31.約束の日
「ううっ……アデル様、とっても綺麗です!」
「リリーったら、いい加減に泣き止みなさい。アデル様が困ってしまいますわ」
はらはらと涙を零すリリーを宥めるジャスミンも、ちょっぴり目が赤くなっている。
ついに私とクロード様の結婚式を迎えた今日、リリーとジャスミン、そしてアシュバートン家のメイドたちは朝から夕方まで私の身支度に追われた。
式場である神殿はアシュバートン邸とは勝手が違うけれど、それでもみんな手際よく私の身支度をしてくれた。
そうして夕暮れ時になり星々が紫紺の空に輝き始めると、星詠みの結婚式が始まる。
「さあ、アデル様。ティアニー伯爵がお見えになりましたわ」
ジャスミンが待合室の扉を開けるとお父様が部屋の中に入ってきた。
衰弱していたお父様は、ティアニー伯爵領で事件が起こったあの日から治療を重ねてようやくしっかりとした足取りで歩けるようになった。
私と一緒にバージンロードを歩くために寝る間も惜しんで足の筋肉を鍛えていたのだとフィリスから聞かされた時には泣いてしまった。
「アデル、とっても綺麗だよ。お前は私とジゼルの自慢の娘だ。きっと領民から愛されるセルヴィッジ侯爵夫人になれるよ」
「ありがとうございます。……お父様、今日のために治療に励んでくださりありがとうございます」
「礼なんていらないよ。大切な娘の佳き日のためだからちっとも苦ではなかった」
お父様は包み込むように私を抱擁して、離れるとジャスミンが私にヴェールを被せた。
私とお父様は神殿の廊下を歩き、やがて大きな扉の前に辿り着く。女神様や星の浮彫が美しいその扉を神殿の騎士たちが開けてくれると、目の前には星空が広がり、その下には赤い絨毯でできたバージンロードがあり、祭壇まで伸びている。
バージンロードの両端には招待客たちが並び、私とお父様を迎えてくれた。
赤い絨毯の先には、白地に金色の刺繍を施された礼服を着たクロード様が立っている。
少しずつクロード様との距離が縮まるのに比例して、私の心臓の音が大きくなっていく。
「ようやく、約束の時だね」
私の手がクロード様の手に重ねられると、クロード様はそう呟いた。ヴェール越しの薄紗がかかった世界でもクロード様の瞳がきらきらと輝いているのが鮮明に見えて、思わず見とれてしまう。
それから私たちは司祭の文言に合わせて女神様と星々に誓いの言葉を述べた。お互いに指輪を交換して、指元で淡い光を放つお揃いの金色の環を見ると、自然と目頭が熱くなった。
本当は、今日この日を迎えるまで不安だった。
以前の婚約のように、急にこの婚約がなくなったらどうしようかと、悪夢を想像して苛まれていたのだ。
安堵の涙を拭おうとしてもヴェールに阻まれて、私は持ち上げかけた手を戻す。
するとクロード様は私が泣いているのに気づいたようで、ヴェールを持ち上げるとさり気なく目尻に指を滑らせ涙を拭ってくれた。
「アデル、息をするのも忘れてしまいそうなくらい素敵だよ」
「クロード様の方こそ素敵で、見惚れてしまいました」
私たちはお互いに照れ臭くなって小さく笑う。そして、どちらからともなく唇を重ねた。
私たちの口づけを合図にわっと歓声が上がり、いつもは静かな神殿がお祭りの夜のように賑やかになる。
「アデルに新しい約束をする」
耳打ちするクロード様の声につられて振り向くと、クロード様の瞳は今宵も星のように煌めいていて。
見惚れている私にクロード様はもう一度口づけした。
「この先、何があってもアデルを守り抜くよ。もちろん、アデルをひとりにさせないから。アデルが笑顔でいられるよう、どんな脅威からも守ってみせる」
「私もクロード様に約束をします。今度こそ絶対に破りませんから。何があっても一生かけて約束を果たします」
私はクロード様の両手を握った。星詠みををする時のようにしっかりと握りしめて、クロード様を見つめる。
「クロード様が幸せでいられるように、道標であり続けますね」
クロード様が私の手を握り返してくれると同時に、夜空に幾つもの流れ星が落ちた。
この夜は王国各地で流星群が観測されたそうで、私とクロード様はこの流れ星を、クーストースからの贈り物だと推測している。
流れ星に彩られた私とクロード様の結婚式の話は王国中に広まり、幼い頃に交わした約束をひたすら守り続けたクロード様の一途な恋物語もまた、知れ渡るのだった。
次話、エピローグです!




