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悪魔は少女と出会う

 天使と同様に秋葉原に身一つで放り出された悪魔は、当然ながらお金など一銭いっせんも持っておらず、無一文むいちもんで街中を放浪ほうろうしていた。歩き疲れて夜の公園のベンチで悪魔が休んでいると、そこに一人の少女がやってきた。

「大丈夫ですか?」

 街灯に照らされた彼女は目鼻立ちの整った可愛らしい美少女で、肩ほどで切りそろえられた黒髪は夜風に揺れ、さらさらと清流みたいに心地よいかすかな音が耳に届くようだった。白いボーダーの入った大きめサイズの水色のセーターに、ベージュのトレンチスカートを着た彼女は、どうやら買い物帰りのようで、食材の入ったエコバッグを肩にかけていた。

 悪魔は身に染みついたくせで、目の前の少女の数値をで確かめた。

「……」

「あのー、よければうちに寄っていきませんか。私の家、喫茶店をしていて、簡単な飲み物や食べ物くらいは出せると思うので」

 黙りこくる悪魔の体調が心配になったのか、少女がそう提案する。

 悪魔は別に体調が悪くて口をけないわけではなかった。

 ただ、目の前の少女の数値をて驚き、唖然あぜんとしていたのだった。

 

 天使度93%

 悪魔度7%


 天使度の高さが半端じゃなかった。アタンでヒューマンも含めた数多くの生き物の数値を視てきたが、これほどまでに高い天使度を持つ存在は天使を除いて見たことがなかった。

 悪魔にとって目の前の少女は天敵とも言える存在なわけで、元居た世界であれば瞬時に彼女の息の根を止めにかかっていたに違いなかったが、ここは別の世界で、しかも紛争や戦いなどとは無縁の日本という安全大国。飛ばされた先の世界の秩序を乱す行為は禁止すると神の下で盟約めいやくを結んでしまったため、おいそれとその決まりを破るわけにはいかない。

 しかし考えようによっては、彼女とここで出会えたことはチャンスとも言えた。

 彼女が天使の手に落ちるのを未然に防ぐことができれば、相手の戦力をぐことができる。高い天使度を持つ彼女の周りにいると、それだけで周囲の人間は彼女の影響を受けて、天使度を高めるような行動を自然にとってしまうリスクがあった。彼女の存在が天使に知られれば、天使は彼女を主軸しゅじくとして天使側の人間を増やす戦略を立てるだろう。敵の勢力拡大を回避できるだけでも悪魔にとって利益はあるし、もし目の前の少女の悪魔度を上げて悪魔側の人間に仕立て上げることができたらもっといい。

 ……それに何より、今は一刻も早く腹を満たしたい。

「ありがとう。……実は、どうも俺は昔のことを覚えていないみたいで、気づいたらこのベンチに座っていた。助けてもらえるのなら、それは大変にありがたい」

 悪魔は自分の利益のために息をするようにうそをつく。それは今も昔も変わらない。

「……そうだったんですか。取りえずうちに来てもらって、そこで色々とお話を聞かせてください。もしかしたら役に立てることもあるかもしれませんし」

 少女は悲痛な面持おももちでそう告げた。その顔を目にしても、嘘をいた悪魔の心は全く痛まなかった。

「あ、そうだ。まだ名前言ってませんでしたね。私は、佐久間さくま琴羽ことはって言います。あなたのお名前は?」

 これまで自分の名前なんてかれたこともなかった。

 これまで自分の名前について考えたこともなかった。

 そもそも悪魔に名前をつける風習などなかった。

 彼は生まれてから今までずっと「悪魔」だった。

 それ以外におのれを表す言葉を知らなかった。

 だが、今回は悩む必要はない。

「……それも分からないんだ」

 悪魔は記憶喪失のふりをしているのだから。

「だけど……」

 このまま何も言わずに、名前なんて無いままにしてもよかった。

 けれど、これまで無縁だった名前というものに悪魔はほんのちょっぴり興味を持った。

 自分でつけた名前で、名乗ってみたいと思った。

 そうして考えついた名前は――。 

「……何となく、熊谷くまがやって苗字みょうじな気がする。下の名前は……阿久多あくた。俺の名前は、熊谷阿久多」

 こうして少女と悪魔は出会いを果たした。

 天使は三日近く放浪して行き倒れ、それから界斗と出会ったわけだが、悪魔は初日の夜には佐久間と出会っていた。日本での放浪の時間が短かったという点においては悪魔のほうが幸運だったと言えるだろう。

 佐久間に連れられて彼女の家に向かった悪魔だったが、その彼女の家というのが喫茶店「ベルモント」だった。彼女の両親が個人経営するその喫茶店は中々に繁盛はんじょうしており、ちょうど先日アルバイトが一人辞めたばかりで次の働き手を探しているところだった。

 佐久間は悪魔が記憶喪失であることや行く当てもないことを両親に話し、「住み込みで働かせてあげられないか」と頼み込んだ。喫茶店ベルモントの入っている建物は二階建てで、かつては社員の住み込み先として二階が使われていたが、今は物置になっていた。その二階を使わせてあげることはできないかというわけだ。もちろん佐久間は両親にその話をする前に悪魔に「物置だった場所で寝泊まりしても構わないか」を相談していた。その話が悪魔にとってたなから牡丹餅ぼたもちだったことは言うまでもないだろう。ちなみに、佐久間家の面々は一階の奥にある部屋で普段の生活を営んでいる。

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