24.偽りと真実
「クレア、一体どうしてしまったの?」
扉の上部にある小さな窓に向かって問いかけると、クレアの空色の目が覗き込んでくる。
目の前にある顔は確かにクレアなのに、急に人が変わったように、クレアの言葉が鋭くなってしまったのだ。
まるで、クレアの姿をした何者かが入れ替わったのではないかと思うほどに。
――もしかすると本当に、偽物なのかもしれない。
そう考えた私はリリーとジャスミンから教わった変身魔法を解くおまじないを唱えた。するとクレアの周りに光が集まって。一瞬だけ、クレアの顔が恐怖で歪むのが見えた。
変身を解かれるのを恐れているかのようなその表情に、疑念が確信へと変わる。
固唾を飲んで見守る中、光がクレアに触れると、みるみるうちにクレアの姿が変わってく。
「やっぱり、クレアに成り代わっていたのね」
金色の髪と空色の瞳を持つ美しい妹の姿は消えてしまった。
その代わりに、燃えるように赤い髪と灰色の瞳を持つ、つり目がちな少女が現れたのだ。
おまけにクレアの後ろに控えていた騎士たちは真っ黒な鳥へと姿を変えてしまい、そのまま飛び去っていった。
「クレアはどこにいるの? あの子に何かあったら許さないわよ」
少女は初めて見る顔で、貴族家の者ではないのは確かだ。これまでに一度も舞踏会で見かけたことがないから。
正体はわからないが、クレアの姿を借りて勝手なことをしているなんて許せない。
睨みつけると目の前にある灰色の瞳が三日月の形に細められ、少女は大声で笑い始めた。
「そもそも、クレア・ウィンストンなんて人間はこの世にいないわ」
「馬鹿なこと言わないで。クレアは私の妹で、赤子の頃から見てきたのよ?!」
「馬鹿なのはお姉様の方よ。何も知らずに育ってきたくせに」
おまけに、さも真実を知っているかのように堂々とした声で詭弁を並べ始める。そんなことをしても私が信じるはずがないのに。
クレアがこの世に存在しないわけがない。だって私は、幼い頃からずっとクレアを見てきたのだから。
「お姉様は私の言うことが信じられないようだけど、今にわかるわ。私はね、ウィンストン夫妻を陥れた家臣とその妻の子どもよ。――それにね、お姉様とは全く血が繋がっていないわ。赤の他人なのよ」
そもそも、と少女は話を続ける。
ウィンストン家は魔法が使える家系ではなく、自分のように魔力を持つ子どもが生まれるはずがなかったのだと。
だからウィンストン家は昔から、魔法に関する政は魔法が使える者を雇い任せていた。
そうして雇われたのが没落寸前の子爵家の当主。
野心家の彼は子爵の地位に満足していなかった。また、魔導士としてのプライドが高く、魔力がない主に仕えるのに屈辱を覚えていた。そんなある日、大雨続きで川が氾濫寸前だった夜に、彼の元にひらめきが舞い降りた。
そのひらめきというのがウィンストン家を乗っ取るという計画で。
同じく魔導士である妻と手を組み魔法で大洪水を起こすと、混乱に乗じてウィンストン夫妻を魔法で獣に姿を変えて屋敷から追い出して彼らに成り代わったのだという。
「上手くいっていたけど、獣になったウィンストン夫妻が分家の奴らと接触したせいで偽者だってバレちゃったのよ。だからこの森に火災を起こして他の人間が近づけないようにしてからこの塔を建てて、ウィンストン夫妻を閉じ込めたわ。それに、分家の奴等には私たちの正体を他人に言えないように魔法をかけたってわけ」
静かな塔の中に少女の声が響く。
覚えたてのおとぎ話を口にする子どものように得意げに、恐ろしいほど無邪気な声で聞かせてくるのだ。
なぜかその姿が幼い頃のクレアを彷彿とさせるものだから、ひどく不安にかられてしまう。この少女はクレアであるはずがないのに。
「お姉様は利用価値があるから手元に置いて育てていたけど――それが災いして、お姉様と婚約したセルヴィッジ侯爵が私たちのことを嗅ぎ回り始めてしまったのよ。だからお父様とお母様は、セルヴィッジ侯爵を始末することにしたの」
「クロード様を……?」
「ええ、筋書きはこうよ。”セルヴィッジ侯爵は気が触れてしまったハウエルズ卿に襲われて無念の死を迎えた”ってね。カイン様はクロード様にお姉様を盗られた挙句に、ハウエルズ家を追い出されてしまったんだもの。だから復讐の機会をあげるって言ったら喜んでいたわ」
クロード様の命が狙われているのだと、そう理解するのと同時に背筋が凍る。
「カイン様を利用するというの?」
「違うわ。復讐を手伝ってあげるだけよ」
「止めなさい。そんなことをしても、いつかあなたたちの悪事は暴かれるわ。だって、クロード様に何かあったら星詠みたちが動いて真相を究明するもの」
「脅そうとしたって無駄よ。私とお父様とお母様とカイン様の四人も魔導士が集まれば証拠なんて隠せるわ」
少女は震えあがる私を見て、「いい気味ね」と独り言ちた。しかし言葉とは裏腹に表情は険しく、吐き捨てるように口にする声はちっとも嬉しそうではなくて。
「ずっとお姉様が目障りでしかたがなかったのよ。――本物は、私がどんなに欲しくても手に入れられない物を、全部持っているんだもの」
そう言い残して、塔から去っていった。
重要な回なので何度も推敲してしまいました。
次話からもどんどん隠されていた真実が明らかになります…!




