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濡れた魔王は臭い

別のペンネームでの、某ライトノベル新人賞の最終選考落選作です。

ぜひ、お楽しみください。


「俺様が犬の身に魂を宿したのには訳がある」

 やがて、アラストルはチワワの破壊神となった経緯を語り始めた。

 何でも、彼はとある人間に召喚されたらしい。

 そのとき、故意にか間違いでかは分からないが、生贄に人間を捧げなければいけないのに、その辺で拾ってきたらしい野良犬が使われた。

 結果、アラストルは犬に身をやつすことになった。

その上、召喚者は失敗だと思ったらしく(そりゃ、喋る犬が破壊神とか言われても信用できないだろう)、彼をダンボール箱に詰めて道端に捨てたのだ。

 外見は可愛いチワワのため、何度か人に拾われたが、アラストルが喋りかけると気味悪がったり、恐がったりで、その都度捨てられた。

 そして、最終的に出会ったのが、郁乃ということになる。

「しかも、魔界へ帰るには、召喚した奴に送還させなけりゃならない」

 哀れっぽく、アラストルは嘆いた。破壊神の矜持はもはや粉々なのだろう。

「じゃあ、その人を見つけないと帰れないの?」

「そうだ」

 郁乃の質問に、彼は力なくうなずく。その姿に、哀れみを感じた。

「ねえ、よかったらしばらくアタシの家に泊まる?」

「いいのか?」

 弾かれたように、アラストルは顔を上げた。

「妹は怪異嫌いだから、妹の前で黙ってるって約束してくれたら」

 郁乃は人差し指を立てて告げる。

 それにアラストルは数度勢いよくうなずいた。

「恩に着る」

彼は感激の涙を流した。泣き上戸の破壊神もいたものだ。

「ほらほら、泣かない」

 その涙を、指の腹で拭ってあげる。

ぐぅ、腹の虫が鳴く音が、彼のお腹からした。

「ははっ」

 笑った郁乃の鳩尾から、さらに盛大な音が上がる。

「朝ご飯にしよっか」

 若干、頬を上気させながらも告げた。すると、アラストルが意外な言葉を口にする。

「世話になるんだ、朝食は俺様が作る」

 ビシ、と小さな脚を突き出した。

「作るって、どうやって作るの?」

 郁乃は小首を傾げる。犬(と言っては可哀想だろうか?)が料理をする姿など想像できなかった。それと、妹にその光景を目撃されたらどうなるか、と考えるとちょっと許諾しかねる。

「大丈夫だ、任せろ」

 小さな胸を精一杯張って、彼は言い放つ。そのままソファを飛び降り、ててて、とダイニングの方へ走っていった。

 郁乃は、興味津々にそれを追う。妹が起き出してくる気配はまだないから大丈夫だろう。千佳は低血圧だ。

 ダイニングのテーブルに並ぶ二組、四脚の椅子のうちのひとつが一人でに動いて、キッチンの前に移動した。その上に、アラストルが犬のサーカスの曲芸を連想させる軽やかさで飛び乗る。

 冷蔵庫の扉が勝手に開いて、数個の卵とベーコンが宙を舞う。引き出しが開いて、ボールが飛び出した。その様子は、まさに騒霊現象(ポルターガイスト)さながらだ。

「おおー」と郁乃は、感嘆の声を上げる。

「悪魔を馬鹿にしてないか?」

 アラストルが、呆れと抗議の入り混じった視線を送ってきた。

いや、悪魔がどうのっていうか、だってチワワだし――。

 郁乃は、心のうちで抗弁する。

 そんなやり取りをする内にもトースターに食パンが飛び込み、油のひかれたフライパンに卵が投入された。香ばしい匂いが、キッチンに漂う。

 郁乃は、興奮を覚えながらそれを眺めた。その手は、無意識にアラストルの頭を撫でている。彼は、頭を振ってそれを拒否するが、郁乃は執拗に追いまわした。無言の死闘が、十数秒ほど繰り広げられる。

 そして、

「鬱陶しいわ。止めィ」

 アラストルの我慢が限界に達した。こちらを見上げ、牙を剥く。だが、チワワの外見のため迫力が一切ない。

「ええ、いいじゃない」

 郁乃は、むくれて舌を出す。

「神の頭を撫でるんじゃない」

 声と同時に二本のスプーンが宙に舞い上がって、郁乃の頭を叩いた。

「痛い、痛いっ」

 スプーンに追いかけられ、リビングの方に退避する。

「鬱陶しいから、大人しくテレビでも見ていろ」

 チワワに叱られることに釈然としない気持ちになりがならも、ダイニングを舞ってキッチンを守護している食器類の前に、それ以上のスキンシップは諦めざるを得ない。

 対面式キッチンからのぞくアラストルの後ろ姿をちらちらと観察する。尻尾をフリフリ料理するその姿は、とてつもなくキュートだ。きっと、この光景を世界に配信すれば、戦争などなくなってしまうのではないだろうか。

 不意に、彼がこっちを振り向いた。

「見、ル、ナ」一言ずつ区切るように告げる。次の瞬間、大きな食器皿やトレーが壁となり、キッチンの様子がうかがえなくなった。

「ちぇっ」郁乃は仕方なく、テレビを眺めて時間を潰す。

 調理の、食器や器具が擦れ合う音を耳にすること数分「出来たぞ」という声と共に、テーブルの上に目玉焼き、ベーコン、それにトーストがのった皿が並んだ。さらに、サラダとドレッシング、マーガリン、ナイフとフォークが飛んでくる。次いで、椅子ごとアラストルが移動してきた。

 郁乃は、向かい側に腰を下ろす。実は、朝は和食派なのだが、せっかく作ってくれたので文句を言うのも悪い。

 素直に手を合わせて、いただきます、と言った。

「うん、おいしい」

 シンプルな料理なので、誰にでも作れるといってしまえばそれまでだが、焼け具合や塩コショウの加減がちょうどいい。

「当たり前だ」

 俺様は完璧だ、そう言いたげな口調だった。

 郁乃はそれを苦笑で受け流す。

何だか、破壊神って子供みたい――そんな思いを抱いた人間と生きる時間が違うのだから、精神年齢の重ね方にズレが出て当然なのかもしれない。

「それにしても、召喚した人を見つけるアテはあるの?」

 郁乃は、一番大事なことを訊いた。

 それに対し、アラストルは「捜すアテはある」と返す。

「実はな、制服がお前と同じだったのだ。あれは、お前の学校独特のものだろう?」

「うん、よく分かったね」

 郁乃は、彼の言葉に感心した。破壊神っていうのは、人間の、それも日本の事情に詳しいんだな、などと呑気なことを思う。

ん? 今の会話に気になる点があった。

「制服が一緒ってことは、破壊神を召喚しようとした人がうちの学校にいるってこと」

 郁乃は驚いて聞き返す。

「ああ、そうだ。正確には、きゃつが召喚しようとしたのは『悪魔』アラストルだがな」

「どういうこと?」

 妙な言い回しに、郁乃は怪訝な顔をした。

「ニンゲンは身勝手ということだ」

 アラストルは、陰のある調子で苦笑いする。

 なにやら、複雑な事情があるようだ、とその様子から郁乃は察した。気まずさに視線を泳がせると、壁にかかった時計に目が止まる。時計の針は、とうに家を出ていなければならない時間をさしていた。

 一瞬、頭の中が真っ白になった。直後、猛烈な危機感が脳髄の芯を熱くする。マズイ……マズイ、マズイ、マズイ、マズイッ――郁乃の手が神速で閃いた。

 一気に朝食をかきこみ、咀嚼しながら立ち上がる。

「ゴ、ひ、ふぉう、様、デ、ふぃ、た」

 言い残し、リビングを飛び出した。

「千佳、起きないと遅刻よ」

 今すぐ起きても用意を考えたら遅刻だろうが、責任回避のためにそこは言わずに郁乃は二階につづく階段に向かって叫んだ。

「大丈夫、今日は巨乳の日、祝日だから大丈夫」

 明らかに寝ぼけた声で妹が声を張り上げた。

「そんなAVみたいな祝日、ある訳ないでしょ」

 若干、頬を熱くしながら郁乃は怒鳴る。今の妹の発言がご近所に漏れたらと思うと恥ずかしくて仕方がない。

「どうしたんだ?」

 リビングから出てきたアラストルの怪訝な声が背中にかかるが、応える余裕はない。

 二階に登って妹の部屋の扉を昔の借金取りのごとく猛打する。

「何、お姉ちゃん。火事でも起きたの? 水なら便器から」

「アホ、遅刻するわよって言ってんの」

 便器から何なのだろうか、と思いながら妹を大声で叱責する。

 徐々に妹の顔に理性が宿った。彼女は体を捩り、勉強机の脇の壁の上の方の壁掛け時計を見やった。

「お姉ちゃんのバカ、リベンジポルノしてやる」

 妹が悲鳴じみた声を漏らす。だが、郁乃と千佳は恋人ではない。それに、恋人だとしてリベンジポルノするな――。

 妹が状況を理解したところで郁乃は電撃の速度で二階奥の自室に飛び込んだ。光速で着替えを済ませ、一階の洗面所に駆け込む。歯磨き、顔洗いを終わらせ、玄関に向かった。

 背後では妹が郁乃から数分遅れで出かける準備を整えつつあった。

 だが、妹を待っている余裕はなく郁乃は家を飛び出した。慌てているせいで、頭からアラストルのことが抜け落ちていた。


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