とあるメイドが見守り続けてきた侯爵夫妻のお話(※ジャスミン視点)
七夕なので、星のイベントですので、SS投稿します…!
「ジャスミン、あそこを見て!」
ちょっぴり興奮気味なリリーが抑えた声で話しかけてくる。
彼女が指差す先を見てみると、アダム坊ちゃんがクローディアお嬢様を膝の上に乗せて座っている。
お二人はアダム坊ちゃんの手元にある絵本を覗き込んでいる。
どうやらアダム坊ちゃんが絵本の読み聞かせをしてあげているようだ。
「ふふっ、お二人が並んでいるところを見ると、旦那様とアデル様の子どもの頃を思い出しますわね」
「ええ、本当にそっくりですわ」
かつてこの屋敷に、まだ子どもだったアデル様が客人として迎えられた日のことを思い出す。
初めて見たアデル様がこの屋敷を訪れた時、私たちが旦那様と交わした会話を――。
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「今日から一日、ティアニー伯爵家のアデル様がこの屋敷に滞在されます。不便のないようにもてなしてください」
朝礼で当時のメイド長からそう告げられて、メイドたちはそわそわとし始めた。
「旦那様がご令嬢をこの屋敷に招いて滞在させるなんて初めてね」
「もしかして、坊ちゃんの婚約者候補なのかしら?」
私たちが仕えるアシュバートン家の時期当主であるクロード様は子どもながらに完成された美しさを持つ美貌の貴公子だった。
身分にも容姿にも恵まれた坊ちゃんはそれを鼻にかけることなく、天使のように優しい性格で紳士的なため、使用人たちから人気だった。
旦那様の身の回りの世話をする仕事は争奪戦だったくらいだ。
「アデル様はどんなご令嬢なのかしら?」
「旦那様がお招きするくらいなのだから素敵な方だと思うわ」
「お二人とも仲がいいそうですよ。先日のお仕事で出会ったそうですわ」
旦那様は大旦那様の仕事に同行した先――ティアニー伯爵領でアデル様と出会い、仲良くされていたそうだ。
その様子を見た大旦那様がアデル様を屋敷に招待することにしたらしい。
「ねぇ、ジャスミン。アデル様の身支度はメイド長がするそうですわ」
居間を掃除していると、リリーが頬を膨らませながらやってきた。
この家の子どもは男子であるクロード様しかいないため、ご令嬢を可愛く着せ替えることに憧れていたリリーは我こそが担当になると意気込んでいたらしい。
「身の回りのお世話は先輩たちが担当するようですし……私たちは遠目から見ることしかできないですのね」
「残念だけど仕方がないですわね……」
二人で揃ってため息をついてしまった。
リリーにいたっては間延びしたような長い長いため息をついていた。
その時、声変りをする前の美しいボーイソプラノでくすくすと笑う声が聞こえてきた。
振り向くと、当時まだ少年だった旦那様が微笑んで私たちを見ていたのだ。
「勝手に話を聞いてごめんね。二人とも、アデルの担当になりたいんだね」
「ええ、とってもですわ!」
食い気味に答えるリリーを見て、旦那様はどこか嬉しそうだ。
「坊ちゃん、アデル様はどんなお方なのですか?」
「優しくて真面目で誠実で――とっても綺麗な人だよ」
そう話す旦那様の金色の瞳はいつも以上にきらきらと輝いていた。
「いつか……リリーとジャスミンがアデルの専属メイドになってくれたらいいな……」
照れくさそうに呟く旦那様の頬はうっすらと赤くなっている。
まあ、と思って隣にいるリリーに目配せすると、彼女もまたうずうずとした目で私を見ていた。
「私たちをアデル様の専属メイドにってことは……アデル様を奥方に迎えたいということですわよね?」
「ええ、とても大胆な発言できゅんとしてしまいましたわ。坊ちゃんはすっかりアデル様に惚れていますわね」
旦那様が大旦那様に呼ばれて立ち去った後、私とリリーは両頬に手を添えて悶えていた。
いつも愛くるしい旦那様が、今日は一層愛くるしい。
その後、アデル様が屋敷に到着すると、使用人たちはみんなアデル様のことが好きになった。
お出迎えした時に見たアデル様は優美で可憐なご令嬢で物腰が柔らかく、私たちに微笑んでくれる。
そんな彼女と旦那様がはにかみながら言葉を交わす様子は大変尊く、多くの使用人の心を掴んだのだ。
「ジャスミン、あそこに天使が二人いますわ!」
「今すぐ画家を呼んで絵を描かせたいですわね」
私とリリーはアデル様と旦那様を見るためにこっそりと仕事を抜け出した。
二人で並んで図鑑を眺めている姿は大変麗しく、感嘆の息が零れる。
いつまでも眺めていたいものだが、メイド長に見つかってメイド長室に連行され、こっぴどく叱られたのだった。
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その後、運命の悪戯でアデル様は他家の令息と婚約した。それでも旦那様はアデル様を愛し続けた。
転機が訪れたのは、旦那様が成人した頃。
アデル様が婚約者を妹に譲ったという噂が流れたのだ。
それと時を同じくして、旦那様は夜会に出るようになった。
旦那様は滅多に夜会に出なかった。
星詠みという仕事の関係上、夜会に出る時間がないということもあるけれど、旦那様はもともと夜会を好まないのだ。
それにもかかわらず旦那様が参加していた理由はただ一つ。アデル様を見つけ出し、求婚するためだ。
滅多に星詠みの仕事を休まない旦那様にしては珍しく、休みをとってまで夜会に参加した。
「坊ちゃんはなぜ夜会へ行ってアデル様を探すのかしら? 求婚の手紙を送った方が早いと思いますわ」
「前にメイド長から聞いた話だと、アデル様の父君であるティアニー伯爵が手紙を勝手に読んでは、妹君を坊ちゃんの婚約者に勧めてくるそうですわ」
「まあ、どうしてそんなことをするのかしら?」
そこで旦那様は手を打って、アデル様に直接求婚した。
アデル様が承諾した後、旦那様はアデル様がすぐにこの屋敷に居を移すよう手を打ったのだった。
「いよいよ明日にはアデル様をお迎えするのね」
「ええ、楽しみすぎて、今夜はきっと眠れませんわ」
二人で話しているところにメイド長がやってきた。
旦那様が私たちを呼んでいるらしい。
「いったい、どんな話なのかしら?」
全く予想がつかないまま旦那様がいる居間に呼ばれると、旦那様は私たちを見るなり照れくさそうに微笑んだ。
「リリーとジャスミンに話があるんだ」
「はい、なんでしょう?」
「何なりとお申し付けくださいませ」
「俺が子どもの頃に二人に話したことを覚えているかな?」
「それって、まさか――」
ぱちくりと目を瞬かせるリリーに、旦那様の微笑みは一段と深くなる。
「二人をアデルの専属メイドにするよ。アデルが心を休めるように寄り添ってほしい」
旦那様の話によると、アデル様は実家で肩身の狭い思いをしているらしい。
あの天使のようなアデル様を悲しませるなんて許せない。
「もちろんですわ!」
「精一杯尽くしますからご安心を!」
私とリリーが力強く返事をすると、旦那様はホッとしたような表情を浮かべた。
「お二人が末永くお幸せに暮らせるよう、全力で仕えさせていただきますわ。改めまして、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとう、ジャスミン」
旦那様はふにゃりと笑う。
その微笑みは、かつてアデル様を想い頬を染めていた子どもの頃の旦那様を思い出させた。
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翌日、アデル様がアシュバートン家の邸宅に到着した。
馬車から降りるアデル様をエスコートする旦那様はとにかくもう幸せそうで、見ているとによによと頬が緩んでしまう。
旦那様はすぐに私とリリーを紹介してくれた。
「アデル様に仕えることができて幸せです。今日からよろしくお願いします」
「なんなりとお申し付けくださいませ」
大人の女性に成長したアデル様は優美さに磨きがかかり、私とリリーは一目見てアデル様に夢中になった。
「旦那様、私たちが責任をもってアデル様を素敵におめかししますので楽しみにしてくださいませ!」
「……アデルは今も十分素敵だけど、二人ならアデルをもっと輝かせてくれそうだね」
ふと、旦那様は片手で口元を覆う。
「俺の心臓が保つだろうか……」
そう言い、耳まで赤くする旦那様が可愛らしかった。




