29.そして悪事は暴かれて
クロード様が魔法で光を放つと、それに応えるように別の光が空に放たれた。
ほどなくして四方八方から幾つもの足音が聞こえ、気づけば辺り一帯を包囲されている。
魔導士団の小隊長と思しき人物が指示を出せばあっという間に、偽者のお父様とお母様とクレア、そしてカイン様が魔法で拘束されて地面に転がっていく。
魔法の力にも多勢に無勢という言葉は適用されるようで、彼らがどんなにあがいても拘束の魔法は破られず、ただ地面を転がり回るだけ。どうやら実力では王国魔導士団に敵わないようだ。
「おい! こんなことをしていいと思っているのか?! 俺は伯爵だぞ! 捕らえるのならそこの偽物を捕らえよ!」
偽者のお父様はこの期に及んで魔導士団と騎士団を騙そうとして声を張り上げるけれど、彼の言葉に耳を貸す者はいない。
魔導士も騎士も冷ややかな目で偽者のお父様を睨みつけている。
そんな殺伐とした空気の中、快活な笑い声が私たちの元に近づいて来る。並ぶ騎士たちの合間から姿を現わしたのは、紺青の軍服に身を包んだ国王陛下だ。
まるで親しい友人の冗談に笑っているような朗らかな声だが、眼差しはちっとも笑っておらず、むしろ凄むような鋭さを宿している。
「お前が本物と言いたいのだな? よかろう。今すぐに誰が本物であるか明らかにしてやる」
国王陛下が変身魔法を解くおまじないを唱えると光が偽者のお父様たちの周りに集まり、それらが消える。
お父様もお母様もクレアも、消えてしまった。代わりに現れたのはでっぷりと太った男の人と、背が高く腰が曲がっているつり目の女の人、そして、燃えるような紅い髪とつり目が特徴的な少女だ。
大勢の人間の前で元の姿に戻されてしまった三人は、まるで裸にされてしまったかのように慌てて己を抱きしめている。
とりわけ少女はこの状況に耐え切れないとでも言わんばかりに悲鳴を上げた。
「嫌だ! 違う! こんなの私じゃない!」
「ほう? 本当の自分とはどのような人間だ? 仮初の姿を本物だと思い込んでいるようだな。修道院で己を見つめ直せ」
国王陛下の言葉に三人はゴクリと唾を飲み込んだ。
「妻と娘はそれぞれ別の修道院に送ろう。候補はもうある。最北の労働つきの修道院と、西にある清貧思想が徹底された修道院がいいだろう。夫の方は南にある島に送る。あそこは頻繁に嵐が来るからそのように脂肪を蓄える暇もないほど忙しいぞ。そして、ハウエルズ卿は隣国の人里離れた峡谷にある監獄を用意した。そこで己の愚行を恥じて悔い改めよ」
述べられた処遇は恐ろしいもので、どの場所も過酷な生活環境だと聞いたことがある。重罪人を収容する場所で、そこに入れられた者は二度と外の世界に帰られないのだという。
偽者のお母様は地面を這い国王陛下の足元に近づいた。
「こ、国王陛下! 私はもう年なので労働はできません。最北の修道院にはぜひ娘を送ってください。よく働きますわ」
「お母様! 娘の私を見捨てるつもりですの?!」
偽者のお母様と少女は不自由な体を精一杯動かして体当たりの応酬をしている。
そんな彼女たちの罵声を遮るように、偽者のお父様もまた声を張り上げた。
「俺は島なんかでくたばっていい人間じゃない! 俺は天才なんだぞ!」
「天才であろうと凡人であろうと、罪を犯した人間は相応の償いが必要だ。もっとも、お前が本物の天才なら魔導士団にいただろうな。我が国は優秀な人物を学生のうちに魔導士団に勧誘しているのだから」
国王陛下はそう言い捨てると、騎士たちに指示して偽者のお父様たちを連行する。
己の魔法の才能を何よりも大事に考えていた偽者のお父様にとって、国王陛下の言葉はかなりの大打撃になったらしい。意味を成さない言葉を発して暴れ始めてしまい、数人がかりで運ばれた。
そしてカイン様が騎士たちに連行される番になると、カイン様は意味ありげな笑みを浮かべて国王陛下を見上げた。
「国王陛下、どうかご再考してください。私を外国に追いやったらハウエルズ家は黙っていませんよ。王家に忠実な家門を失うのは痛手でしょう?」
カイン様の言う通りハウエルズ家は代々、王家に忠誠を誓い王国領土に結界を張る役割を担ってきた。ハウエルズ家がそれを拒めば、この国の守りが弱まるということだ。
さすがの国王陛下もこればかりは笑って聞き逃せないのではと思い陛下に視線を走らせると、陛下は先ほどと変わらずニヤリと笑っている。
「そうそう、ハウエルズ家の新しい当主から言伝を預かっていたよ。お前の弟であったかな。『我が家門は罪人カインとの縁を断つ。罪人カインが王宮で起こした不祥事により失った信頼を取り戻させて欲しい』とね」
余裕に満ちていたカイン様は一気にどん底に突き落とされたような表情になった。
すると、離れた場所にいたクロード様がこちらにやって来て、私をぎゅっと抱きしめてくれる。
「アデル、これでもうハウエルズ卿に襲われることはないから安心して。アデルを襲った罪人が同じ国に居ればアデルは心休まらないだろうと思ったから、受け入れてくれる外国の監獄を探していたんだ」
それはつまり、カイン様を外国の監獄に入れるのはクロード様が国王陛下に進言したということなのだろうか。
ふと浮かんだ疑問は、クロード様に口づけされて消えてしまった。気づけば頭の後ろに手が添えられていて動きを封じられており、何度も重なる口づけに溶かされてしまったかのように、意識がぼんやりとしてしまう。
「クロード、アデル嬢に惚れ込んでいたこの罪人の前でイチャつくのはさすがに可哀想だろう。続きは別の場所でやれ」
国王陛下の声が聞こえるとようやくクロード様から解放された。
ふわふわとした心地の中、不意に視線を感じて顔を向けると、お父様とお母様、そしてフィリスがこちらを見ている。
羞恥心に襲われてクロード様の影に隠れていた私はこの時、国王陛下とクーストースが密かに交わした会話を知る由もなかった。
「――クーストース、まさか小説の通りその姿になって地上に来てくれるとは思わなかったよ。冥利に尽きるな」
国王陛下の言葉にクーストースは耳をパタパタとさせる。
「ふむ、そなたがサイラス・オールストンなのか」
「いかにも。俺の二つ目の名前だ。クロード達には秘密だぞ?」
二人は共犯めいた笑みを浮かべていたらしい。
その秘密は誰にも知られないまま。
後にサイラス・オールストンはティアニー伯爵領で起こっていた事件を題材にした小説を出したため、私もクロード様も驚愕したのだった。
以前申告した残りの話数よりあともう一話多いかもしれません。。。




