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プロローグ

 荒涼とした赤黒い大地に、十万の軍勢が闊歩かっぽしていた。

 うち五万は漆黒のよろいを身にまとい、東から西へと、

 残る五万は純白のローブを身に纏い、西から東へと、

 互いに片時も目を離さず、相手に向かって歩を進める。

 ヒューマンだけではない。

 オーク、リザードマン、グール、エルフなど、この世界の全ての種族が一堂に会していた。


 漆黒の軍勢の後方で、一つの影が空に浮かんでいた。

「くっくっく、待ちに待った、終わりの時間だ」

 影は不敵に笑い、鋭い歯をむき出しにする。

 歯の鋭さを除けば、見た目はヒューマン。

 しかし、その影は断じてヒューマンなどではなかった。

 ――影は、悪魔だった。


 純白の軍勢の前方で、一つの光が地を踏みしめていた。

「さあ! 裁きの鉄槌てっついを! 我らに敗北などあり得ない!」

 光は高らかに叫び、頭上に浮かぶリングが一際強く輝く。

 頭上のリングを除けば、見た目はヒューマン。

 しかし、その光もまた、断じてヒューマンなどではない。

 ――光は、天使だった。


 悪魔の軍勢と天使の軍勢が、遂に衝突する。

 オークが山一つを両断するほど巨大な斧を振り回し、

 エルフが無数の光の矢を放って敵の体を貫き、

 グールが闇よりも深い底なし沼に敵を誘い、

 リザードマンが疾風怒濤しっぷうどとう剣戟けんげきを放つ。


 純白の軍勢の先頭に立ち、陽の光を宿した一振りの長剣「天使の剣」を振るう天使。

 その力は強大で、前線で戦っていた悪魔の軍勢が強風になぎ倒された木々のような有様をさらす。

 遥か高みからその光景を見下ろしていた悪魔が、

「くっくっく、この期に及んで往生際が悪い。もはや勝ち目はないのだから、さっさと降伏すればいいものを」

 鋭い歯で爪をぎしぎしと嚙みながら天使の頭上へと下降する。

 気づいた天使が嵐のような攻撃をやめ、悪魔を見上げる。

「ようやくお出ましか、臆病者。さっさと降りてきて正々堂々と私と戦え!」

 剣の切っ先を頭上の悪魔へと向け、声高にそう言った天使に、悪魔は笑い声を漏らす。

「くっくっく、正々堂々戦え? 笑わせる。もはや勝負はついている。もし万が一にもこの戦いにお前が勝ったところで、引き分けだ。お前が勝利する道はすでに断たれている。これまでの戦歴は綺麗さっぱり忘れたなどと馬鹿げたことを言い出す気か」

「……ああ、分かっている。――だが、お前こそ忘れたわけではあるまい。この勝負が、神に誓って行われたものであるということを」

「……それがどうした?」

「おいおい、まさか気がついていないのか。私たちがこの戦いを始めるときに神に誓った言葉を思い出せ」

 ――我ら、この世界という盤上にて戦い、多くの大陸を支配した者を勝者とする。

「……だから、それがどうしたというのだ!」

 今度は天使が笑う。

「はっはっは! 小賢しいことで有名な悪魔ともあろう存在が気づいていないとは片腹痛い。――この最後の戦いに私の軍勢が勝利したら、この世界の十二の大陸はちょうどお前と私で二分される計算になる。それはいいか」

 物わかりの悪い子どもに説明するような天使の口調に、悪魔は歯ぎしりをして不快を露わにする。

 確かに天使の言ったように、十二の大陸に分かれたこの地の支配は現状、天使と悪魔で五対六。この地の支配が天使の勝利に終われば、六対六の引き分けという形で、この世界での勝負は幕を閉じる。

「そうなった場合、つまり引き分けた場合、果たしてどうなると思う。――神に誓った戦いが引き分けに終わるなど、あの神が許すはずもない。――次の舞台が用意されることだろうな」

 その言葉を聞いた悪魔が戦慄せんりつする。

 神は、この世界だけではない。数多ある全ての世界をべる存在である。

 天使と悪魔は戦いの誓いの際に、神に会っていた。

 この世界で決着がつかないのであれば、別の世界で白黒はっきりさせればいい――あの神であれば、天使の言うように確かに……いや、間違いなくそう考える。

 悪魔のゆがみ切った顔を見て、天使は剣の切っ先を真上――真っ黒な雲が浮かぶ赤い天空へと向ける。

「悪魔よ! 全力でかかってくるがいい!  おのが勝利を掴み取るために! ――全身全霊のやいばでもって、私がお前の野望を打ち倒さん!」

 光を切り伏せるほどの高速剣戟が悪魔の軍勢を次々と刈り取っていく。

 その姿は、まさしく一騎当千。

 これまでの十一の戦いで一度も手にしなかった「悪魔の槍」を顕現けんげんさせた悪魔は、苦い表情を浮かべながら悪魔の軍勢の最前線へと降り立ち、天使と相対する。

「……いいだろう。とくと味わうがいい、悪魔の恐ろしさを」

 光と影が、白と黒の軍勢が――交差する。

 永遠にも思えるほど長きにわたる戦いは、そうして――。

「くっくっく」

 膝をついた悪魔の首に、天使が剣を突きつける。

「……終わりだ」

 悪魔は何も言わず、首を切られるその瞬間まで、ただただ笑っていた。

 首を切り落とす六度目の感触を経た天使は、転がった悪魔の首を見下ろしながら、もはや聞こえるはずのない相手に「また会おう」と呟き、そうして光と影は跡形もなく透明な泡になり、この世界から姿を消した。

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