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少年は天使のために四苦八苦

 これ以上の質問攻めは勘弁かんべんしたかったので、界斗かいとは秘めていた本題をついに切り出すことにした。

あんをしばらく家で預かってもいいかな」

 当面の天使の衣食住を確保すること。それはこの地に飛ばされて目下もっか身寄りのない彼女にとっての最重要課題だと界斗は考えていた。何をするにも最低限の衣食住が満たされていなければ、大きな足枷あしかせになり得る。

 それに、彼女とともに行動することを選択した界斗にとって、彼女をほったらかしにするなどできるはずもなかった。出来る範囲で彼女に居場所をつくってあげたかった。

「さっきも言ったけど杏の両親は今海外で、杏は一人暮らしなんだ。慣れない日本での生活に杏もだいぶ疲れているみたいで……」

 当の天使は隣の席で元気モリモリに、こんにゃく、はんぺんと、鍋の具を次々にたいらげている。

「……そ、それに、やっぱりいくら安全大国日本なんて言われていても、女の子が一人暮らしっていうのは危ないと思うし……」

「ふぁ、ふぁらしは、られにも、まれない」

 鍋の具で口の中をいっぱいにした彼女は箸を止めることなく不服を申し立てた。「私は誰にも負けない」と言いたいのだろう。その誇りには大いに敬意をひょうしてやりたいが、時を場合を考えてほしいものだ。――っていうか、話聞いてたのかよ。

「え、えーっと、つまりはさ……」

 雲行きが怪しいことこの上ない。しかもそれを招いた張本人のために界斗は行動しているという、はたから見れば至極滑稽(こっけい)な漫才を観ている風であった。

 界斗は必死に頭を働かせ、それらしい理由をでっち上げようとするが、中々妙案(みょうあん)が浮かばず、思考は空回りするばかりだった。

「分かった。杏さんをこの家で預かればいいんだな」

 もはやどうにもならないか……と諦めかけていた界斗は、正和の言葉を聞いて耳を疑った。

「え? い、いや、そんなあっさり?」

「それくらいで驚かれるなんて心外だな。困っている人がいれば助けるのが当たり前だろう」

 正和まさかずに同意を示すように、隣に座る順子じゅんこが界斗のほうを見ながら穏やかな笑みを浮かべて頷く。

 その当たり前のことができる人間が果たしてこの地球上にどれほどいるのか。彼らのような人間が極めて珍しいのだということは、中学生の界斗も薄々感じてはいた。

「界斗が預かってほしいと言い出したんだ。杏さんが快適にこの家で暮らせるように父さんたちも全面的にサポートするが、お前が一番よく彼女のことをサポートしてあげなければならない。それが約束できるのなら、父さんは構わないよ。――母さんはどうだい?」

 話を振られた母の順子が、

「私も杏さんを家で預かるのに賛成ですよ。――杏さん、何か不自由を感じることがあればいつでも言ってくださいね。――界斗、彼女はあなたにとって大切な人なのでしょう。しっかりと支えてあげなさいな」

 そして、話を振られていない姉の伊予いよが、

「杏ちゃん、いらっしゃい! 可愛い子が家に来てくれるのは万々ばんばんざいだよ。界斗は勉強、部活ばっかりの面白味の欠片もない奴で、ぶっちゃけこんな年下の奴のどんなところを杏ちゃんが気に入ったのか私にはさっぱりなんだけど、それでも杏ちゃんのことは私、大好きだから。――そうだ、私の部屋で一緒に暮らす? ベッドは広めで二人で寝てもノープロブレムだし、部屋自体もせまくはないし」

 界斗が伊予にディスられるのは日常茶飯事。彼はすでに耐性を獲得しており、伊予にちょっとやそっと馬鹿にされたくらいで彼がへこたれることはない。

「……そうだな、できれば杏さんには一人部屋を用意してあげたいが、今うちには空き部屋がなくてね。申し訳ないが、女の子同士で伊予と一緒の部屋に――」

 すでに鍋の具をあらかた食べ終え、すっかりお腹いっぱいでご満悦の様子の天使に、正和は伊予と一緒の部屋に住んでもらうようにお願いしようとしたが、

「私は界斗と一緒の部屋がいい」

「「「……」」」

「……ひゅー」

 伊予はかろうじて口笛で反応を示したが、界斗と彼の両親は刹那言葉を失った。

 だが、さすがにそこはとしこうか。早々に正和と順子が復活する。

「そ、そうか。杏さんがそれがいいと言うなら、私はそれで構わないよ」

「そ、そうですね。杏さんも親しい界斗と一緒のほうが落ち着くでしょうから」

 そして、この展開に一番納得していないのが、当の本人である界斗だった。

「ちょ、ちょい待ち! 僕の部屋ってマジで言ってる? さすがにまずいだろ、それは……」

「え、何がまずいの? 言ってみんさいな、界斗」

「……そ、それはさ、……色々、だ」

「色々? 色々って何さ。お姉ちゃん分かんないな~。もっとはっきりと言ってくれないと」

 伊予の界斗に対する意地悪さは絶賛通常運転中。

「界斗は嫌なのか、私と一緒にいるのが」

 隣の天使が真剣な表情でそう尋ねてくる。

 や、やめろ。そんな捨てられた猫みたいに見つめないでくれ!

 ちなみに、家に着くまでに界斗のことは「お前」ではなく「界斗」と呼ぶように天使には言っておいた。さすがに恋人の間柄で「お前」と呼ぶのは変だろうと思ったからだ。まあ、日本中を探せば、そう言って呼び合うのを好む変わった性癖せいへきの持ち主たちもいるのかもしれないが。

「ほら~、界斗。ここは男を見せてやらないと」

 伊予による界斗のいじりはますますヒートアップするかに思われた。いつもであれば正和と順子はその光景を温かい目で見守っているのだが、今日は天使という客人がいたため、ここいらで口をはさんでおこうと正和は考えた。

 彼は「こほん」とわざとらしい咳払いを一つして、

「界斗。杏さんが界斗と一緒の部屋がいいと言っているんだ。父さんは界斗をそんな風に聞き分けの悪い子に育てた覚えはないぞ。……それに、だ。さっき界斗自身も言っていただろう。杏さんは慣れない日本の生活に疲れていると。日本にいる彼女にとって今一番心安らぐ場所は、界斗の隣じゃないのか。それを分かって言っているのか、界斗」

 天使の衣食住を確保するために仕方のない嘘だったとはいえ、まさか墓穴を掘ることになろうとは……。

 界斗に選択の余地はなかった。

「……分かったよ」

 こうして、界斗は天使と同じ部屋で暮らすことになったのだった。

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