06.しあわせな日常(※クロード視点)
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ヒーロー視点です!
朝目を覚ましたら最愛の人がいた。
まだ夢の中にいるんじゃないかと思って手を伸ばすと、リリーに叩かれて現実だと知らされる。夢のように幸せな現実だ。
アデルがいる。
執念にも似た想いを抱き続け、奇跡のような偶然で得られた、尊く得難い存在のアデルが、声をかけて起こしてくれている。
たまらなく幸せで、アデルがいる生活が始まったのだと思うと自然と頬が緩む。そんなだらしない顔をアデルに見られないようにしなくてはと必死で頬に力を入れた。
「行ってくるね、アデル」
「お気をつけて」
リリーに追い立てられてしまい、触れることは出なかったが、微笑むアデルに見送ってもらえたのが、ただひたすらに嬉しい。
ハウエルズ卿には感謝している。アデルを傷つけたのは許せないが、こうしてアデルを手に入れられたのは、ハウエルズ卿が手放してくれたおかげだ。
「アデル、もう誰にも傷つけさせないから」
ハウエルズ卿にも、ティアニー伯爵夫妻にも、そして、無神経なあの妹にも、傷つけさせない。
ずっと不満だった。
あの素晴らしい人を虐げている理由がわからない。何か裏があるのかと探りを入れたものの、全くそれらしい証拠は見つからなかった。
甘え上手なだけの妹が可愛がられて、真面目で努力家なアデルは蔑ろにされている。それをどうにもできないのが耐えられなかった。
アデルには話していないが、これまでに何度か、ティアニー伯爵にアデルとの婚約を頼み込んだことがある。
何度頼んでみても紹介してくるのは妹の方で、アデルはハウエルズ卿と婚約を結ばせたから出来ないと断られた。
どうしても諦めきれなかったからある取引を持ちかけたこともある。
ティアニー伯爵家は由緒があるが傾きかけており、そんな彼らをハウエルズ家――ダルトン伯爵家が支えているのは公然と知られていることで。その絆を確かなものにするためにアデルを嫁がせているのだから、支援を肩代わりする対価として彼女と婚約させて欲しいと、少々強引な条件を出した。
それでもティアニー伯爵は妹を差し出してくる。アデルは出来が悪いと、聞きたくもない言い訳を何度も言って曲げなかった。
アデルでなければ意味がなく、そのまま話は流れて音沙汰も途絶えさせた。
それからは虚しい気持ちのまま過ごしていた。
父上たちは婚約者を探し回っていたが、どの令嬢と会っても首を横に振っているうちに諦めてくれて、その代わりに、アデルがハウエルズ卿と結婚した後は腹を括って別の誰かと結婚して欲しいと泣きつくようになった。
こんな我儘を訊いてもらえたのは星詠みの仕事のおかげで、この仕事には感謝している。
星詠みだからこそ、伴侶を選ぶときには政略結婚ではなく己の意思を尊重してもらえ、心を開けない相手を無理やりあてがわれずに済んだ。
もし星詠みでなければ、アデルを諦めて早々に別の人と婚約していたことだろう。
そうしてアデルがハウエルズ卿と結婚する時を見届けることしか許されなかったある日、王宮内で仕事をしているとある噂が聞こえてきた。
ダルトン伯爵家がアデルとの婚約を破棄しようとしている、と。
アデルの何が気に入らないのだと怒りが込み上げてくる一方で、アデルが手に入るのかもしれないと喜ぶ自分もいた。アデルの不幸を喜んでしまう自分には正直、嫌気が差したが、そんな自分を叱咤する時間も惜しんでアデルを迎える準備に着手することにした。
ティアニー伯爵夫妻とダルトン伯爵家の動向を探り、アデルが参加しそうな舞踏会に片っ端から参加してアデルの姿を探した。
誰よりも先にアデルに婚約を申し込まなければと、必死だった。
アデルは自己評価が低いから全く気づいていないけど、アデルに惹かれている男は多い。学生時代、他校にいるアデルの噂が聞こえてくるだけで言いようもない不安に駆られたほどだ。
アデルは素晴らしい人だ。けれどあの両親のせいでそのことがわかっていない。だからどれほどの人が魅せられているのかさえ知らないだろう。
そんなアデルを他の人間には会わせたくないとさえ思ってしまう。いつか奪われそうで恐ろしくなるから。
それに、アデルの心がまだハウエルズ卿にあるのはわかっている。アデルがハウエルズ卿と一緒にパーティーに参加しているのを見かけた時はいつも、アデルはハウエルズ卿の顔をそっと見ては幸せそうな表情をしていた。そんなアデルを見て、胸を掻きむしりそうになるほどの苦しさを覚えるばかりだった。
先にアデルと結婚の約束をしたのは俺で、ハウエルズ卿は奪っただけだ。ハウエルズ卿に奪われさえしなければアデルはあんな奴に惚れなかったのに、と子どもの頃の自分が悪魔のように囁いてくることもあった。
その囁きに乗せられてハウエルズ卿から奪いたいと思ってしまったこともあるが、そんなことをしてもアデルの心を得られないしアデルを傷つけてしまうのだと、理性が働きかけてなんとか止めて、そんな最低な考えをアデルに向けないように、遠巻きに見守り続けていた。
「最低な人間だ」
ずっと彼女が婚約破棄されるのを願っていた。そうなるのを待って影から狙っていたのだ。こんな醜い一面を知られてしまったらきっと、アデルは離れてしまうかもしれない。
「……早く式を挙げよう」
卑怯な手だとはわかっているけど、早くアデルをアシュバートンの人間にしないとまた失いそうで、不安だ。
幼い頃のあの時のように、横からアデルを奪われないように、今度こそアデルとの約束を果たす。
悲しいくらい無力だったあの時とは違って、今ならアデルを奪われないように戦えるほどの力をつけているから、もう誰にも邪魔させない。
「アデル、ようやくだね」
上着のポケットから、幼い頃のアデルがくれた栞を取り出す。
アデルの目の色と同じ若草色のシルクリボンで作られたこの栞には金色や赤色や青色の星が刺繍されており、幼い頃のアデルが作ってくれたものだ。
一人前の星詠みになると宣言した翌週にアデルと会った時に贈ってくれたもので、これまでに星詠みの仕事をしている間はずっと、この栞に助けられてきた。
しかし昨夜からはアデルがいてくれている。昨夜だけではなく、今夜も明日の夜も。星に話しかける時は、アデルが手を握ってくれるのだ。
それが日常になるのが嬉しくて、思わず頬が緩んだ。