まくらの下
こんにちは、星野紗奈です( *´艸`)
今回は去年の夏に応募していた作品を公開します。
あらすじの部分でも書きましたが、これは怪談でもミステリーでもなく「謎解き」です。まあ意訳すると「仕掛けを用意したから遊んでみてね」ってことなんですが(笑)
20000字が目安とだけ書かれていたので、仕掛け付きの約9500字の作品を送ってみたところ、後日返ってきた講評で仕掛けに対するリアクションが何もなかったのでちょっとショックです。結構頑張ったんだけどなぁ……(´;ω;`)ウゥゥ
字数が少ないのは長いのが書けないからじゃないですよ(( 一応意味はあります(笑)
発想自体は簡単だけど小説で実現するには難しいと思われることにあえて挑戦したのがこの作品です。まぁ、私の力不足で物語の面白みが少ないことも大きな敗因ではあると思うのですが。
というわけなので、誰か気づいて!!
これ以上話すと何が何だかわかんなくなってしまう気がするので、前書きは以上です(笑)
それでは、どうぞ↓↓
はい、今出ますからね、少々お待ちを。ええと、どちら様でしょう。おやおや、あなたでしたか。ようこそいらっしゃいました。ええ、こんなところで立ち話もなんですから、どうぞおあがりくださいな。私も随分いい歳ではありますけれども、お茶をお出ししておもてなしするくらいなら問題なくできますから。遠慮せずに、さあさ、こちらへどうぞ。
わざわざこちらまで出向いてくださって、本当にご苦労なことです。きっと長旅でお疲れのことでしょう、どうぞおかけなさってくださいな。この家にお客が来るのなんて久々でしたから、私は今日という日をなかなか楽しみにしていたんですよ、嘘じゃなくてね。巷にはマナーが悪い人も多くてね、本当に困ったものですよ。私に話を聞かせろなどと言っておきながら、人にものを頼む態度も承諾に対する感謝の心も、一寸たりとも見えやしないんですからね、まったく。だから、あなたみたいに丁寧な対応をされると、つい気が緩んでしまいますね。仮にも初対面の身であるのに、これはいけない。でも、そうですね、この前の連中に比べれば、大分穏やかな心持でお話を進めることができるかと思われます。まず初めに、私の戯言にお付き合いいただけることに、心より感謝申し上げます。さて、前置きはこのくらいにしておいて、そろそろ本題に入りましょうか。
人っていうのは、何故だかスリルを求めたがる。人間が非常に不可解な生き物であることは、あなたもご存じのことでしょう。私の周りにもそういうやつは多くてね、ええ、肝試しやら百物語やら、いろいろやっている連中がわんさかいましたとも。私に何か怖い話を聞かせてくれだなんて、どうやら、あなたもそういう人のようだ。いいえ、別に馬鹿にしたり、軽蔑したりしているわけじゃないですよ。先にも述べた通り、あなたとは素敵な時間を過ごせる予感がしておりますから、こちらとしても嬉しい限りなんです。それで、私の話を聞いて眠れなくなった奴らが、私のこの話に関する噂を流しているそうじゃないですか。あなたもそれを聞いて、度胸試しか何かのつもりで来たのでしょう。まあ、この際目的は何でもいいですよ。こんな私の話に興味を持って、話を聞いて何かリアクションをしていただけるだけで、私としては十分楽しい時間を過ごさせてもらっていますからね。さて、そういうことなら、早速例の話を聞かせてあげましょう。でもね、話のあらすじだけを聞いて楽しもうなんてことは、間違ってもしちゃいけませんよ。ちゃんと、一語一句を聞き逃さないくらいには集中してもらわないと。まあ、どうしてもってときは、私も鬼じゃないですから、途中でやめても構いませんけれど。ですが、あなたが本当の恐怖を味わいたいというのであれば、一つの言葉だって聞き逃してやるものかというくらいの勢いで、最後まできちんと聞き終えることをお勧めしますよ。なんてね、ふふ、冗談です。こうは言いましたけれど、所詮戯言にございますから、あんまり硬くならないでくださいな。では、始めましょうか。
*
これは私の知っている大学生の男の話なんですけれどもね、仮にそいつの名前をAとでもしておきましょうか。だいたい初夏の頃合いでしたかね。彼はある日を境に突然、悪夢に襲われるようになったんです。初めてその夢を見た時は、確か、またの下がひゅんとなった、なんて言っていたかと。その夢というのは、辺り一面真っ暗で、地に足がついているかどうかも判別できないようなところだったそうでね。そんな場所で不安に思いつつ、きょろきょろとあたりを見回していたところ、ふっと、視界に何かが映り込んだ。真っ黒い空間で、夢を抜け出す手がかりも何もない状態でしたので、Aは自然とその何かの方へ向かって歩いて行ったそうですよ。するとね、まいったことに、それは女の化け物だってことがわかったんですよ。身長は女性にしては少し高い、けれど各所の骨が不自然に浮き出ていて。それで、長い黒髪はぎしぎしと音を立てそうなほど惨めな状態で、身に纏っていた服も、汚い布きれをはぎ合わせたような、とても粗末なものだったそうです。顔も頬骨が浮き出るほど痩せこけていて、目玉は多分無かったとかなんとか。そして何より、その女の一番の違和感は、真っ暗な空間だというのに、随分とはっきり姿が視認できた事ですね。Aもそれに気がついて、おかしいなあと、その女の化け物をじっと見つめていたそうです。すごろくをやる夢のほうがずっと退屈でなかっただろうに、なんて関係ないことを考えつつ、まゆをひそめてね。すると突然、わっと女が自分に襲い掛かってきた。肩をがっと掴んで、と思ったところで、その日は目が覚めたんだとか。ですが、この程度の悪夢であれば、意外と誰でも経験したことがあるものですよね。無論Aもそのように考え、おかしなまめを口にした時と同じような感覚で、昼飯を食べ終えた頃には、すっかり友人との会話に夢中になって、今朝の夢のことなんかさっぱり忘れていたそうです。
そして数日後、彼は再びあの真っ暗な空間に放り出された。それまで夢のことはすっかり忘れていたそうで、まあ、哀れですね、今更くやんでもしかたないですけれど。それにしても、二度目というのは、何が来るかわかっているという意味では、十分怖いものですよね。ただぼうっとまつばかりだったAは突然悪寒を感じて、ゆっくりと後ろを振り返った。すると、やはり、あの女の怪物がじっとりと立っていた。前回の夢の終わりで彼は襲われているわけですから、Aは真っ先に距離をおこうとしたんです。何をしたかって、原始的ですけれど、とりあえずまわりを走ってみたんですよ。なんとかくたばって、勝手に悪霊らしくがいこつにでも何にでも変化しないものかと思って。仕方がないですよね、だって周りは一面暗闇で、RPGみたいにその辺に道具なんか落ちていなかったんですもの。それでどうなったかというとね、数秒の間は、女はピクリとも動かなかったんです。だからAは、これはしめたと思って、少し走るスピードを緩めた。するとね、女はそれを待っていたかのように、さらをなくしたお菊の恨みにも勝る勢いで、突然猛スピードで走りだしたんですよ。でね、驚いたことにはね、あんなに痩せこけていて不健康そうに見えるっていうのに、成人男性並みのスピードで、ちまなこになって走って追いかけてきたんだとか。ああ、実際には目はないんですけれどね。そのくせ足音一つ聞こえない。本当に、不気味な空間ですよ。その夢の中では音が何も聞こえないので、あの正体不明の女が迫ってきているかどうかも把握できないってことです。ああ、なんて恐ろしいこと。あとは前回の夢と同じで、いつの間にかその化け物に追いつかれたAは肩にがっと衝撃が来て、後ろに倒れ込みそうになったところではっと目が覚めたそうです。
ですがね、あの女は二回も彼を脅かしたっていうのに、全然飽きなかったようで、彼はまたあの空間に呼び出された。今度はどうしたかってね、Aはその真っ暗な無限空間を認識した途端、一周をぐるりと確認して、それが終わるや否やトップスピードで走って逃げ出したんです。だって、仕方がないでしょう、女は尋常じゃないほど足が速かったんですから。三回も追いつかれてなるものかと、彼は必死に足を動かしたそうで。すると今度は、三十秒ほど走った後だったでしょうか、なんだか背後にあるぞわぞわした感じが気になって、意を決して振り返って見ると、なんと、いつの間にか女がAのすぐ後ろに迫って来ていたのです。最初に見回したときにはどこにもいなかったはずなのにね。しかも、それなりに近い距離にいたんだとか。彼は非常に驚いて、近づく女を振り払おうとして、その拍子に足をもつれさせた。勿論、盛大に転んだわけですよ。その女の化け物は容赦がなかったようで、そのすきを見逃すわけがない。べたんと力尽きた足をぐいと引っ張る動きが見えた直後、Aは現実世界に戻ってきたのでした。
さてどうしようかとうんうんうなり、そろそろまはだかになって滝行でもすべきだろうかと思い始めていたところ、Aの頭にある一つの案が頭に浮かんできた。このころには彼も段々頭が狂ってきていたようで、逃げているだけじゃだめだ、なんて思い始めたわけですよ。要するにね、あの化け物を自分の手でコテンパンにしてやればいいじゃないかと、そういう結論に至ったんだとさ。全く、正常な判断ができない人間というのは恐ろしいものですね。結果は言わずもがなお察しのことでしょうが、駄目でしたよ。走ってきた女に向かって拳を振り上げたのですが、女の体のなんと石のように硬いこと。それでも殴ったときは女の動きが停止したので、そこにわずかな希望を見出したのでしょうかね、攻撃をやめてはいけないという使命感に追われて、彼はお菓子を買えないから母親に八つ当たりする小さな子供のように、無茶苦茶な蹴りや殴りを連発したんです。前述したとおり、女の体は石のように硬いのでダメージなんて入るわけがないんですが。そうして一心不乱に攻撃を仕掛けていたからですね、段々と息が切れていって、Aが力尽きた瞬間を狙ってわっと、再度怪物が襲い掛かってきたわけですね、はい。
と、こんなかんじで頻繁に悪夢を見るようになって、毎晩のようにうなされるものだから、さながら墓地で憑りつかれたと言われてもまかり通るようなオーラで、いよいよ彼の日常生活にも影響が出始めた。どんなふうになんて言わずとも分かるでしょうが、目の下に隈がはっきりと浮き出ていて、足取りは千鳥足。この時期はぼんくらだと貶されたこともあったとかなかったとか。日中の思考もぼんやりしていて、やけに背後を気にしていたそうですよ。そこで、様子を見かねた大学の友人がAに声をかけたんです。その友人はBとしておきましょうかね。AはBにあの恐ろしい悪夢の体験をものすごい勢いで語ったんですよ。その必死さにBは大変驚いたようでしたが、それでもなんとかAの力になろうと、Aがしていたみたいにうんうんうなって、あるアイデアを提供したんです。それがね、枕の下に何かを入れておけばいいんじゃないかって話だったんですよ。やる目的が違うのは仕方がない事ですけれど、あなたもきっと聞いたことがあるでしょう。枕の下に雑誌を入れて眠る、すると夢でその雑誌に登場していたモデルに会えるとかなんとか。そんな噂もあるのだし、何か役に立ちそうな道具でも枕の下に準備しておけばよいのではないか、ってね。なんだか思春期の男子高校生みたいな方法ですけれど、Aにとっては本当にありがたいアドバイスでした。Aは家に帰って早速枕の下に何を入れようかと考えたのですが、以前見た夢で物理攻撃によるダメージはほぼゼロだということはわかりきっているし、また同じ方法に挑戦するのは愚かなことだと気がついた。そこで今度は、除霊の方向で考えてみることにしたわけです。一番手軽で定番なのは塩だと思いついたのですが、なんだか安っぽいし効果がなさそうだから。なんて彼は失礼な考えをしていたんですけれど、結局はお札を準備して寝ることにしたんです。お札と言っても、そんなたいそうなものじゃないんですよ。彼の持っていた漫画のあるページの一部を切りぬいてきたものだったので。彼はね、話によると、そのお札が本物かどうかより、自分がその効果をイメージできるかどうかに賭けたんですって。そしてその夜、やはり再びあの真っ暗な世界にやってきたようです。しかしながらBのアイデアは大成功で、Aはなんと手にお札を握りしめていたのです。それをまのあたりにした彼は、ようやく夢を脱出できると歓喜した。ええ、それはもう飛び跳ねるほどの勢いでね。ですが、知っているでしょう、こういう話での歓喜は絶望の前兆だって。それにしてもAは対抗手段ができたことが相当嬉しかったようで、あの女を見つけるとわざわざスキップで会いに行ったんです。なんて馬鹿な奴だって? あなたがもし同じ状況に置かれたとして、同じようなことをしないなんて言いきれる根拠はどこにもないでしょう。それで、あの女の目の前に立って、お札を堂々と女のあたまに向かって叩きつけてやったんですよ。するとあたりが急にしんと静かになったような気がしたんです。実際には、元より音一つない空間だったんですけどね。それを化け物の命が尽きた合図だと勘違いしたAは、満面の笑みで女の方を向き直った。すると、どうでしょう。惜しくもと言ったほうが少しはAのためでしょうか、女の眼が、目玉はないのにじろりとこっちを向いたように思えたのです。Aはひっとひきつった情けない声を発して、その後どうなったかは、言う必要もないでしょうね。
こうしてお札の作戦は失敗に終わったわけです。唯一の希望の光を目の前で打ち砕かれたAは、すがるような気持ちでもう一度Bに相談しに行った。すると今度は、BがAの家へ泊りに行って、Aが悪夢にうなされていれば起こしてやろうという話になったんですよ。それで、その日は一緒にAの家へ帰って、悪夢のことを少しでも忘れるために一晩中飲んでいたんだとか。しかし、酒が入っていても、ふと気を緩めるとあの女の顔が頭によぎるわけで、やっぱり何かしらは準備しようと、自然とそういう話の流れになった。なんでこんな時に童心を取り戻したのか、私にはさっぱり理解できないですけれども、AとBはお手製煙幕を準備してね。煙幕を張れば、多少の妨害にはなるだろうし、追手を撒ける確率も上がるかもしれないと。確かに、素手で戦おうなんて発想の頃よりかは、随分と救いようがある選択ですよね。作り方ですか? 私はそういうことには興味がないもので、それについてはすっかり忘れてしまい、残念ですがくり一粒ほどの大きさだったことしか記憶にないのです。今どき、ちょちょいと調べてみればわかるんじゃないですか、そのために私たちは便利な機械を持っているんですよ。そうして変なところでまじめになって作った煙幕と、着火するためのライターを枕の下に入れて、Aは眠りについたのでした。そして彼が寝息を立て始めたのを確認すると、Bもなんだかうとうとしてきて、いつの間にか眠っていたんだとか。Aは予想通り、煙幕とライターを両方の手にしっかりと握って、記憶になじみのあるあの黒い場所に立っていた。ライターがまぶしい輝きを発したのを確認すると、思っていた通りに女の姿がちろりと見えた気がしたので、煙幕に着火した。すると、煙幕はこの不思議な空間でもきちんと機能したようで、周囲はまんべんなくのっぺりと白っぽい靄に覆われ、そこに存在する者の視界を奪ったのでした。世界はどんなにまてども変わることのない漆黒なわけですし、白色は少々目立ちそうなものですが、それでも女に視界があるとすれば、靄の中を彷徨う可能性もないわけではなかった、というわけですね。そして驚いたことに、その希望が見事的中したようなのです。少しまをおいてみたのですが、いつもであればもう既に捕獲されている時間と思われるのに、あの怪物は未だ襲ってこない。それで、Aは何か状況が変わったことを即座に理解したのです。しかし、以前の経験を通して学習したので、気を緩めるわけにはいかない。悲しいかな、その心配も同時に的中したようで、ついに霧の中でまよっていたと思わしきあの怪物が靄をかき分けてぬっと現れたのです。あの女の走るスピードは異常に速いもので、まごついた瞬間にすぐ追いつかれたというのがオチなんですがね。でも一つ、まさに変化というべきものが、その日の悪夢にはあったんですよ。何がまずかったんでしょうかね、あの女がAの体を目指してばっと手を伸ばしたとき、今回の夢では一瞬、本当に一瞬だけ、ぴたりと動きを止めたように見えたのです。それが何を意味していたのかは誰にもわかるはずがないのですが。そんな新しいパターンを見出して、恐怖と希望が煮えたぎる中で、ようやくAはどこかすがすがしい朝を迎えたのでした。少しの間ぼんやりと夢の内容を思い返した後、横を確認すれば、少し先に目が覚めていたBが静かに座り込んでいる。まをおいてBはAが目覚めた事を認識したようでした。彼曰く殺されそうなほどうなされているような感じではなかったので、起こさなかったとのこと。それを聞いて、なるほど、やはり駒が進んでいるようだ、とAは現状を改めて認識したのでした。続いて、彼が悪夢の中の状況に何か変化が起き始めていると少々興奮気味に報告したところ、Bはそうか、と一言だけ返してきました。あんなに親身に相談に応じた彼がこんなそっけない返答で会話を切ることがあろうか。あれ、また、おかしいな、なんて感じたものでしたから。AがBのことをもう一度ぐっと目を細めて見てみたところ、Bの額にじんわりと汗がにじんでいるのが見えたそうです。そうは言っても、Aがそう見えたような気がしたってだけですから私には真相がわかるはずもないのですが。
それでもBが泊りに来たことで女のいるあの世界に変化が表れた以上、Aにはこの機会を逃すなんていう選択肢はないわけで。言うなれば、たからの目の前で胡坐をかいて眠っているような心境だったんですよ。それで、どうか今夜も同じ部屋で寝てほしいと頼みこんだのです。Bはというと、一瞬目を見開いて、かと思えば目を伏せて、そうしてすぐさま枕のほうにあった目線を上げて。数秒の間の後に、困ったような笑顔でもちろんと一言返事をした。やはり今朝のBの様子が奇妙であることには、Aもさすがに気がついてはいたけれど、悪夢の終わりが見えている以上引き下がるわけにはと、うまのように首を縦に振って不安を誤魔化し、見て見ぬふりをしたのでした。とっさにそうしたほうがましだと思ったのでしょうけれど、いやはや、崖っぷちに立たされた精神状態ってのは、本当に恐ろしいものですね。そうして再び日が沈み、また夜がやってきた。今晩はどうしたものか、とAがBに枕の下に入れるものを尋ねてみると、Bはこんな提案をしてきたのです。『蜘蛛の糸』が集録されている本と包丁を入れておけばどうだろう、ってね。Bの言い分はこんなものでした。『蜘蛛の糸』にある場面のように、自分自身は道具を持たずとも、天からにゅっと糸を出現させることも可能なのではないか。包丁については、やっぱり具体的に危険なイメージが強いので、夢の中での殺傷能力も十分だと推測されるし、枕の下に入れるぶんには怪我の心配もないだろう。もし危ないかもと思われれば起こすなりどかすなりしてやるし、何はともあれ心配するな、と。Aはこの件でBをすっかり神様みたいに思い込んでいたもので、不自然に少しまは空いたけれども、あっさりとその提案を飲み込んだ。だからAが台所にあった包丁をすっと取り出してきたときは、本当に危険ではないかと自分の決断を顧みたものですが、何故だかBのあたたかさを含む声に不安もかき消されたそうで。何にせよ、今夜こそはようやくのりでべったりと貼り付けたかのように思考の大半を占領している悪夢が終わるかもしれない、そんな不思議な感覚がAを支配していたようです。さて、Bと隣に並んで眠りについてみると、Aは包丁だけを持って黒々とした薄気味悪いあの場所に一人ぽつんと立っておったのです。それで、いつもの通り、何度見ても恐ろしいことには違いないのですけれど、あの女が現れてね、最初の頃みたいにわっと襲い掛かってきたわけですよ。だから死ぬのはごめんだといつものように恐怖して、驚いたAはとっさに握りしめていた包丁を振り回した。するとね、ぷつんとか、ぶつんとか、そんなような音が聞こえたのです。あいにく体の震えは残っていたけれど、はっと顔を上げてみれば、女は不自然に足が折れ曲がった状態で動きを止めており、その上のあたりにちろちろと光る糸がでろんと垂れ下がっていたんですよ。Aは、もちろん『蜘蛛の糸』のイメージが具現化されたのだと思ったようで、ええ、それは大喜びで。しかしね、これが違ったんですよ。近寄ってじっと観察してみれば、あたまのほうでちろり、そして肩にも腕にも腰にも足にも。糸は数え切れないほどうじゃうじゃと上の方より垂れて来ていたようで、確認できるそのほとんどが、あの化け物のいたるところにつながっているということに気がついたのです。そうか、さっきはようやく一本の糸を切ったところだったのか。Aはそう納得し、他の糸も切ってかかろうとした。すると、何故でしょうかね、Aがしっかりと握りしめていたはずの包丁が消えていたのです。あの怪物との戦いに決着をつけようと思ったから部屋でしっかりと準備したはずなのに、本当に何故なんだか。Aがそれに気づいたとき、ちょうど怪物が再び動き出してね。Aはどうしようもない絶望感に押しつぶされそうになって、知能のないこぐまがやりそうな感じでその場にへたり込んで、ただただあの恐ろしい女が一歩一歩こっちに向かって来るのを見ていることしかできなかったそうで。そうして、最後に女がAの心臓のあたりに一突き、がっといれたわけです。まあ、この夢がただの悪夢でないことは随分前に理解していたわけですけれども、Aはこの時になって初めて、自分が死ぬのだという実感がくるんです。死に直面しないと死を見据えることができないなんて、人間というのは残酷な生き物ですよね。それでも、真っ暗闇の中でAは最後の力を振り絞って、ほんの少しだけですけれど、目を開けてみたんです。何せ、あの化け物の顔だけを脳裏に焼き付けた状態でこの世を去るのも、なんだか癪だったものですから。そうして、何が見えたかって? 見覚えのある部屋の天井と、自分の胸に突き刺さっていると思わしき包丁の柄、そして震えている手と対照的に微かな笑みを浮かべたBの口元。これが、Aが見た最後の景色となったそうです。
*
以上が、私のお話でございます。そのあとAとBがどうなったかって? さあね、知りませんよ、そんなこと。ちなみに、私はBとは直接的な面識がありませんからね。本当にBがAを殺したのか? 確かに、親切にしてくれていた友人が突然自分を殺しに来るとは誰も思わないでしょう。友情や絆を優先して考えるところを見るに、あなたは随分まっとうな性格をしていらっしゃるんだとは思いますけれど、それこそ当事者でもない私にわかるわけがないでしょう。あなたは随分と沢山質問を私に投げかけられるのですね。やっぱり、私の目は間違っていなかったようだ。探求心の在るのは大いに結構ですけれども、少しは自分の頭で考えてみてはどうです。でもまあ、あえて一つヒントを与えるとすれば、私の話をちゃんと隅々まで聞いていれば、賢い人ならすぐに謎が解けるんじゃないですかね。あなたがわざわざ話を聞きに来るほどの噂を立てた奴らがどこまで理解していたのかは、さすがに測りかねますけれども。そんなにこの話の真相に興味がありますか。そうですね、深淵を除く覚悟があるというのなら、それもいいとは思いますけれど、中途半端な気持ちで飛び込んだら二度と戻っては来られないかも、なんてね。まあ、せいぜい後悔しないように努めるべきじゃないかと、私はそう思います。私は他人の生き方を強制できるほど偉い人間ではないですから、ご自由になさればよろしいかと。この話に関して私ができる唯一の助言は、そうですね、あなたが真面目に私の話を聞いていたとしたら、答えは案外簡単に見つかるものですよ。例えば、ほら、まくらの下とかね。
最後までお読みいただきありがとうございました!
遊び心からこの作品を娯楽的に書いたつもりなので、仕掛けに気づいてくれた楽しんでくれた人がいたらうれしいです(*'ω'*)