30.星詠み侯爵様の想い
騒動の後、私たちはウィンストン邸に戻った。
お父様とお母様は使用人たちに治療と身支度をしてもらっており、国王陛下は客間を借りて騎士団の報告を聞いている。
私とクロード様は居間で休むことになった。部屋には長椅子が二つあるのにも拘わらず、クロード様は私の隣に座る。
肩同士が触れるとどうしても意識してしまい、顔がボッと熱くなる。
「クロード様、お怪我はありませんか?」
「この通り無事だ。アデルの方こそ怪我はない?」
クロード様は壊れ物に触れるようにそっと私の頬に指を滑らせる。
そうしている間も星のように輝く金色の瞳は忙しなく動き、私が怪我をしていないか確認している。
私はクロード様の手に自分の手を重ねて、頬を掌に押し付け微笑んで見せた。
「私も大丈夫です。クロード様が無事でよかった」
この大切な人を失うのが怖かった。
まだまだ伝えきれていない想いがたくさんあるのに、聞きたいことがたくさんあるのに、永遠の別れになってしまったらどうしようかと、不安で不安で仕方がなかった。
「アデルには何も言っていなくて不安にさせてしまったね。ティアニー伯爵領ではここ数年、星詠みの結果と違う事態が起こっていたから警戒していたんだよ。そんな中、別件だけどハウエルズ卿を唆したとされるクレア嬢からアデルに手紙が届いたのがどうも怪しかったから、魔導士団と騎士団を潜伏させてティアニー伯爵領の内情を探ることになったんだ」
騎士団は実戦部隊とは別に隠密部隊も動いており、分家の人たちに事情聴取していたらしい。
そこで判明したのが、分家の人たちには「特定の話題を話せなくする」魔法がかけられており、偽者のお父様とお母様が成り代わっていることを他者に告げられないようにされていたのだという。
話そうとしても口が動かず、文字に書こうとすると手が動かなくなってしまうような、恐ろしい禁術だった。
分家の人たちとの間に溝ができてしまっていたのは、お父様とお母様が偽者であったことと、彼らにおぞましい魔法をかけられていたからだった。
偽者が成り代わり、一族の結束がなくなっていたウィンストン家は、かなり危ない状態だったと言える。
「本当は、アデルを安全な場所で守りながらこの事件を解決したかった」
クロード様は眉根に皺を寄せ、苦悩に満ちた表情になった。怪我はなかったとはいえ、私が塔に閉じ込められたのが許せないらしい。
それは私も同じで、怪我はなくともクロード様の身が危険に晒されたのは許しがたい事だった。
「クロード様、私の身を案じてくれるのは嬉しいのですが、私もクロード様が危険な目に遭うのは嫌です。私のせいでクロード様を失うかもしれないと思った時、生きた心地がしませんでした」
図々しいことだけど、クロード様は私の為なら危険も厭わない人なのだとわかっている。
いつしかまた私の身に危険が及んだ時、クロード様が私のせいで傷ついてしまったら、私は一生自分を許せないだろう。
「クロード様は私の最愛の人です。だからクロード様には笑顔でいて欲しいですし、苦しんで欲しくないですし――それに、ずっと私の隣に居て欲しいのです」
「アデル、心配させてすまない。もちろんひとりにはしないよ。一生放さない」
クロード様は私を抱き寄せて、頭や額や瞼に口づけを落とす。触れる熱は優しく、私は目を閉じて受け止めた。
「俺もアデルのことを愛している。幼いころからずっと、アデルの隣に居続けたいと願い続けてきたんだ。だから今、とても幸せだよ」
そう言って、金色の瞳を柔らかく細めて心から幸せそうな顔をする。そんなクロード様を見ると、ぎゅうっと締め付けるように胸が軋んだ。
こんなにも美しくて優しい人に愛されているのが、実は夢だったらどうしようかと、今さらながら恐ろしくなってきた。
「クロード様、もう一つ、伝えたいことがあります。約束を守ってくださってありがとうございます。……クロード様が守り続けている約束を、私は破ってしまってごめんなさい」
「アデルが気にすることはないよ」
クロード様はそっと私の肩を押した。すると私の視界は反転して、気づけば私は座椅子の上で寝そべっている。
両手にはクロード様の指が絡められていて身動きが取れない。
驚きのあまりあんぐりと口を開けている私を、クロード様の美しいお顔が覗き込む。
いつもは穏やかで精悍な顔つきのクロード様だけど、今はどこか妖しさを含んでおり、見つめられると心臓の音が駆け足になっていく。
「俺が約束を守り続けていたのはアデルのことを諦めきれなかったからだ。好きな人にはずっと笑顔でいて欲しいし、他人任せにして後悔したくなかった。アデルはこの世の誰よりも優しくて、笑顔が素敵で、俺に星詠みになる希望を与えてくれた人だから、絶対に誰のものにもしたくなかった」
ほめ殺されてすっかり照れてしまった私は、ただ口をはくはくと動かすことしかできない。
おまけに、ゆっくりと近づいて来るクロード様の眼差しは甘くてクラクラとしてしまう。
「アデル、星詠みは独占欲が強いから覚悟してね?」
にっこりと笑うクロード様の金色の瞳が視界いっぱいに映ると、私は唇を塞がれた。
次話、いよいよ結婚式のお話です!




