【電子書籍発売2周年記念】一番近くで瞬く星
「アデル、これも美味しいよ。食べてみて?」
そう言い、クロード様は子羊のステーキをとったフォークを私の口元に運ぶ。
ステーキは柔らかく、そして表面についているクリーム状のソースがまったりとしていて美味しい。ソースには香草や刻んだ野菜が入っており食感も良い。
「とても美味しいです!」
「ははっ、アデルも気に入ってくれて良かった」
クロード様はふにゃりと相好を崩して幸せそうに微笑む。美味しい食べ物を共有したいと思ってくれている彼の愛情が嬉しい。
私もつられて自分の頬が緩んでいるのを感じた。
今夜はクロード様との久しぶりのデートで、私たちは王都にある貴族に人気のレストランで夕食をとっている。
先ほどまでは王都内にある劇場で演劇を楽しんでいた。
クロード様は私が観劇が好きだと知って以来、新しい演目が公開される度にチケットを購入して連れて行ってくれる。
観劇が終わるといつもクロード様と感想を伝え合っている。
私がつい夢中になって感想を話していると、クロード様は嬉しそうに聞いてくれる。気付いた時には少しくすぐったい気持ちになるけれど、クロード様の優しさと愛情に包まれているこの時間が好きだ。
「アデル、これも美味しいよ」
クロード様は私が美味しいと言ったことがとても嬉しかったようで、もう一口食べさせてくれる。それを私が咀嚼して飲み込むと、もう一口食べさせてくれて――。
与えられるままもぐもぐと食べていると視線を感じて振り向くと、周りにいる客たちの視線が私たちに向けられていた。
「アシュバートン侯爵は相変わらず侯爵夫人を溺愛しているわね」
「ええ、あの笑顔をご覧になって。侯爵夫人の前ではとても幸せそうに笑うのね」
「あんなにも仲が良いところを見せつけられるとお腹いっぱいになってしまいますわ」
屋敷の中でとるいつもの食事でもクロード様は私が好きな料理やクロード様が美味しいと思った料理を食べさせてくれるから慣れてしまっていたけれど――外でこのように食べさせてもらうのは、さすがに控えた方がよさそう。
いつかアダムが、会食の際は食べさせ合いはしないようクロード様に注意していたことを思い出した。
じわじわと羞恥心が込み上げてしまい、私は気を紛らわせるために手元にあった白ワインをぐいっと一息に飲む。胃の中がカッと熱くなる感覚がした。
あっという間に空いてしまったグラスに気づいたウェイターが注文を聞きに来てくれたので、同じものを頼んだ。
「アデル、頬が赤くなっているけど大丈夫?」
「はい、……少し酔ってしまったのかもしれません」
いつもは少しずつワインを飲んでいたから酔うことなんてなかったのに、今は少しふわふわとした気持ちになってしまう。これが酔いというものなのだろう。
「酔ったアデル……貴重な姿を見てしまった……可愛い……」
クロード様は私が聞き取れないほど小さな声で呟くと、水の入ったグラスを勧めてくれる。私たちはお互いに水の入ったグラスをコツリとぶつけて乾杯した。
ゆっくりとグラスを離したその時、グラス越しにクロード様の顔が見えた。クロード様の金色の瞳が、店内のシャンデリアの光を受けてキラキラと輝いている。
それはまるで、夜空に瞬く星のようで――。
「アデル? どうしたの?」
思わず見惚れてしまっていると、クロード様が気遣わしく声をかけてれた。
「クロード様の金色の瞳が今日も綺麗だなって思っていたんです。私の大好きな色です。もちろん、瞳の色だけではなくクロード様全部が大好きですよ」
「~~っ、不意打ちの威力が凄まじい……屋敷に戻るまでに心臓がもつだろうか……」
今度はクロード様の目元から頬にかけてが赤くなる。
その様子が可愛らしくて、私は少し笑った。
そしてグラスを傾けて水を飲む。少しレモンとミントの香りがする水を飲むと、頬の熱が和らいだような気がした。
食事を終えた私たちはレストランを出る。
ひんやりとした夜風が吹いて、私は思わず腕をさすった。すると、ふわりと温かなものが肩を包んだ。
「アデル、少し肌寒いだろうから羽織っていてね」
クロード様の方を振り向くと、彼は上着を脱いで私にかけてくれていた。
上着はクロード様の温もりが残っており、そしてクロード様がつけている柑橘系の香水の匂いがほんのりと香る。私はそのぬくもりと香りに引き寄せられるように顔をすり寄せた。
「ありがとうございます……ふふっ、クロード様の香りがして安心します」
「――っ、そんなにも可愛いことを言われると、今ここで抱きしめたくなってしまうじゃないか」
クロード様は私を抱き寄せると、左手は私を抱きしめたまま、右手を私の頬に触れさせる。大きく温かな掌に少し頬を寄せると、あっという間にクロード様の顔が近づいた。
視界いっぱいにクロード様の金色の瞳が映る。
その金色の瞳が長い金色の睫毛に縁どられた瞼にそっと隠されたかと思うと、唇に彼の唇がそっと触れた。そしてゆっくりと離れて、今度は柔らかく私の唇を啄むのを繰り返す。
「俺もアデルの瞳の色がこの世で一等好きだし、アデルを――自分でもどうしようもないと思うほど愛しているよ。今までも、これからもずっとね」
囁き声に顔を上げると、クロード様が金色の瞳を蕩けさせて、再び私を見つめていた。
私は少し酔っていることを理由にして、背伸びしてクロード様にキスをする。
「私も、クロード様をどうしようもなく愛しています」
クロード様は顔を真っ赤にして照れたり、頬を緩めたりと忙しそうに表情を変えると、私を抱き上げて馬車に乗せてくれた。
馬車の中、そして屋敷を降りてからも私を抱きしめていたため、私の着替えの手伝いに来たリリーとジャスミンに注意されてしまうのだった。
ご無沙汰しています。
電子書籍発売2周年記念で、お砂糖多めの二人のお話を書かせていただきました。お楽しみいただけましたらとても嬉しいです。
改めまして、アデルとクロードを応援していただきありがとうございます。
また来年も2人のお話をお届けさせていただきます。




