08.あたたかい言葉と一枚のブランケット
星詠みの時間です(*´艸`*)
星のように輝いているクロード様は本当に美しくて、見ているとここが夢なのか現実なのかわからなくなる。
夢であって欲しくない。
これまでにクロード様がかけてくれた温かな言葉も眼差しも全て失うのが怖いから。
不安のあまり指に力が入ってしまうと、クロード様の手が微かに動いて握り返してくれた。星詠み中なのにも関わらず、私のことを心配してくれているみたい。
どんな時であっても優しいクロード様の温かさに、心の中にある氷が溶けていくような心地がした。
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星詠みを終えたクロード様はとてもぐったりとしていて、だけど今日は膝の上に伏せてしまわないよう、両手を長椅子に突いて体を支えている。
「……大丈夫ですか?」
「うん、もう少しで立てるようになるから待ってて」
俯くクロード様の髪が夜風でさらさらと靡く。その様子に強く惹かれてしまって、気づけば誘われるように手を伸ばしてしまった。
指通りの滑らかな髪の質感とクロード様の熱が直に伝わって、途端に頭の中が真っ白になる。
どうしたらいいのかわからず固まってしまうと、クロード様が手に頭を預けてくれた。
それに加えて視線が絡み合うと、心臓が勢いよく跳ねる。
「アデルが撫でてくれるなんて嬉しいな。頑張って仕事した甲斐があったよ」
「えっ、えっと、これは、その……ごめんなさい」
「謝ることなんてないのに。むしろお礼の言葉を聞いて欲しいくらいだ」
軽率な行動だったのにも関わらずこうやってフォローしてくれるのはクロード様が優しいから。
申し訳ない気持ちで手を引くと、クロード様の手が添えられてそのまま元の位置に戻される。
「もう少しこのままでいて」
「わ、私なんかの手でよければ、いつまでもどうぞ」
「嬉しいな。永遠にこのままでもいいかも」
「坊ちゃん、アデル様を困らせたら懲らしめますわよ?」
ジャスミンの声が聞こえてきた方に顔を向けると、いつの間にかバルコニーに入ってきたリリーとジャスミンが立っている。しかもなぜか、仁王立ちで。
二人ともにっこりとしているけど、その微笑みを見たクロード様はうっすら冷や汗をかいている。
クロード様が紅茶を持ってくるように言ったけど、リリーもジャスミンも、クロード様が私の手を放すまでその場を動かなかった。
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やがて温かな紅茶が運ばれてくると、私とクロード様は並んで座り、星空を見上げた。
両手で包んでいるティーカップからは、ほわんと甘い香りを纏った白い湯気が立ち昇っていて、夜空に向かって背を伸ばしている。
リリーとジャスミンが作ってくれた今晩の飲み物はアップルジンジャーティー。
とろりと甘い林檎に少し加えられた生姜の辛さが絶妙で美味しく、飲むと体中が温まる飲み物だ。
ふうっと息を吐いて長椅子の背にもたれかかると、クロード様は微笑みながら「お疲れ様」と声をかけてくれた。
「そんな……私はなにもしていませんのに」
「いいや、十分働いてくれたよ」
そう言って、クロード様も背もたれに体を預ける。
「アデルは気づいていないだけだよ。当たり前のように人に優しくできるから、自分がどんなにすごいことをしているのか知らないだけ」
「どうしてそんな風に言ってくれるんですか?」
「――昔、ウィンストン家でティータイムをしていた時に、クレア嬢がアデルにケーキをねだったんだ。自分のは食べ終わったから欲しいと言ってね」
まさかその時のことを覚えてくれているとは思わなかった。
ずっとずっと昔の取り留めもない出来事のはずなのに、なぜ覚えてくれているのかわからなくて。
優しく目を眇めて見つめてくれるクロード様を、私も見つめ返した。
「そしたら、アデルは躊躇いもせず全部あげたんだよ。その方がクレア嬢が喜ぶ顔が見られるからって言ってね」
クロード様が感銘を受けてくださったわたしの行動は、「嫌だ」と言うのを諦めていたからそうしただけで、立派な心意気なんて、ちっともなかったのに。
「……嫌だと言ったら、お父様にまた怒られると思って、そう思うようにしていただけなんです」
「悪いことをしているわけでもないのに怒るなんてあんまりだ……」
「いいえ、妹に譲るのは姉の義務ですから」
「……そんな風に考えちゃダメだよ、アデル。嫌な時は嫌だと言って欲しい」
クロード様の掌が手に重ねられて、じわりと熱が伝わる。
「寒い時は寒いと言うんだ。手、かじかんでいるだろ?」
するとクロード様はリリーとジャスミンにブランケットを持ってくるよう言いつけた。
二人が大きなブランケットを持って来てくれると、クロード様は私にかけようとする。
その心遣いは嬉しいけれど、私はもうすでに二枚もブランケットをかけてもらっている状態だから慌てて止めた。
「何枚もかけてもらったらブランケットのお化けになってしまいそうです」
「それなら一緒にブランケットのお化けになろう」
クロード様はそう言ってブランケットを広げると一緒にくるまる。
可愛らしい提案にくすりと笑ってしまったのは一瞬だけ。
いざ一緒のブランケットにくるまると、クロード様の体がぴたりと触れて落ち着かないのだ。おまけに香水の匂いが近づいて、耳はクロード様が息を吸い込む微かな音さえ拾ってしまい、頭の中が混乱していく。
この動揺がクロード様に伝わりそうで焦ってしまう。
「クロード様、あ、あの、今日も星の授業をしてください」
そんな動揺を誤魔化すために覚束ない頭を必死で動かした。
「もちろんだよ。今日はあの星の話にしようかな」
クロード様が指さす先では、淡い光を放つ星が浮かんでいる。
その星の名前や、ここからどれほど遠い場所にいるのかを、クロード様は丁寧に教えてくれた。
不思議なことに、あれだけ緊張していたのにクロード様の声を聞いている間に落ち着いてきて、図々しくも、クロード様から発せられる温もりに心地よさを覚えてしまう。
心地よくて、安心して、眠たくなってしまって。
情けないことに、私はまたもや、クロード様との話の途中で眠ってしまった。
どうやら今晩もクロードに運ばれることになりそうです。