07.甘く優しく
クロード様がお仕事に出てしまってから、私はお義母様から星詠みの妻としての仕事や、侯爵夫人の仕事について教えてもらっていた。
一通り終えるとお義母様がリリーとジャスミンに言いつけて、アフタヌーンティーを用意してくれた。
運ばれてきたティースタンドには美味しそうな料理ばかり並んでいて、途端に食欲が湧いてくる。
サクッと焼きあがったスコーンに、色とりどりのフルーツジャムやクロテッドクリーム。ふわふわのスポンジにクリームと苺がたくさん挟まれたショートケーキや、甘い香りを漂わせるチョコレートタルトに、軽食のサンドイッチやキッシュもある。
「アデルちゃん、どれを食べたい?」
こともあろうに、お義母様はお皿を持って私の分を取り分けようとしてくれている。慌てて「自分でします!」と言うと、「遠慮しないで」といってお皿を渡してくれなかった。
躊躇いつつスコーンとキッシュをお願いすると、少なすぎると言ってどんどんとお皿に料理が詰め込まれていった。お皿の底が見えないくらいになるとお義母様は満足したようで、ようやくお皿を渡してくれる。
「いただきます」
「たんと召し上がれ」
モグモグとキッシュを食べていると、お義母様の視線を感じる。見上げるとお義母様は嬉しそうに目を細めた。
「うふふ、やっぱりいいわね。こうやってアデルちゃんとお茶をできるようになって嬉しいわ」
「わ、私も、お義母様とお話しできて嬉しいです」
「まあっ! クロードに自慢しちゃうわ。すごく嫉妬すると思うから気をつけてね」
「そ、そんなことはないかと……」
そんなクロード様を想像することができない。それに、クロード様はいつも紳士的で優しい人だもの。理性を忘れるようなことはしないはず。
だけどお義母様は「本当よ」と言った。
「今日は久しぶりに心から幸せそうな顔をするクロードを見られたわ。アデルちゃん、クロードとの婚約を受け入れてくれてありがとうね」
「いいえ、むしろ私がお礼を言わなければならないくらいです。こんな価値のない人間を迎えてくれて、大切にしてくださるクロード様には一生をかけて恩返ししたいです」
「あらあら、そんなことないわ。アデルちゃんは私たちにとって宝も同然よ。それに、恩返しなんてしなくていいのに」
「でも……そうしないと私、すごく申し訳なくて」
「そうねぇ。それなら、爵位授与式の日はクロードをたくさん褒めてあげて。アデルちゃんが言葉をかけてくれたら、クロードは張り切って当主の仕事を始められるから」
私なんかで、いいのかしら?
それでも私ができることは限られているから、こくりと頷いた。
「それにしても、食べているアデルちゃん可愛いわ。ねぇ?」
お義母様が傍で控えているリリーとジャスミンに同意を求めると。
「ええ! 小動物みたいで抱きしめたくなります!」
と、リリーが両手両足に力を込めて大きく返事をした。その隣でジャスミンが両頬に手を添えてふにゃりと微笑む。
「愛らしくて頬の筋肉が働きませんわ」
そんなことを言ってくれると恥ずかしい。
しかし手を止めてしまうとお義母様がケーキを取り分けてお皿に置いてくれる。
食べても食べても追加されてしまうものだから、その日の夕食はあまり手をつけられなかった。
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「まったく、母上は困った人だ。アデルは断ってもいいんだからね? 無理をしているとそのうちお腹が裂けてしまうよ?」
お義母様から事の顛末を聞いたクロード様は溜息を吐く。溜息は白い煙となって夜空に消えていった。
「あの、降ろして、ください」
「ダメだよ。自分を大切にしないアデルにお仕置きだ」
「っ?!」
顔が触れそうなほどの距離で見つめられると思わず息を呑んでしまった。
星の間に着いてからクロード様は、なぜか私を横抱きして運んでいる。これが本当にお仕置きになるのかしらと、思う一方で、気恥ずかしいから確かにお仕置きになるのかもしれないとも思う。
アシュバートンの人たちはみんな、私に甘い。
甘くて優しくて、申し訳なくなる。こんな私に、そこまでしてくれなくていいのにと、思ってしまうから。
こんな出来損ないの私になんて、親切にしてくれなくてもいいのに……。
バルコニーの中央にある肘掛椅子の前に辿り着くと、クロード様は私を椅子に座らせてくれた。だけどクロード様は昨夜と同じく、冷たい床に膝を突く。
「クロード様、床だと体によくありませんから椅子に座りませんか?」
「いいや、このままでいいんだ。明日、アデルがここに飾る敷物を選んでくれるのを楽しみにしているよ」
クロード様はそう言うと、私の両手を優しく包み込む。
「アデル、今夜もありがとう。うんと遠くの星に話しかけに行くからどうか、俺を導いて欲しい。だから――」
手を、握ってくれ。
少し不安げな表情のクロード様を見ると、安心して欲しいと思って、ぎゅっと手を握った。するとクロード様も、力強くも私が痛がらないように優しく、握り返してくれる。
「クロード様の無事だけを祈っています」
「俺は幸せ者だな」
クロード様は口元を綻ばせると目を閉じて、手に額をつけた。サラサラとした金色の髪が手をくすぐると、とくんと胸が脈打ってしまうから、慌てて気持ちを集中させて神様にお祈りをする。
どうかこの心優しい人が、無事に戻ってこれますように、と。
上手く隠しているけど、お義母様の予想通り、お義母様に嫉妬してしまったクロードです。