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幼馴染と浮気したら、冷たかった彼女がヤンデレ化したんだが

作者: 氷室みぞれ

 浮気。

 それは、広義では恋人がいるにも関わらず、他の異性と親密になることをいう。


 ボーダーラインは曖昧で、人によって異なる。「他の異性とデートしたら浮気」とか、「電話をしたらアウト」とか、「二人で出かけるのは良いけど、手を繋ぐ以上のことはダメ」だとか。


 俺がこのボーダーラインを踏み越えたことで、つんけんしていて冷たかった彼女は、豹変した。


 事の発端は、幼馴染からのお願いだった______。





「お願い春日(はるひ)!一生のお願いっ!」

「ええ……。なぁそれ何回目だよ……。俺、これまでに100回は聞いた気がするよ?」


 俺の幼馴染こと宮坂朱莉(みやさかあかり)は、両手を合わせたまま上目遣いに俺を見つめている。

 おしゃれな彼女は、金髪をいつもポニーテールにしてシュシュをつけている。スカート丈は短く、短いソックスを合わせていて、よく手入れされた尖った爪はネイルが施されている。


 そう、朱莉はギャルなのだ。

 かなり校則が緩いうちの学校でも校則ギリギリなのだが、要領がよい彼女は先生に注意されないどころかむしろ仲良いまである。


 あかり、という名前の通り明るく快活で友達も多い。クラスの中心人物である。

 そんないわゆる「陽キャ」と特に「陽キャ」でも「陰キャ」でもない俺が仲がいいのは、幼馴染という特別枠だからだろう。


「えー、まださすがに100回はいってないって。98回くらい?」

「変わんねえよ。……つか、それ一生のお願いじゃなくない?」


 綺麗にお化粧された勝気な瞳が細められ、朱莉はけらけらと笑った。うーん、この屈託のない笑顔に押されっぱなしなんだよなあ。


「ね、でもこれはマジなお願い。だってあたし、今度赤点とったららくたんだよ?笑い事じゃない」

「らく、なに……?」

「らくたんだよ、落単!単位を落とすってことー。春日ってそういうとこあるよね。流行に疎いって言うかさあ」

「うるせえ。流行の最先端を行っている朱莉には、逆に分かんない言葉も知ってるもんねだ」

「えっ、あたし最先端なのー!?めっっちゃ嬉しいんだけど!」


 嫌味を言ったつもりなのに、朱莉は褒められたように満面の笑みを浮かべている。……こういう邪気の無さが、相手の悪意を溶かしてしまう。


 ううむ、あなどれぬ。

 俺はやれやれとため息をついた。


「分かったよ。勉強教えればいいんだろ」

「わーい!やったー!あんがとっ、春日!」


 そう言うと、朱莉はしなやかな手でハイタッチをしてきた。……この子、こうやっていろんな男を落としてきたんだわ、ヤダ怖い!

 朱莉の無邪気さを良く知っている幼馴染の俺じゃないと、確実に誤解が生まれてるぞ。


 こうして、学力10位以内をキープしている俺は、赤点回避を目指して、勉強会を開くことにしたのだった。明日の放課後、ファミレスでという約束をして。


 俺の学校は偏差値が高い方なのに、よく入れたよなあと、目にクマを作りながら受験勉強を見てやった思い出を思いだし、俺は一人で苦笑した。





 放課後。

 チャイムが鳴ってすぐに教室を飛び出す。遊びに誘う友人の声もおざなりに断り、他クラスの靴箱へと向かう。よかった、間に合った。


「なみ!……一緒に帰ってもいいか」

「……はるくん」


 弾んだ息を整えていると、たった今気が付いたとばかりになみは振り向いた。

 西野なみ。俺の彼女である。


「……別に約束してないじゃない」

「そ、そうだけど。なみ、いつも先帰っちゃうから。たまにはいいだろ。……こいびと…だし」


 なみはふぃと横を向いた。天使の輪がある黒髪ボブが揺れる。つんとした鼻筋にミルクみたいな白い肌。伏せられた大きな瞳は潤んでいる。


 朱莉とは違ってクールで清楚系の彼女は、学校の二大美少女として人気を博している。誰に対してもフレンドリーな朱莉と、クールだけど決して冷たくはなく、頼まれたことは微笑を浮かべて引き受けてくれる優しい彼女。


 なのに。

 最近、俺の彼女が俺にだけ冷たい。

 先に帰ってしまうし、話しかけてもそっけないし、沈黙は多い。笑顔は少ない。おまけに、チャットの返事も非常に遅い。


 出会った頃はよく微笑んでくれたし、会話も他の人たちと話すときと比べて弾んでいたと思う。だからこそ、恋人になれたのだ。


 いつからなみはこんなに塩対応になってしまったのだろうと、悲しい気持ちになりながらも、俺は明るく振る舞った。

 なみのことが好きなので、別れたくないのだ。だから、これが俗に言う倦怠期なら何としても乗り越えたかった。


 なみはしばらく沈黙した後、小さな声で言った。


「まぁ、いいけど」


 一緒に帰ることを了承してもらい嬉しくなる。背筋がピンと伸びたなみの隣をゆっくり歩く。


「なぁ、この後時間ある?寄り道とか……しない?」

「え……なんで」

「なんでって、なみと遊びたいからだけど」

「……どこ行くの」

「どこがいい?」

「……じゃあ、クレープ屋さん」


 なみは非常にそっけない塩対応なのだが、だからといって完全に無視とか俺からの誘いを全て断るかというとそうではない。


 ここが疑問点なんだよなあ。そもそも、俺のことが大嫌いになったのなら別れを切り出すはずだし。

 やっぱり、今はちょっとマンネリ気味なだけで、修復できるはずだ……と信じたい。


 高校生が群がっているクレープ屋さんに着き、甘いクレープを二人で頬張る。

 俺はカスタードバナナ、なみはいちごとブラウニーのデラックスなクレープだ。はむはむと夢中になって食べている様子につい頬が緩む。


 俺と話している時とは表情の輝きが違う。ぐすん、泣いちゃうよ?


「相変わらず、甘いもの好きだな」


 なみは、ぴくっ、と固まった。無表情に戻る。


「そうね。悪い?」

「そんなこと、言ってないじゃん。微笑ましいよ」

「……子ども扱いしないで」

「……彼女扱い、なんだけど」


 勇気を出してちょっと気障なことを言ってみる。やばい恥ずい。

 引かれたかな、と様子をうかがうとなみを小さく、へっ、と素っ頓狂な声を出した。瞳が大きく見開かれ、頬が朱色に染まっていく。


 あれ?なんか意外と、好感触っぽくね?


 嬉しくなり、そこで調子に乗ってしまったのがダメだった。


「あ、なみ。頬にホイップ付いてる……」


 頬に付いたホイップを指で拭おうと頬に触れると、


「っ!やめてっ!!」


 ぱしんっ、と手を払われた。

 ショックだった。俺に触れられたくないのか。


「…自分で拭くから、いい」


 ハンカチで上品に口元を拭っている。

 悲しみのあまり、クレープを持っているのを忘れて、ぎゅっと握ってしまった。カスタードクリームが溢れ、服にぼたぼたと落ちる。


「あっ、ああー。やっちまった。うわ、服がべとべと……」


 なみはちら、とこっちを一瞥すると正面に向き直り、


「ばかね」


 と言ったっきりだった。

 俺はかなり傷つき、以前もこんなことがあったな、と思い出していた。


 あれは付き合いたての頃。服にクリームをこぼした俺に大丈夫?とハンカチで服をとんとんしてくれた。

 ハンカチが汚れちゃうから、と言って断ろうとしたが、いいよ、汚れ落ちると良いね、といって微笑んでくれた。


 何で、こうなってしまったんだろう。

 俺の何が悪かったのかな。


 もう俺たちの関係は修復できないのだろうか______。



「ねー、春日ぼーっとしてる」

「あぁ、ごめんごめん。んーと、何だっけ。問4?」

「全然違うし!問13!」

「えっ、もうそんなに進んだのか!?」


 朱莉は一瞬呆れたように俺を見ると、けたけたと笑った。

 放課後のファミレス。約束の勉強会だ。開始してから1時間は経ったが、店内の客はまばらで、もう少しいられそうだった。


「進んだんだよ。てか大丈夫?……なんかあった?」


 問題を解きながら、さりげなく聞く朱莉の声は優しい。


「……ん、まぁちょっとな」

「相談のるけど。…あたしに言えない?」


 なみと付き合っていることは誰にも言っていない。なみが学年二大美少女の1人というのもあって、騒がれると面倒だからだ。


「うん。悪い。好意には感謝してる」

「そ?いいけど。……あたしも春日に言ってないことぐらいあるしね」


 意外だというのが顔に出ていたのか、朱莉はおかしそうに笑った。


「確かにあたし、春日に対しては特にあけすけだけどさー。そんなに驚くことじゃないっしょ?」

「いや、まあそうなんだけど」


 朱莉はシャーペンを走らせながらつぶやいた。


「……ねぇ。懐かしいね。こうやってさ、ファミレスでよく勉強見てもらったよね」

「ああ、受験の時な。朱莉、隙あらばサボるからマジで大変だったわ」

「それな?」

「いや、それなじゃねーんだよ」


 2人でくつくつと笑う。


「でもさ、よく頑張ってたよな。俺、正直朱莉は途中で止めちゃうかと思ってた。見かけによらず根性あるよなあ」

「見かけによらず、って失礼なんだけどー。ガンガンあるし。………てかさ、何のためにあたしが受験勉強あんなに頑張ったと思ってんの?」

「え?」

「春日と同じ高校通うためだよ」


 沈黙が流れる。

 ふざけているのかと思って顔を見たが、目つきは真剣そのものだ。丁寧に塗られたマスカラの奥の瞳が、じっと俺を見据えている。


 朱莉は机越しに前のめりになると、ニッと笑った。

 第2ボタンまで外されたブラウスから、大きな胸の谷間がのぞいていて、慌てて眼を逸らす。


「春日、当ててあげよっか。彼女と上手くいってないんでしょ?」

「えっ、な、なんでそれを」


 彼女がいることは誰にも言っていないのに、言い当てられ心臓が跳ね上がる。


「分かるよー。幼馴染なめんなっつの。ちなみに付き合い始めた時期も知ってっから」


 マジかよ……。俺のひた隠しにしてきた努力って一体。

 俺、そんなに分かりやすい?


「……ねぇ」


 朱莉は、テーブルの上にのせられた俺の手に、自分の手を重ねた。

 温かく、さらりとしている。何度も見てきた綺麗な長い爪の手が、俺の手を軽く握っていることが信じられず、うろたえる。


「あたしが、なぐさめてあげよっか?」






 目が覚めると、どこかの暗いマンションの一室にいた。

 どこだここ。……いや、見覚えあるような……。


 腕におかしな感触を覚え、確認すると、俺は腕を後ろに回され椅子に縛り上げられている格好だった。

 脚は自由だったが、腕とおしりが椅子と密着しているので歩くこともできない。


 ……もしかして、誰かに監禁されてる?

 すると、廊下から足音が聞こえてきた。とても軽い。

 扉が開き、息をのむ。


「……はるくん」

「えっ……」


 なみだった。

 ズキッと頭が痛んで、昨日のことが全て思い出された。


 そうだった。ここはなみの家だ。


 昨日は朱莉とファミレスで勉強会をしていて、なぐさめてあげよっか、なんてことを言われてうろたえていると、なみから電話がかかってきたんだった。


 そんなこと久々だったから本気で嬉しくて、朱莉に謝って、急いでなみの家に向かったんだった。今から遊びに来ない、クッキー焼いたの。そう電話口で聞いた。


 家にお邪魔したら本当に焼きたてのクッキーがあって、久々によく話してくれたし、微笑んでくれた。楽しかった。


 それで、確かその後は、出されたミルクティーを飲んだら急に眠くなって______。


「おはよう。よく眠れた?」

「……なみ」


 なみは微笑を浮かべている。最近はめったに見せてくれなくなった笑顔。

 嬉しいはずなのに、恐怖を感じる。


「今日は休日だから、学校の心配しなくても大丈夫だよ」

「いや、なみ!待てよ、これどういうこと?え……なんで俺縛られてんの。それに昨日……昨日のミルクティー、あれ、まさか睡眠薬が______」



 あははははっ、となみは笑った。


「こんなによく効くなんて、思わなかったなぁ。ぐっすりだったよ?あ、今は朝の10時ね。昨日の18時くらいからずっと寝てたもんね。どう、気分は?」


 なみはゆっくりと近づいてくる。ルームウェアなのか、ゆったりとしたワンピースに黒いタイツを合わせていて、普段なら可愛いと思うところだが、そんな余裕はない。


 何をされるんだろう。背中を冷や汗が流れ落ちるのを感じる。そうだ、警察……!縛られた手をじたばたと必死に動かすが、ほどけることはなかった。


「あはっ。もしかして携帯探してるの?」


 なみが手に、俺のスマホを持っていた。


「せっかくの二人きりの時間だもん。誰にも邪魔されたくないから、これはお預けね」


 そう言うと、自分のポケットにしまい込む。

 おそらく眠った時に俺のポケットからとったのだろう。くそっ。


 いつの間にか、目の前まで来ていたなみはにっこりと笑った。

 そのまま、ゆっくりと向かい合わせで俺の膝の上に乗っかる。脚を開き、太ももで俺の腰を挟むような、密着する座り方である。


 確かな重みを感じていると、そのまま俺の胸にたおやかな胸を押し付けてくる。触れているところ全てが柔らかく、マシュマロみたいだな、と場違いな感想を持った。


「はるくん。はるくん。はるくんの寝顔、すごく可愛かった。ずっと見てたいくらい」


 そう言うと、ちゅっ、と頬に唇を押し当ててきた。

 普段は、スキンシップを自分からとらない、受け身な女の子なのに。


 驚いて顔を見る。

 なみの笑顔は、眼に光が差していなかった。真っ黒な黒目がちの目で、口元だけ笑っている。


 別人みたいだ。恐怖で声を出すことも、抵抗することもかなわない。


「はるくん、好き……。ずっとこうしてたいな。…ねぇ、私に飼われない?すごーく、大事にしてあげる。…はるくん……好き。大好き。ふふ、可愛い。……はるくんいい香りするね。変えたでしょう、柔軟剤。どこの?」


 ちゅ、ちゅ。

 話しながら、何度も頬に唇を落とす。


「リップクリームも、最近塗るようになったね。寒くなって、乾燥してきたもんね。私、はるくんと同じの買ったんだよ。あと爪。人差し指だけすごく短い。深爪しちゃったの?おとといまでは普通だったのに。……ね、少し痩せたね。1.3キロくらい。体形気にしてるの?体育の時間、短いジャージのズボン履きたがらないもんね。全然太ってないのに。それに、太ったとしてもはるくんは十分かっこいいよ?既にかっこよすぎるくらい」


 こわい。

 背中を冷や汗が何度も流れていくのがわかる。

 何でそんなこと知ってるんだろう。柔軟剤、リップ、爪、体重___数字までぴたりと当たっている。


 すると、なみは俺の恐れを感じ取ったのか、より一層笑みを深めた。


「はるくん、怖いの?……大丈夫だよ、優しくしてあげるから。ふふっ、怖がってるはるくんも可愛いな。ほんとに好き。…………ねぇ、全部私にちょうだい?」


 吐息がかかり、唇が唇に近づく。

 最後にキスしたのはいつだったか、そんなことを頭がかすめ、はっと我に返る。


 だめだろ、こんなの、俺もなみも______。

 恐怖で出なかった声が、スッと出る気配がした。


 ありったけの声で俺は叫んだ。


「やめろっっっ!!!!!!!」


 ぶんぶんと頭を振り、脚で暴れ、必死の抵抗を示す。

 元々華奢でひ弱ななみは、簡単に椅子から振り落とされてしまった。


「きゃっ」


 尻もちをつき、我に返ったような、驚いた眼で俺を見る。


「なぁ、なみ!!何でこんなことするんだよ!ちゃんと、説明してくれよ!」

「……っ。そ、それは」

「いきなり睡眠薬飲ませたり、椅子に縛ったり、かと思ったらくっついてきてさ……わけわかんねえよ!……っ。俺、今のなみ、…正直怖いよ」


 大声で叫び、ゼイゼイと息をする。

 なみの目に少し光が宿った。正気を取り戻してきたのかもしれない。


 なみは俯き、唇をかんだ。


「……はるくんが悪いんだよ。私に隠れてあんなことするのね」

「は?隠れてあんなことって………俺、何も心当たり無いんだけど」

「とぼけないで」


 きっ、と睨まれる。大きな瞳は潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうだった。

 俺はなみが泣くところを見たことが無い。人に涙を見せない女の子なのだ。


 だからつい、こんな状況にもかかわらず弱気になり、黙り込む。


「でも、こんなふうにはるくんを縛るのは本意じゃない。だから、逃げ出さないって約束してくれる?するなら、といてあげる」


 黙って頷く。何かあっても、相手は華奢な女の子だ。腕力で負けるはずがない。逃げられる。

 そう思って、黙って頷いたのに、


「腕、大丈夫。痛くない?……ごめんね、跡になっちゃったね。……こうしていたら、血流よくなるかな」


 思いのほか、なみは心底申し訳なさそうな顔つきで、赤くなった俺の腕をさすった。なみの手は少しひやりとしていて、優しく撫でてくれるので気持ちが良かった。


 先程までなみへの不信感でいっぱいだったが、かつてのような優しさを目の当たりにすると、どうしていいか分からなくなった。


 ……なみは、俺に何かしようとして縛ったわけじゃないのか?


 知り合って一年半、付き合って半年だ。


 数え切れないほどのなみの優しさを見てきた。俺がけがをしたり失敗したりしたら、心配しさりげなく手助けしてくれる。つまらない話も微笑みながら聞いてくれる。両親が不在の時、風邪で高熱を出した俺に、学校を休んでまで面倒を見てくれた。手作りのおかゆをレンゲでふーふーしてから口に運んでくれたなみ。


 全て、嫌な顔一つ、したことはなかった。


「……なあ、なみ。何でこんなこと、したんだよ。優しいなみが……俺のこと監禁とか、理解できない。何か理由があるんだろ、教えてくれ」

「…………はるくん、浮気したでしょう」

「うわきっ!?」


 声が裏返った。なみはまた目に涙をにじませている。


「してない!まっったくしてない!!どんな誤解だよっ」

「嘘言わないで!私、この目で見たんだから」


 そう言うと、なみは経緯を話し始めた。

 昨日ファミレスで俺と朱莉を見たこと。手が重ねられていたこと。


 確かにそのワンシーンだけ見られたら誤解されるだろう。俺は丁寧に、俺からではないこと、好意をもたれていることを知らなかったことを説明した。

 それから、今後は幼馴染と2人で会うのを止めることを約束した。


「そんな……でも確かに、はるくんはちょっと驚いた顔してた……。じゃあ本当に宮坂さんからの一方通行……」


 まだ完全に腑に落ちない様子ではあったものの、思案顔で一応納得はしてくれたようだった。

 とりあえずはよかったが、俺からも聞きたいことはあった。


 最近、冷たいのは何でなのか。俺のことを浮気したと断罪しておいて、なみだけそっけない態度をとるのは納得できなかったのだ。


「俺のこと浮気したとか言うけどさ……そういうなみこそ、最近俺にめっちゃ冷たいよね。何で?……俺、ずっと傷ついてたんだけど。でも、なみと別れたくないから、一生懸命関係を修復しようとしてたんじゃん。本気で……俺……」


 涙がにじんできた。俺だってつらかったのだ。

 なみは涙を浮かべる俺を見て、はっ、と息をのむと一瞬苦しげな顔になり、ぽろぽろと涙をこぼした。


「ごめ……ごめんなさい。わたし……」

「謝ってほしいんじゃなくて……なんでだよ、理由も言ってくれないしさ……俺が何かしたのかなって…ずっと考えて…」

「……っ。私、はるくんに嫌われたくなかったの。重いなって思われたくなかったの……!」

「は……?」


 もう二人とも、涙でぐしゃぐしゃだった。


「私、はるくんと付き合えて本当に幸せだった。毎日楽しかったの…!だから、もっと欲しい、って思った」


 なみはせき止めていた思いを一気に吐き出すように話し始めた。


「毎日はるくんと一緒に手を繋いで登下校して、クレープ分け合いっこして、帰り際にキスして。寝落ち通話してはるくんの夢見て、お弁当だって毎日作ってあげたかった!……でも……皆にばれると面倒だから仕方ないってわかってるけど、手を……繋げなかったし、下校はこっそりしなくちゃいけなかった。休日もデートしたかったけど、はるくんは部活が忙しそうだし……。たまにデートできても、はるくん恥ずかしがってキス……してくれないし……」


 ぎゅっと胸が痛くなった。

 そんなに寂しい思いをさせていたなんて知らなかった。


「でもね、私はそんなはるくんに怒ってるわけじゃないよ。本当は、はるくんは何も悪くないもん。さっき、悪いなんて言ってごめんね」


 なみは、顔を覆って泣きじゃくっている。


「私が……嫌われたくなくて言い出せなかったの。言い出せないうちに、はるくんが声かけてくれるたびに、ついわがまま言いそうになる自分が怖くて。はるくんが私に触れてくれたらもう、我慢できなくなりそうで。はるくんのことをどんどん好きになってく自分が抑えられないの……。わがまま言って迷惑かけて、嫌われたくなかったの……!ごめんなさい、私ずっとひどい態度とってたよね。はるくんに別れを告げられても、罵られても仕方ないと思ってる。本当にごめんなさい……」


 ……そうだったのか。

 全てが腑に落ちる思いだった。


 なみは出会った当初からどこか、コミュニケーションというか、相手に自分の気持ちを伝えるのが苦手な節があるなと思っていた。

 その優しさゆえに、不満があっても内にため込んでしまうのだ。


 そして、どう伝えればいいのか分からないけど伝えたい時、全身で体当たりをする。もちろんこれは比喩であるが、喜びを伝えたい時人目をはばからず抱きついてきたりしたことがこれに当たる。


 だからさっき、狂ったように沢山甘えてきたのだ。正気であれば、つまり普段のなみであればあんな風に積極的になることは羞恥でできなかっただろう。


 俺は、正気を失わなければ甘えられないほど不器用ななみに切なくなり、思わず抱きしめた。


 細くて柔らかく、腕の中にすっぽりと収まってしまった。こんな華奢な体で、図体のでかい男の俺に危害を加えようなんて、きっとはなから思っていなかったのだ。


「ひゃ……!?はっ、はるくん…?」

「我慢させてごめん」

「そんな…謝るのは私の方なのに……」

「いや、俺も悪かったと思ってる。キス…しよってねだってくれたときも、嬉しかったんだけど……へたれてて、怖気づいてた。これからは、その…頑張るから」

「はるく……これからなんて、いいの……?ひどい私のこと、許してくれるの?まだ、……一緒にいてくれるの?」

「うん。許すよ。だからなみも、我慢させて、部活で忙しいからってないがしろにしてた俺のこと、許してくれないか」

「私、そんなこと言える立場じゃ…」


 ぎゅうっ、と強く抱きすくめた。

 いいよって言う、それだけでいいよ。そういう気持ちが伝わるように。


 なみの体から力が抜けていくのが分かった。


「……じゃあ、キスして?キスしてくれたら、いいよ」


 眼に涙を浮かべたまま、色づいた頬で綺麗に笑った。

 本当に久しぶりの、心からの笑顔だった。





 翌日。


 本来なら休日だが、部活のために学校に行くと、同じくバスケ部の朱莉は休みだった。

 顧問によると、大事には至らないが、骨折して病院にいるらしい。心配する声と、ドジだからなあと愛されているが故の軽くいじる声が聞こえた。おそらく元気すぎるあいつのことだ、ヘマでもしたんだろう。


 心配な気持ちもあったが、今日、部活後になみに家に遊びに来るよう誘われていることで浮足立っていた。朱莉のとこへは、明日にでもお見舞いに行けばいい。


 ぽこん。チャットに新着メッセージが届いたらしい。


『今日はパウンドケーキ焼いたよ。待ってるね』

「さんきゅー、っと」


 俺は解放された後、ずっと考えていた。なみとの今後を。


 昨日のことを思い返してみて、やはりなみは行き過ぎた点はあったと認めざるを得ないだろう。監禁や、睡眠薬を飲ませたことだ。


 しかし、その間に何かされた形跡はなかったし、携帯も無事だった。椅子への縛り方も今思うと甘かったし、脅すようなこともなかった。割とすぐほどいてくれたし。


 何をされたかと言えば、ひたすら甘えられただけだ。頬にキスされて、抱きつかれただけ。

 縛って行う、こういうプレイだと思えば、特別異常とは思えなかった。


 それに、俺にも全く非がなかったわけじゃないのだ。

 だから、やはり俺は、もう一度なみを信じることにした。


 部活が終わり、俺は相変わらず急いで部室を飛び出した。

 今度は笑顔で。





「はるくん、まだ来ないかなぁ……」


 はるくんのことを考えていると、時間が経つのはあっという間だ。


 はるくんの好きな抹茶のパウンドケーキを焼いたら、あとはお部屋をお掃除して、待つだけ。そんな時間は好き。まだかなぁ、まだかなぁってうきうきしながら待つ、楽しい時間。


 あれから私は、私の失敗を反省した。


 はるくんは何も悪くないのに、私が勝手に浮気だって決めつけて監禁をしてしまった。はるくんは優しいから、優しすぎるから許してくれたけど、次はないと思う。


 私は、イヤホンを耳に差し込んだ。そしてスマホを手に取る。


 ぱっと画面が明るくなり、下から映したはるくんが映る。顎から顔らへんが見える。イヤホンからはっ、はっ、というはるくんの息遣いが聞こえる。それから人々の雑踏の音、信号機の音。小走りする足音。


 はるくん、速足で私のところ向かってくれてるんだ、と気づいて嬉しくなる。


 昨日、はるくんが眠っている間にスマホと、カバンについているぬいぐるみのキーホルダーにちょっと細工をさせてもらったのだ。


 はるくんのスマホから、周りの音声が常に私のスマホを通して聞こえるようにした。キーホルダーから顔が映るように、内部に特殊なカメラを施した。


 これで、はるくんがどこへ行っているのか、何を聞いて話しているのかこちらには手に取るようにわかるのだ。


 私の失敗。

 はるくんの全てを、管理できていなかったこと。


「ふふっ……」


 思わず笑みがこぼれる。


「はるくんたら、ほーんと、セキュリティーガバガバなんだから」


 カメラに私の家の周りの風景が映り、もうそろそろ着くはずだと電源を切った。

 そういえば、とふと思い出す。


「宮坂……なにさんだったっけ?……骨折で済むなんて。階段から突き落としたくらいじゃ、なかなか死なないんだなあ。人間って案外丈夫なのね」


 一人でくつくつと笑ってしまう。


「ふふふっ。泥棒ネコは排除しなきゃ。次は確実に仕留めなくっちゃね。どんなやり方がいいかな。刺殺?撲殺?うーん、あんまり事件性疑われても困るよね。自殺に見せかけるのが一番なのかな。でも彼女、自殺するようなタイプには見えないし。やっぱり事故が一番だよね。それに、私の手も汚したくないし……ふふ、大好きなはるくんのためだけの手だもの」


 ピーンポーン、とチャイムが鳴った。


 はるくんが来たんだ。鼓動が高鳴る。

 ……おっと。


「いけないいけない、クローゼット閉めるの忘れてた」


 クローゼットの中には、壁一面びっしりとはるくんの写真が飾られている。

 収納ボックスには、はるくんの使用済みのストローやクレープの包み紙、以前はるくんがこぼしたカスタードクリームを拭いたハンカチなどがそのまま保存されている。


 私の失敗。

 はるくんが大好きなあまり、コレクションしてしまうことがばれないようにしようと、冷たい態度をとってしまったこと。


「ふふふふっ。はるくん、こんなの見たらびっくりしちゃうもんね」


 ぱたん、とクローゼットを閉めて玄関に向かう。



 扉を開けると、嬉しそうな顔をしたはるくんが立っていた。


「はるくん、いらっしゃい!どうぞあがって?」

最後までお読みいただきありがとうございました。

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[一言] 彼女さん怖! 美人にここまで好かれるのも男冥利とも言えなくはないが…。 幼馴染ちゃんとばっちり。
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