4話:元魔王の冒険2
時は少し遡る。魔王という呪いを無事に押し付けることに成功し、自由を得た元魔王、ルイス・クロームは近隣の街へその足を向けていた。あれから7日、街道を一人進み、ようやくたどり着いた街で、彼は冒険者になるべく冒険者組合、つまり、ギルドを訪ねていた。数人の冒険者たちが張り出された依頼表を見ながら思案している。そんな彼らを横目に僕はギルドカウンターに向かった。冒険者ギルドなんて初めて入ったものだから、少しだけ緊張している。昔は魔王をやってたけど、あらゆる雑事を副管に任せ、僕は部屋で引きこもっていた。結果、僕は対人耐性が極端に低くなってしまったのだ。人間怖い。うん怖いです。魔王をやってたときは魔王核の影響で人前に立つと人が変わったように雄弁に物を語るのだが、今はそれも失われてしまっている。魔王核を譲渡した時にはまだその残り香が残留していたので
あの老人に対して威張って会話できていたが、今はもうそれも完全に失われているのだ。僕は恐る恐るカウンターに座っていた受付嬢の女性に声をかけるのだった。
「あ、あの……すみません」
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怯えながら恐る恐る受付嬢に語る少年。年格好は10歳程度でまだまだ子供の域を出ないであろうそんな少年に受付嬢の女性は優しく言葉を返してくる。
「どうしたのかな?迷子?それとも他になにか」
「えっと、冒険者になりたくて」
「冒険者?君が?」
「はい」
どこか困り顔で受付嬢の女性は目の前にいる少年を見ていた。どう見てもその年格好は10歳以下の子供である。冒険者になるのにも様々な規約が存在する。基本的には自己責任が冒険者の第一原則であるが、それにも、年齢制限というものは存在する。
「君いくつかな?12歳以上には見えないけど」
12歳、それが冒険者になるために必要な最低年齢だった。12歳で受けられる依頼はEクラスの依頼しか無い。よほどの実力が無い限りはその依頼しか受けることができないだろう。Eクラスの依頼とは街の清掃や迷子の動物を捕獲などである。つまり雑用のようなことしかできないクラスなのだ。給料も安く、それなら15歳までまって、そこから冒険者になったほうがいい。体ができてくれば、魔物だって倒せるし、信用もされる。毎年、こういった少年少女がここを訪ねてくるが、決まって15歳までは違う仕事を探したほうが良いですよ、っと助言するのである。丁寧にその事を説明すれば大体は了承してくれる。中にはそれでも冒険者になりたいと強い意思でその提案を拒絶する者もいるが、数ヶ月もすればそんな子でも、現実を知って、違う職業を紹介してくれるように頼んでくるのである。現実は物語で語られるほど甘くは無いということだろう。
しかし、目の前にいる少年はそんな一般的な子どもたちとは違っていた。
「僕はエルフの血が混ざっているのか、幼く見えますが……これでも16歳は超えているんですよ。見た目は10歳にも見えませんが……あはは」
「エルフの血……つまり君はハーフエルフだということでしょうか?その特徴は見受けられないようですが」
ハーフエルフとは人間とエルフ族が交わり、生まれた種族のことだ。その容姿はエルフ族の特徴を強く反映され、大体が美男美女であり耳が長いことが有名であった。辺境の街にそういったハーフエルフが現れるのは珍しいため、噂に聞く耳が長いっという部分だけに重きを置いて観察してみるが、やはり彼は、それほど耳が長いわけではない。容姿は美少年といっていいほどに整っているが、それでもエルフだと言われれば疑問が残るのである。
「ハーフエルフにも色々いるんですよ。耳が長い方も多いですが、人間の特徴が少し強い方もいます。まぁー少数なんですけどね~そいう子は。かく言う僕もそういった人間の特徴が強い方なんだと思います」
「なるほど……」
エルフの寿命はハイエルフで1000年、通常のエルフで600~700年と言われている。人間族の平均寿命が200年とされている現在、彼らの寿命の長さは驚異的だ。神の使いとまで呼ばれる彼ら、その内包する魔力は魔族に匹敵するとも言われ、最も長寿な一族であるのは世界の誰もが知るところであった。そして精霊と契約している彼らの魔法は人のそれとは一線を画するものなのだ。圧倒的な力。圧倒的な魔力。エルフの国はその魔力量で他国の侵略を退けてきた実績を持っている。個人での戦闘能力が非常に高く、人間など相手にならない存在。それが、エルフなのだ。だが、すべてのエルフが強いわけではない。戦闘訓練を行っていないエルフの子供などは昔から人間たちの悪意にさらされてきたのだ。だからか、エルフ族は自国から出ることは滅多に無い。そして誇り高きエルフたちは人間と肌を交わすことを極端に嫌う性質がある。ではなぜハーフエルフは生まれるのか、もちろん中には愛しあって生まれた者もいるのだろう、だが、それは極少数の話だと聞いたことがある。実際はさらわれた子どもたちが外で大人になり、結果として人権を踏みにじられ、そうして生まれてくるのがハーフエルフだというのだ。エルフの国はそうしたハーフエルフや拉致されたエルフたちを積極的に保護し各国にあるギルド支部でもそういった人物を目撃したら、未成年や助けを求めている仕草を見せた場合はその報告義務が発生するのである。エルフの特徴はとにかく耳である。そして内蔵する魔力量。人とは異なり、莫大な魔力を持っているエルフたちは魔法を行使すると信じられないほどの威力を持った魔法を発動させる。
彼の言うように人間の特徴を強く反映されたハーフエルフがいるのならば、もはや外見だけでハーフエルフか判断することはできない。つまり、残された判断基準はもはや彼の魔法行使による威力を見ることだけなのだ。
「わかりました。それでは」
それから始まったのが冒険者になる過程で必ず行われている。軽い試験である。
現役のC級冒険者やD級冒険者がその試験を受け持つことが多く、普段なら駐屯していたそれらの冒険者にお願いをして、試験を執り行ってもらうのだが、今回は見極めも兼ねて違う者を推薦し、試験官とした。ちょうど、この街にA級冒険者パーティー、女神の歌声が滞在していたのだ。6人パーティーで全員が女性である。とても華やかなパーティーであるが、その実力はそのパーティーメンバーのランクが証明しているだろう。パーティーメンバー全員がA級冒険者であり、パーティーランクでいうともはやS級に等しい、実力と実績のあるパーティだ。
なぜそんな一流のパーティーを一介の新参冒険者の試験に推薦したのかというと
それはエルフ族の身体能力や魔法の威力が常軌を逸しているからである。
つまり、危険なのだ。D級やC級の冒険者ではまず対処できないだろう。
もし仮に彼がハーフエルフではなくただの人であるなら、彼女は少し上司に叱られる程度で事は収まるだろう。しかし本当にハーフエルフならば、試験官を担当した者が無事では済まない。人命を優先した結果、少ない可能性でもその危険性が高いと判断して、彼女は昔馴染みである彼女たちに試験官をお願いしたのである。
彼女のお願いを女神の歌声のメンバーたちは快く了承してくれた。
やはり、頼れるのは幼馴染であると、そう強く思う受付嬢であった。
最初の試験は、武器の扱い方を見せる模擬戦である。
少年は木刀を手にしてどこかおどおどしながら試験官の女性の前に現れる。
試験官の女性、ニアはそんな少年を見てため息をついた。
「本当にこの子がハーフエルフなの?エルザの勘違いとかじゃなくて?」
それを疑うの当然である。見た目は本当にただの人間の子供なのだ。
「それは今から彼の動きでわかるはずです」
受付嬢がそう言うと、ニアはそのオレンジ色のショートヘアー片手でかき乱して
そっと一呼吸置いた。
「仕方ないねぇーんじゃーいっちょ、お手並みに拝見といきますかね~」
「よ、よろしくおねがいします」
礼儀正しくお辞儀をする少年。
「かかってきな、私はここを一歩も動くつもりはないからさぁーどこからでもいいから打ってきなよ」
「はい!」
彼は木刀を構え、加速した。次の瞬間、ニアと少年の剣がぶつかり、なにかが弾ける音が聞こえてきた。あぁ、少年の木刀がニアに引かれたのだと思った。
相手はA級冒険者で剣技を得意とする戦闘のプロだ。少年の剣戟などまる歯がたたないだろう。そのはずだった。しかし、困惑の声を漏らしたのはニアのほうだったのだ。
「え?」
宙に舞う1本の木刀、それは少年の手ではなくニアの手から空に打ち出されたものだ。少年はニアと交差し、一瞬背中を見せたと思えば、気がつけばその剣先はニアの背中に向けられていた。その場で彼の動きを捉えることができた者は果たして何人いたのだろうか、受付嬢であるエルザ自信にはそのあまりにも早い洗練された動きを捉えることはできなかった。
「あら、あら、あんなに幼く見えるのに、その実力は相当なものね」
女神の歌声のチームリーダーがそんな事を隣で口にする。
それに追随して彼女のチームメンバーが語りだす。
「あのニア先輩が反応できてなかった……あの子すごい」
紫髪のおとなしそうな少女はそういってその手に握る刀を更に強く抱きしめる。
「油断してたから負けた、っとかそいう段階じゃ無いだろうね~あれは強いよ」
フルプレートで身を固めた背中に大盾を背負った筋肉粒々の盾使いはそういって関心するように頷いた。
「すごく洗練された魔力操作を感じます。多分あの子、魔法もすごいと思う」
桃色のローブで身体を隠している桃色の髪をした女はそういって少年を表する。
今ここに集まっている戦闘職の5人のメンバー全員が彼を高く評価したのである。それからも魔法試験や神聖魔法の適正試験など様々な試験を行った結果。彼は全ての試験を驚異的な力を持ってして通過したのである。後にその試験内容は彼が活躍するたびに世に知られるようになり、この冒険者ギルドは彼が初めて訪れた始まりのギルドとして有名になっていく。彼はその日、C級冒険者としてその資格を有したのである。こうして彼の冒険の物語は動き出したのだった。