28.対峙する時(※クロード視点)
アデルに届いたクレア嬢からの手紙を見た時、とてつもなく嫌な予感がした。
あの無神経な妹のことだから、婚約者のハウエルズ卿が実質的に王都から追放された腹いせに何か企んでいるに違いない。そうわかっているのに、アデルにクレア嬢の本性を伝えるのは憚られた。
アデルはクレア嬢のことを本当に大切に想っているのだから困惑させたくなかったのだ。第一、アデルがその話を聞いて涙を流すのを見たくなかった。
しかしその判断の甘さが災いしてアデルを危険に晒してしまった。
森に入ったアデルたちを待ち続けていると、クレア嬢だけが戻ってきたのだ。アデルが行方不明になったと泣きつかれた時には「アデルをわざと惑わせたのだろう?」と問い質したが、相手はしらを切るばかり。
埒が明かずに森の中に入れば、待ち受けたかようにハウエルズ卿が現れた。
いつもは不愛想な顔つきだったハウエルズ卿は、今や薄ら笑いを浮かべていて不気味だ。
「ハウエルズ卿、何がおかしいんですか? それとも気が狂いましたか?」
こちらの問いかけに相手は笑うばかり。
アデルは森の中でこのハウエルズ卿に会ったのだろうかと、微かに思い浮かんだ疑問に肝が冷える。
やはりアデルをティアニー伯爵領に連れてくるべきではなかった。フィリスのことなら俺が動いてティアニー伯爵領から連れ出せばよかったのだ。
「アデルはどこにいる?」
「さあな。クレアが知っているのではないか?」
「ふざけるな。クレア嬢もお前も、二人してしらばっくれるつもりなのか?」
愉快そうに目を細めているハウエルズ卿はきっと、アデルの居場所を知っているのだろう。
いっそのこと、息の根を止めてやろうか。
この男はアデルから寄せられていた好意を無下にするのでは飽き足らず、アデルを追いかけ襲った前科があるのだから。
そんな物騒な考えを巡らせていた俺の思考を止めるように、アデルの声が聞こえてきた。
「クロード様!」
振り向けば白く大きな犬――姿を変えたクーストースに連れられ、アデルが現れたのだ。
今にも泣き出しそうな表情だが、ひとまず大きな怪我はなさそうで安心した。アデルを助けてくれたクーストースには感謝する。
アデルの後ろにいるフィリスとティアニー伯爵夫妻は酷くやつれており、何らかの事件に巻き込まれていたのは見て明らかだ。ハウエルズ卿とクレア嬢の仕業なのだろうか?
ハウエルズ卿に視線を走らせると、相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
ここに来てはいけないと、アデルに言わなければならない。ハウエルズ卿が何をしでかすのかわからない以上、アデルを近づけさせるわけにはいかないのだから。
アデルに伝えようと口を開けたその時、目の前の空間がぐにゃりと歪み――ティアニー伯爵夫妻とクレア嬢が現れた。
「ティアニー伯爵夫妻の偽者……?」
目の前にいるのは二組のティアニー伯爵夫妻。
片や貴族らしい身なりをしており、片や王都の貧民街にいる住民のような出で立ちをしている。どちらかが変身魔法を使っているのだろう。
「見事な変身魔法ですね。どちらが本物なのやら皆目見当つきません」
わずかな綻びもなく完璧な変身魔法だ。きっとそれなりに魔法に長けた魔導士が施したに違いない。
二組のティアニー伯爵夫妻を観察していると、クレア嬢と共に現れたティアニー伯爵が大きな声を上げて笑った。
「当り前だ。俺も妻も、魔法学園では天才と呼ばれていたのだからな。それなのに家が没落したせいで、こんな魔力無しの弱っちい貴族にヘコヘコと頭を下げなければならなくて苦痛だったんだ。セルヴィッジ侯爵、私たちはずっとティアニー伯爵夫妻を演じていたのだよ。未来を探る星詠みも、私たちのような優れた魔導士の魔法は見破られなかったようだな」
「ええ、完全に騙されてしまっていました」
「そうだろう。真実を知らぬまま葬り去られるのは可哀想だから教えてやったのだ。感謝しろ」
「……それはどうでしょうか?」
魔法の技術は優れているが高慢で浅はかな男だ。こちらが下手に出ればいとも簡単にボロを出すなんて呆れてしまう。虚栄心が高いのが身を滅ぼしたな。
褒められた性格ではないが、その虚栄心のおかげで証拠が全て揃ってくれた。
長らく特異点が発生していたティアニー伯爵領の問題を解決する重要人物たちが一堂に集まったのだから。
後は暴くだけ。そして全てを終わらせてこの地に真の平和をもたらそう。
それが悲劇を防ぎきれなかった星詠みたちからの償いであり、アデルの婚約者としての願いだ。
「俺が何も考えずにここに来たとお思いなら心外ですね」
呪文を唱えて空に光を打ち上げれば、それに応えるように光が打ちあがる。予定通り、援軍は近くで待機してくれているらしい。
「もうすぐで王国魔導士団と騎士団がここに来ます。ティアニー伯爵領は国王陛下と星詠みたちの監視下に置かれていたので、みんなこの機会を狙っていたんですよ」
だから、あなた方は逃げられませんよ?
心からの笑みと共にその事実を伝えると、偽者のティアニー伯爵の顔からさっと笑みが崩れ去った。




