犯人は語る
彼は恍惚とした表情を浮かべ、愛おしそうに部屋の中を眺める。
「この部屋はね、私が彼女たちの命を弄んだ部屋なんだ。そこかしこに見えるだろう、赤黒いものが。それはね、彼女たちの血だ。――ああ、これは多賀鹿、――こっちは組城、――そしてこれが待兼、――」
待平は床に這いつくばり、染みついた血の持ち主だった人間の名を一つ一つ諳んじる。
そうしてこれまで殺したすべての人間の名を呼び終えたのか、待平はゆっくりと立ち上がり、
「笠根は、このコレクションの最後の作品として連れてきたんだ」
落ち着いた口調でそう言った。
「君も、私と彼女の性格が合わないことは知っているだろう」
ひょっとすると、待平は誰かに話を聞いてもらう機会を待っていたのかもしれない。でなければ、こうして界斗の前に姿を現して長々と語ることなんてしないだろうから。
危険な立場に置かれているにも関わらず、界斗はそんな呑気なことを思った。
「私はかれこれ三十年ほど生きてきたけれど、彼女ほど反りが合わない女性は初めてだった。これまで関わってきた女性の多くは自然と私に好意を寄せてきたし、好意までとはいかなくても私のことを嫌悪する女性はいなかった。笠根が、私に初めて牙を向けてきた女性だった」
待平は壁に背を預け、灰色の天井を見上げている。
「始めは戸惑い、次は苛立ち、そして憎しみ、最後には彼女のことをどこか愛おしく思っている自分がいた。そのときだ、彼女のような女性には二度と会えないという確信が芽生えたのは。私は気づいた。この三十年、私が女性との関係に求めていたのは、刺激だったのだと。自然と好意を寄せてくるような女性には何の面白みも感じない。私が脱げと言えば脱ぐし、ひょっとしたら私が死ねと言えば死ぬかもしれない。そんな《《人形》》に興味はない。私は笠根のような人間の女性を待ち望んでいた」
待平はそこで言葉を切り、床で転がる界斗に視線を落とした。
「だけど、私には彼女をどうにかすることができない。彼女は私の言うことを聞かないからね。……そのくせ、君にはなぜか好意を示していて、君の言うことなら彼女は嬉々《きき》として聞くだろう。――なんだろうね、この矛盾は。私は彼女に言うことを聞いてほしくないけれど、それでも心のどこかで私の言うことを聞いてほしいと思っている。……本当に、人間の感情というものは複雑すぎて、よく分からない」
待平は首を横に振って、再び灰色の天井を見上げる。
「結局、私はその矛盾を解決する方法を見つけることができなかった。だから、せめて彼女が私を嫌いであるうちに、私は彼女を永遠のものにしようとした」
彼が何を言っているのか、界斗にはよく分からなかった。それが顔に出ていたのだろう。待平は補足する。
「つまり、いつ彼女が私のことを好きになってしまうか分からないだろう? だから、私のことを嫌いなうちに彼女を殺して、私を嫌う彼女を記憶の中で永遠に飾り続けようと思ったんだ」
彼は結局のところ最後には笠根が彼のことを好きになってしまうことを恐れていたのだった。これまで三十年もの間に染みついた女性たちの像が、いつ笠根を取り込んでしまってもおかしくないと、そんな考えを持つほどに彼の思考はこの三十年で凝り固まってしまっていた。
「笠根が入学して私の部活に入ってから、もう半年も経った。いつ彼女が《《人形》》になっても不思議ではない。だから、一刻も早く今の彼女を殺す必要があった」
彼は何かに悪いものに憑かれたみたいに話し続ける。
「まずは実験が必要だった。笠根をどうやったら最高の形で殺せるのか。それを明らかにするために、都内で手頃な女子中学生を見繕って、この部屋で検討を重ねた。この場合の最高の形というのは、私に対する嫌悪感を抱かせない形と言い換えてもいい。――ん? 言っている意味がよく分からないって? そうだね、つまりはさ、私は今のままの自然に私を嫌っている笠根を殺して、永遠にしたいわけだ。ここまでは分かるかい? ――うん、よろしい。ここまでくれば君にも分かったと思うけど、人はさ、普通自分が殺されそうになったら、目の前で自分を殺そうとしている人間に、憎しみや恐怖といった負の感情を抱くだろう? そういった負の感情は自ずと目の前の人間への嫌悪感へと変わっていく。そんな紛い物の嫌悪感なんかが生まれちゃったら、折角の笠根の純粋な嫌悪感が汚されてしまう。だから、私は対象者にできる限り嫌悪感を抱かせることなく殺す方法を見つける必要があったというわけだ。分かったかい?」
待平が心底真面目に話していることが伝わってきて、それが余計に恐ろしかった。
「検討には二か月ほどかかってしまったけど、何とかいい殺し方が見つかったし、幸運にも笠根はまだ私に対する嫌悪感を抱き続けてくれているようだし、本当に良かった」
「……笠根はどこにいる?」
「別の部屋で眠らせてるよ。もうそろそろ起きてるんじゃないかな。連れてきてあげるよ」
待平はそう言って壁から背を離すと、扉の前へと向かった。
ドアノブに手をかけた彼は界斗のほうを振り返って、いかにも言い忘れていた風に、
「あ、そうそう。さっき話したのは一時間前の私がそう考えていたって話だから。君が後をつけてきたことが分かったとき、もっと最高の形で彼女を殺す方法を思いついたんだ。だから、今からそれを試してみようと思う。ちょっと待っててね」
そうして、この部屋の扉はギシギシと音を立てて閉まり、後に残された界斗は無機質な伽藍洞の、どことなく血生臭さが染みついた部屋で、床に転がっていることしかできなかった。




