様は、召喚者を捜さなけりゃ」「いいからこっち来て」

 アラストル(仮定)の手を掴んで、有無を言わさず階段の踊り場の方へ連れていく。朝のホームルームの時間が近い今、ここはひと気が少なくなる。それでも遅れてくる生徒の視線が突き刺さった。それを頬を紅くしながら耐える。

「あんた、アラストルよね?」

 まずは自分の推測に間違いがないか、確証を得ることにした。

「いかにも、そうだ」

 尊大な口調で、人間版(なり損ないのイヌミミ付き)アラストルがうなずく。

「あんた、人間になれたの?」

 郁乃は、驚きを隠せない口調で言った。

ああ、と彼は事もなげに肯定する。

「だったら、何で変身しなかったのよ? そうすれば、捨てられずに済んだでしょ」

 郁乃のもっともな疑問にアラストルは、

「ぐ。召喚された当初は、犬の身体になれてなく魔力が上手く使えなかった」

 言葉に詰まった後、憮然と事の真相を語った。さらに、

「それに、人間界は大気中の魔力が薄い。容易には取り戻せない魔力を、湯水のように使う訳にはいかない」

 とつけ加えた。

 ふーん、と郁乃は軽くうなずいた。チワワが破壊神とかいう時点で、自分にとっては何でもアリという感じになっている。今更、ちょっとやそっとのことでは驚かない。彼と出会って二日と経っていないが、世界を股にかけて動物を追いかけ回すような親に育てられたため、郁乃はやたらと異常な状況への適応力が高いのだ。それに魔性と関わり合いになったのは初めてではない。もっとも、風呂に入れたことなど一度もないし今後もないだろうが。

「分かった。それはいいけど、何で学校に来たの?」

 一番の問題はそれだった。

 部外者が学校に立ち入るのは原則的に禁止だ。それに何より、クラスメートに人前でイヌミミのコスプレ(いくらなんでも、コレが本物と思う者はいないだろう)する奴が知り合いと思われるのは嫌だと郁乃は思う。

 そこまで考えて、はたと気づいた。

「待った」と口を開きかけた彼を制止する。

 アラストルは、不機嫌な顔で口を閉ざした。顔には、今度は何だと書いてある。

「何で、イヌの耳が頭に生えてるの?」

 わざと生やしているのか? それが趣味だったら、恐いな、とかなり失礼な思いを抱いた。

「犬の身体なんて使ったことがないから、勝手が分からない」

 アラストルは苦々しい口調で言う。

「ってことは」

「誰が好き好んで犬畜生の耳なんぞ生やすか」

 郁乃の言葉を遮って、彼は怒鳴った。

 角を額に、背中に蝙蝠の翼を生やすじゃないか、と思ったが火に油を注ぎそうなので言わずにおく。

「で、何で」

「さっきも言おうとしたが、召喚者を捜すためだ」

 またもや郁乃の台詞を先回りし、彼は応える。

「ここの生徒じゃないのにうろつき回ったら、不審者として通報されるわよ」

 呆れた口調で告げた。

「ふん、抜かりはない。転校手続きは済ました」

「え、そうなの」

 アラストルは鼻で笑う。郁乃は、拍子抜けした気分でつぶやいた。

「ああ、完璧だ」

 アラストルは、偉そうにふんぞり返る。

「だったら、そのイヌの耳もどうにかしてよ。友達が、思いっきり驚いてたわ」

 その言葉に、彼は瞬く間にしゅんとなった。うな垂れて、頭を抱える。

「それはいいとして」

 郁乃は、咳払いした。このまま、彼と話していてはホームルームが始まってしまう。

「とりあえず、あなたとアタシの関係は従兄妹。分かった?」

「ああ」

 イヌミミのショックから立ち直れきれぬ声で彼はこたえた。

 その後、郁乃は何食わぬ顔で教室に戻ったが、

「ねえねえ、郁ちゃん。あの人、誰? 郁ちゃんとどんな関係?」

 と急き込んで訊く桜子を筆頭に、クラスメートに質問攻めにあった。

 さらに、担任教師が「転校生を紹介する」と言って連れてきたのがアラストルだったこと騒動は長引いた。郁乃はどっと疲れ、アラストルの面倒をみるといったことをちょっと後悔する。


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