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僕が知らないキミの声  作者: YUINA
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プロローグ

 ----オリト電機前の開発室 時刻・七時二十分

 片桐玲人かたぎりれいと椎名美鳥しいなみどりは開発中の製品を仕上げが終わった後の余韻に浸っていた。今までのテストを行っていく内に、ようやく商品化にたどり着けそうだと二人は感じていた。

 よし、もうすぐだ、というように頷いた玲人は楽しみにしていたタバコを吸う前に、思いっきり腕を伸ばし、一週間後の大切な日に心を踊らせていた。

 一週間後の七月二十六日。二人は籍を入れる。付き合って二年、二人だけの時間は少なくなかったものの、新しい製品の企画開発などがあり、これまで結婚の話などができていなかった。

 しかし、ようやく製品の完成の目処が立ち、やっと結婚の話ができてきたのだ。

 これまでの苦難の余韻に浸りながら、タバコを吸おうと喫煙室に向かおうとする。一方の美鳥は黙々と手を動かしていた。

 既に仕上げが終わったというのに、一体何の作業をしているのか。

 「まだ何か気になるところでもあるの?」

 気になった玲人は美鳥の作業台に近づいて尋ねる。

 「え?ああ、いえ、ちょっと式で渡す手紙を書いていただけだよ」

 そういって美鳥は書いていた手紙と折りたたむ。

 なるほど、と玲人は納得した。

 美鳥は元々、メールのやり取りよりも手紙による手書きが好きだった。子供の頃から携帯を扱うのが苦手で、友達と連絡のやり取りはいつも手紙だったという。

 「やっぱりいつまでたっても携帯は苦手なんだな。電気系は得意なのに」

 「うるさいなー。私は頭は理系でも、体は文系なの」

 「なんだそりゃ」

 やっぱりいつも変わらない。だがそこも可愛いところであると涼太は微笑した。

 そうして時刻は八時をまわった。

 「よーし、完成発表会の時のために、そろそろ上がるね」

 「おいおい。結婚式も忘れないでくれよー」

 「わかってるわかってる」

 書き終えた水鳥はそれをカバンに入れ、帰宅準備を始めた。

 「片桐君も早く帰るんだよー」

 「これ吸い終わったら帰るよ」

 「吸いすぎ注意だからねー」

 「そろそろやめようとは思ってるんだけどなぁ」

 八時になって、美鳥やその他の社員が帰っていった。残っているのは、玲人のみ。自分も急いで帰らなければと、速足で喫煙室に向かい、タバコを咥え、火をつけて吸い始める。噴き出した煙が消えゆくのを見つめながら、玲人はこれからの事を考えた。

 結婚のことは母親や職場に伝えていた。そしたら、周りは大喜びと祝いの反応だった。母は何も言わず認め、職場の周りもお祝いの言葉であふれていた。この空間の中で、涼太は彼女との幸福の未来を思い浮かべていた。

 それからどれくらい時間がたっただろうか。

 腕時計を見ると、時刻はすでに八時半を廻っている。そろそろ出なければ、と思い、涼太は灰皿にタバコを捨て、カバンを持って開発室を出た。

 やがて、その電話はバス停にたどり着いた直後にけたたましく鳴りだした。着信先をみると、彼女のメールだった。

 おそらく、彼女が家に着いたことを伝えようしているのだと、玲人は携帯に出る。

 「あ!玲人くん?」 

 電話に出たのは玲人と美鳥の同僚の新井千佳あらいちかであった。

 「どうしてこの電話に?」

 しかし、すぐに返事がくることはなかった。よく聞くと、千佳は何やら恐怖に震えているように聞こえた。玲人は次第に言いようのない不安に襲われていった。そして、さらに問い詰める。

 「あいつはどうしたの?」

 そうして、玲人は溜まった恐怖と哀しみを吐き出すかのように、話し始めた。

 「大変なの・・・美鳥と一緒に帰ってたら・・・美鳥が突然・・・急にいなくなって・・・」

 後は泣くばかりだ。玲人は呆然とするばかりだった。

 あの後、美鳥と千佳は目的地のバス停へ降りて、帰路の途中の公園で美鳥がトイレに行きたいと、近くにある公衆トイレに入っていったという。そして10分ほどたって、遅いと思った千佳は美鳥の入ったトイレに向かったが、そこには姿はなく、携帯に電話しても、連絡はなかった。

 落ち着きを取り戻した玲人も連絡をしてみたが、20回以上かけても、その声は応えることはなかった。

 3日立ち、ようやく捜索願が受理され、本格的に捜索が始まったという。玲人はまだ彼女が消えたことが信じられなかった。もう少し、と少し立てば、彼女が帰ってくるとずっと願っていた。

 彼女が用意していたのだろう。住んでいたマンションの一室には、あと4日で行われるはずであった結婚式で着るはずのドレスが消えるようにそこに佇んでいた。


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