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少年は光と出会う

 カフェを出た二人は別れの挨拶をして、それぞれの家に向かって自転車をぐ。

 時刻は夜七時過ぎ。

 界斗は煌々《こうこう》と輝く電気街の中心地を外れ、ぽつぽつと明かりの灯る住宅街に自転車を走らせる。

 カフェに入る前に一応「帰るの遅れる。先に食べといて」と母に連絡を入れておいたが、ひょっとしたら十九時半くらいまでであれば彼の帰りを待っているつもりかもしれない。

 気持ち急ぎ目で自転車を漕ぐ界斗の視界の先、ちょうど街灯と街灯の間で薄暗くなった場所に、彼の目は吸い寄せられた。

 それは、光だった。

 その光を何と表現すればよいのか。

 街灯や部屋の照明のように網膜に突き刺さるような人工的なものではない。

 優しく、どことなく温もりを感じさせ、見る者が思わず見惚みとれてしまうような穏やかな光だった。

 どことなく蛍の光に似ており、ゆっくりと明滅めいめつしていた。

 では街中に蛍が飛んでいるのかと言われれば、それは違う。

 近くに澄んだ川のないこの場所に蛍などいるはずもなかったし、蛍にしては明らかにサイズ感が大きかった。

 界斗はその光から少しばかり離れたところで自転車を止めると、スマホのライトを点け、ゆっくりと薄暗い道の端で光るそれに歩み寄る。

「嘘だろ」

 思わず界斗がそう呟いてしまったのも無理はない。

 そこには、一人の女の子が倒れていた。

 物珍しい純白のローブを身に纏い、覗く手足は雪のように透き通った白い肌をしている。地面に横たわっているために定かではないが、純白の髪は腰ほどまでありそうだ。

 ここまでであれば、彼女を外国人と考えることもできただろう。

 しかし――と界斗は横たわる彼女の頭上に浮かぶそれに目をやった。

 丸い輪の形をしたそれは明滅し、地面と何ら接触面を持たずに浮遊していた。先ほど彼が遠くから見たのはこの光だったのだ。

 天使の輪っかという言葉が界斗の頭に浮かんだ。

「……」

 この道はどちらかといえば人通りが少ないほうだが、夕食時のこの時間帯に彼のような部活帰りの生徒やサラリーマンが誰一人として何時間も通らないなんてことはない。おそらく彼女がこの場で倒れてからそれほど長い時間は経っていない。

 界斗はしゃがみ込み、恐る恐る彼女の小さな唇に顔を近づける。

「……うん、生きてはいるみたいだ」

 彼女が息をしていることを確かめた界斗は、胸の内に広がる心細さを必死で押さえつけながら口の中でそう呟く。

 道の左右を見渡すが、誰かが通りかかる様子はない

 救急車を呼ぶか。いや、だがどう見てもこの輪っかは普通じゃない。一度親に電話して様子を見に来てもらったほうがいいだろうか。

 彼がこの先の行動を決めかねている時間は十秒ほどであったが、そこで目の前の女の子がゆっくりと目を開いた。

 彼女の瞳は、赤い色をしていた。

 しかしながら、その眼光は風前ふうぜんともしびのように弱々しい。

 見るからに衰弱している彼女は、震える唇を懸命に動かして、

「……ご、はん」

「……」

「…………おなか、へった」

 ……どうやら目の前の少女はお腹を空かせているらしい。

 アニメなどでは時折表現として用いられることは知っていたが、まさかこうして現実で「だおれ」を目にすることになろうとは。

 昼に買ったドーナツを持っていたことを思い出し、界斗がスマホのライトで照らしながらガサゴソとかばんの中を漁っていると、ドーナツのいい匂いに誘われたのか、少女はよたよたと上半身だけを起こして、ゾンビのように彼女の腕を界斗の脚や腕に絡みつけてきた。その感触はしかし生きている者の温かさや女性特有の柔らかさを界斗に伝え、彼女がゾンビではないことを教えてくれる。

「ちょ、ちょっと」

 さっきまでの心細さはどこかに飛んで行って、同い年くらいの女の子に抱きつかれるような形になっていることに対する恥ずかしさがむくむくと込み上げてくる。

「……んっ、んっ」

 隣に顔を寄せてきた彼女の息遣いがやけになまめかしく耳を打つ。

 ローブ越しに伝わるふくよかな胸の感触が、界斗の理性をガリガリと削り、その内に潜む野性の感情が暴れまわる。

 落ち着け、落ち着け――。

 まるで自分が二人いるみたいだ。

 界斗は理性をつかさどる彼を懸命に奮い立たせ、時間にしては十秒にも満たない壮絶な葛藤を何とか乗り越え、ドーナツの入った袋を鞄から取り出し、それを半ば押し付ける形で彼女に手渡した。

 彼女の体が離れ、界斗の心が落ち着きを取り戻していく。袋を手渡された彼女のほうを見れば、よほど弱っているのか、袋を開けようとする手もおぼつかない。

「……はぁ」

 とてもではないが見ていられず、界斗は彼女の手から袋を取り上げ、中に入っていたドーナツを一つ手に取ると、彼女の手にぶっきらぼうにつかませた。

 彼女の手に触れたとき、界斗は穏やかな陽射しのぬくもりを思い出し、不思議な心地よさに包まれた。

 しかしそれも一瞬のことで、次に彼女の手を離したときには、そのぬくもりはどこかに行ってしまった。

 彼は名残惜しさを感じたが、それでも再び彼女の手を握る勇気は、今の彼にはなかった。

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