25.嫉妬(※クレア視点)
自分の本当の姿を知ったのは、魔法学園に入る前の夜の事だった。
お父様とお母様に呼び出されて告げられたのは、私がウィンストン家の者ではないという、信じ難い真実で。
お母様が私の変身魔法を解き鏡で見せられた自分の姿に、強い嫌悪と絶望を覚えた。
私は生まれてからずっと、お母様に変身魔法をかけられて、「ウィンストン家の美しい次女クレア」という、偽りの存在の皮を被っていたのだ。
本当の私は美しくも可愛くもなく、地味で性格が悪そうな顔の、とうの昔に没落した貧乏子爵家の娘だと知って、絶望した。
一瞬にして何もかもを失ってしまったような気がして、喪失感に震えたのだった。
「クレア、心配しないで。誰も私たちが偽物だと気づかないわ。それに、あの出来損ないのアデルをハウエルズ家に嫁がせれば支援をしてもらえるからこれまで通り、貴族でいられるのよ?」
浪費家のお母様は、ウィンストン家の財産を喰い潰しているのに反省の色なんて見せずに、まだまだ贅沢な生活をしようとしている。
ハウエルズ家が支援をしてくれるのは本物のウィンストン夫妻に借りがあるからなのだという。
これまでは、どうして彼らが支援しようとしてくれているのかわからなかったが、お母様の話を聞いて納得してしまった。
恩がなければ、こんなにも落ちぶれてしまった家門の娘を妻に貰うつもりなんて毛頭なかったろうに。
そしてこの時の私はまだ、お姉様は私と違うのだということを知らなくて。
「お姉様も怖いお人ね。おっとりしているように見せて、その実、周りの人たちを騙し続けていたのね」
お姉様もきっと、私と同じように学校に入る前に本当のことを聞いたのだろうと思っていたのだ。
けれど、現実は想像以上に残酷だった。
「ああ、アデルは本物のウィンストン嬢だよ。私たちが入れ替わった時は目も開いていない赤子だったから正体がバレる心配もなかったし、なにより、他の貴族家と取引をする時に役に立つから手元に置いているんだ」
お父様は微塵も躊躇いのない口調でそう言うと、いつものように朗らかに笑った。
その時の私が、身の内から吹き出る醜い感情で顔を歪ませていたことなど、知りもしないだろう。
お姉様はずるい。
お姉様に裏切られた。
いつもおどおどしているけれど私に甘くて優しい、大好きなお姉様だったのに。
そんなお姉様が、私が持っていない物を私に隠して全部持っているだなんて、あんまりだ。
酷い。
許せない。
私にだけ偽者の役を押し付けるなんて、絶対に許せない。
その日から私は、家族の中で一番大好きだったお姉様のことが、家族の中で一番大嫌いになり――お姉様を絶望に落とすことばかり考えるようになった。
だって、私が正体を隠して怯えて生きていかなければならないのに、お姉様は呑気に幸せに生きていくだなんて、不平等だもの。
「そう。全部、お姉様が悪いのよ」
私は踵を返して、森の入口へと向かった。
これからクロード様を森の中におびき寄せて、待機しているお父様やお母様がクロード様を道に惑わせて、カイン様がクロード様を手にかける。
――いい気味だわ。
背後にある塔から、お姉様の悲鳴じみた叫び声が聞こえてくると清々する。
これからお姉様はずっとあの塔に閉じ込められて、私が幸せになっていくのを見せつけられるのだ。
偽者に全てを奪われる屈辱を味わえば、あの優しいお姉様だって少しは醜い気持ちを抱くはず。
「それに、私と婚約したのにお姉様の事ばかり考えていたカイン様は地獄に堕ちればいいし、私に見向きもしなかったセルヴィッジ侯爵は苦痛を味わえばいい」
どんなに周りの人が私を褒めそやそうと、あの二人だけはちっとも振り向かなくて、それもまた不満だった。
昔の私はお姉様のことが大好きだけれど、それ以上に、お姉様より優れていると褒められることの方が何万倍も大好きだった。
それなのに、今の私の顔はお姉様と比べると何も無くて惨めになる一方だ。
身分も容姿も、お姉様には勝てなくて。
「足りない。まだまだ復讐が足りないわ」
こんな気持ちにさせたお姉様を許さない。
だからとことん絶望を味わわせてやる。
お姉様、待っていてね。
今に最高の悲劇と憎悪を贈ってあげるから。
完結まであと六話ほどになりました…!
最後までおつきあい頂けると嬉しいです。




