天使とともに食卓を
「……で、なんでこんなことになってるんだ」
帰宅した界斗は家族とともに夕食の席についていた。
「ん~、やっぱり母さんの手料理は最高だ。こんなに美味しい料理を二十年以上食べている父さんは幸せ者だな。――杏さんも遠慮なさらずに召し上がってくださいね」
「もう、あなたったら。そんな恥ずかしくなるようなことを人様の前で言わないでくださいな。――杏さんのお口に合うといいのですけれど」
「いや~、まさか界斗が彼女を家に連れてくるだなんて、お姉ちゃんびっくりだよ。眼球ポロリだよ。――杏ちゃん、ダメダメな弟だけど、どうか愛想をつかさずに末永く付き合ってやってね」
流れるような純白の髪に、燃えるような赤い瞳。純白のローブを身に纏った少女が、界斗の隣の席(いつもは姉の伊予が座っている席だったが、伊予は今臨時のお誕生日席に座っている)に腰かけ、鍋をつついていた。
その少女とは他でもない――天使だった。
今の彼女の頭の上には、界斗と出会ったときにはあった天使の輪っかが見当たらない。彼女から天使の輪っかは着脱可能と聞かされたときに、「サンタの夢を壊されたときの自分もこんな気持ちだったのかな」とどうでもいいことを感じたのはここだけの話だ。
杏という名前はAngel(天使)の頭二文字Anからとって界斗が名付けた。流石に「彼女は天使です」なんて家族に紹介できるはずもないし、言ったところで界斗の頭がおかしくなったと心配されるのがオチだ。
そもそもどうして天使を家に連れて帰ることになったのかと言えば、界斗と天使が握手を交わしたあの後、当然ながら日本にやってきてからの三日間飲まず食わずで路頭をさまよっていた天使に帰る家などあるはずもなく、かといって今の天使の体のつくりは人間とほぼ同じ(頭上に天使の輪っかが乗っかっていたり(それも取り外し可能な代物だが)、眼で天使度や悪魔度を視たりはできるが、基本的に体の構造は人間のそれであり、食事や睡眠などを必要とする)なので、このまま路上でほったらかしというわけにもいかなかった。
交番に連れて行ったところで彼女の身元保証人が見つかるはずもなく、安定した衣食住は望むべきもない。
界斗がお金持ちの社会人であれば、宿代を渡して天使には当面今後の方針が決まるまでどこかのホテルなどに泊まってもらうという別の選択肢もあったかもしれないが、彼は中学生で、月二千円のお小遣いを両親からもらっている身である。
彼に唯一とることのできた行動は、彼女を家に連れて帰ることだけだった。
しかし、いきなり家族のいる家に見ず知らずの彼女を連れて帰れば、当然家族が「誰だよ、その子」と首をかしげるに決まっている。「一体彼女は誰なんだ?」というその疑問に答えるために界斗が用意した答えが、「恋人」というわけだった。他にも「友達」などの答えも思い浮かんだが、女の子を友達をわざわざ家族のいる家に連れて帰るなんて、どう考えてもそれ以上の関係を勘ぐられる。あれこれと質問されてボロが出てしまっては元も子もないので、「恋人」という、言い出しっぺの界斗本人も恥ずかしさで悶絶必死の回答を家族に伝えたところ、何の疑いもなく彼女は迎え入れられ、こうして鍋を囲んでいるというわけだ。「本当に信じてもらえるのか」と家に着くまで悶々《もんもん》としていた界斗にとって、家族の反応は盲目的ともいえるほどで拍子抜けだった。振り込め詐欺にあったら簡単に騙されてしまうのではと無用な心配をしてしまったくらいだ……。
「杏さん、ゆで卵には母さん秘伝のたれがおすすめですよ」
父の正和がたれの入ったボトルを天使に差し出す。
「ありがとう。……ん! これは美味いな」
たれをつけたゆで卵をかじった天使が目を見開き、ホクホクとさせる小さな口からは白い湯気が出ている。
ちなみに天使が敬語を始めとした礼儀といったものに無頓着なのは出会ったときの一連の会話で分かっていたので、彼女――杏には「アメリカからやってきたばかりの少女」という設定を加えてある。アメリカ生まれのアメリカ育ちで、中学を卒業したのちに親から「異文化に身をさらして修行してこい」と言われて単身で日本に渡ってきたという何とも雑な設定だったが、これまた家族が懐疑的な態度をとることはなかった。
「で、いつもより帰りが遅かったのは、杏ちゃんと乳繰り合っていたわけね」
伊予は小悪魔的な表情を浮かべながら、界斗のほうへと身を乗り出す。
「そ、そんなことしてねえよ。単に駅前のカフェで駄弁っていただけ」
咄嗟についた嘘だったが、カフェに行ったのは事実だったし(相手は政也だったが)、隣に座る天使は鍋に夢中で話を聞いちゃいないようで、界斗は何とか取り繕うことに成功する。
「ふーん、そうなんだ」
……伊予の含みのある表情を見るに、どうやら「成功」とは言い難いようだ。




