【電子書籍発売3周年記念】もう少し、このまま独り占めしたい(※クロード視点)
小鳥の鳴き声が微かに聞こえ、目を覚ました。
少しだけ首を動かすと、自分の腕の上でアデルがすやすやと眠っている顔が見えて、幸せな気持ちになる。
ちょうど今日は休日だから、このまま二人でのんびりと眠っているのもいいかもしれないと思った。
「そうすればアデルを独り占めできるけど……アダムとクローディアに怒られるかな。リリーとジャスミンが知ったら拗ねるかもしれないな」
アデルの頬にそっと触れた時、部屋の中に人が入って来る気配がした。魔力を感じ取ると、リリーのものだった。
「――旦那様、起きていらっしゃるようなので入ってきました。もう昼前ですよ」
天蓋の先から防音魔法の呪文が聞こえた後、リリーの声が聞こえてくる。おそらく、アデルが目を覚まさないようにアデルの周りにだけ魔法を展開したのだろう。
「さっき起きたばかりなのだが……よくわかったな」
「旦那様がアデル様の名前を呼んだのですぐに気づきましたわ」
「恐るべし聴覚……」
リリーとジャスミンは、アデルのこととなると驚異的な力を発揮する。今日もアデルのために寝室の前で控えていたところ、その驚異的な聴覚で俺がアデルを呼ぶ声を聞きつけたのだろう。
「旦那様、例の報告書が届いていますが、読みますか?」
「いや、後で執務室に持って来てくれ」
例の報告書――それは、月に一度届けられる、ティアニー伯爵夫妻の偽物を演じていた夫婦とその娘、そしてカイン殿の現状を知らせた報告書だ。
彼らがまたアデルの目の前に姿を見せることがないよう、またアデルの耳に彼らの話が届かないように、監視の目をつけている。
このことはアデルが知れば、過去の辛い思い出がよみがえるだろうし、不安になるだろうから、アデルには知らせていない。
だから、アデルの近くでその報告書を読みたくないのだ。
もしもアデルが目を覚ましてこの報告書の存在を知ってしまったらと思うと、不安でならない。
「それにしても……久しぶりに昼前まで眠ってしまったな。アダムとクローディアは?」
「すでに朝食を済まされて、お二人とも庭園を散策していらっしゃいます」
「そうか。それなら、アデルと俺の朝食はここに運ぶよう準備してくれ」
「かしこまりました」
リリーが踵を返そうとした足音が、ピタリと止まる。
「そうだ、寝起きのアデル様が可愛いからって、襲わないでくださいね?」
「昨夜の仕事に付き合ってくれて疲れているアデルに、そのようなことはしないよ」
「まあ! アダム様がお生まれになる前、なかなかアデル様を放さなくて日中もずっと独り占めなさっていたというのに、信じられませんわ!」
リリーの声音に棘が含まれる。リリーもジャスミンもアデルの世話をしたいから、俺が独り占めした事に腹を立てているのだ。もうずいぶん昔のことだというのに。
「あの時のことは反省している。今日はアデルがゆっくり休めるよう労わりたいから、もう出ていってくれ」
「かしこまりました。絶対に、アデル様を休ませてくださいね?」
リリーは念を押すように言うと、なるべく音を立てないように部屋を出た。
それからしばらくの間、アデルの髪を梳き流していると、アデルの瞼がゆっくりと開いて俺を見た。
「おはよう、アデル。よく眠れた?」
「おはようございます、クロード様。ええ、とても楽しい夢を見ました。幼い頃にクロード様と一緒に遊んだ時の夢です」
「俺も一緒にその夢を見たかったな」
子どもの頃のアデルの姿を思い出しながら、アデルの頬をゆっくりと撫でる。
アデルは目を細めて、気持ちよさそうに頬を緩めると、甘えるように身を寄せて俺の胸元に額をくっつけてくれた。
ドクン、と心臓が大きな音を立てて脈を打つ。アデルがあまりにも可愛くて、心臓がもたないかもしれない。
「もう少し、このままいでいてもいいですか? 少しの間だけ、クロード様を独り占めしたいです」
「ああ、もちろん。むしろ俺から提案しようとしていたところだよ」
アデルの言葉に、胸の中が幸せな気持ちでいっぱいになる。
俺はアデルを抱きしめて、彼女の額にそっとキスをした後、アデルと唇を触れ合わせた。
ご無沙汰しております。今年の6月に投稿したかったのですが、バタバタしてしまい遅くなって申し訳ございません。
連載時から引き続き、本作を応援いただき誠にありがとうございます。
本作が商業化していただけましたのは、ひとえに皆様が応援してくださったおかげです。
たくさんある作品の中から本作を見つけていただき、そして応援いただき本当にありがとうございます。
残暑が続きますので、お体にお気をつけてお過ごしください。




