23.ティアニー伯爵領
「お姉様! おかえりなさい!」
ウィンストン邸に着くなりクレアが笑顔で出迎えてくれた。私とクロード様が馬車から出てくるのも待ちきれずに駆けてくる姿が可愛らしい。
久しぶりに見たクレアは以前と変わったところがなく、思わず胸を撫で下ろした。
心の奥底では、クロード様から聞いたことが引っかかっていてたのだ。
けれどクレアはこれまで通り姉想いの妹で、私の帰りを喜んでくれている。
「ただいま。クレアの顔を見られて本当に嬉しいわ」
正直に言うと実家に帰るのは憂鬱だったが、クレアがこんなにも歓迎してくれると、胸の中を覆っていた雲が晴れていく。
「ところで、お父様とお母様はどこにいるの?」
辺りを見回しても二人の姿はなく、使用人たちが並んでいるだけ。当然だがその中にフィリスの姿はなく、酷く寂しさを覚える。
そんな私の気持ちを察したのか、クレアが手を握りしめてくれた。ぱっちりした空色の目に涙を浮かべていて、訴えるような眼差しで私を見つめる。
「急用で森にいるの。一緒にお姉様を出迎えようって言ってたのに、朝から出かけてしまったのよ」
「森ですって?」
クレアが言っている森とは、邸宅から馬車でしばらくいったところにある場所で。
私が子どもの頃に原因不明の大火災が起こったため、以降は人が立ち入らないようにしている。
お父様とお母様はなぜ、森にいるのだろうか?
「お姉様が到着したら案内するように言われてるの。フィリスに会いに行く前に来てくれる?」
「わかったわ。クレアが頼まれていることだものね」
早くフィリスに会いたいのが本音だけど、お父様がクレアに言いつけているのなら仕方がない。
「クロード様、休む間もなくてすみませんが今から森に行きますね」
「ああ、俺のことは気にしなくていい。アデルこそ疲れてないかい?」
こちらの都合でクロード様が何度も馬車に乗らなければならないのを申し訳なく思う。
クロード様がエスコートのために私の手を取ろうとしてくれたその時、クレアが躊躇いがちにクロード様に声をかけた。
「森にはウィンストン家の関係者以外は入れないので、セルヴィッジ侯爵はここでお待ちください」
「そう言われても、森には何が潜んでいるのかわからないのだからアデルから離れるわけにはいかないのだが?」
ちょっぴり不機嫌そうな声になったクロード様が私の体を引き寄せる。その勢いで、クレアと繋いでいた手がするりと離れてしまった。
「クロード様、森にはウィンストン家の騎士たちも同行してくれるので大丈夫ですよ」
「しかし、もしものことがあるかもしれないよ?」
心配してくれるのは嬉しいが、クレアが困り顔を浮かべてしまっているのでクロード様を説得しないといけない。
きっとクロード様を森に入れないようにと、お父様に強く言われたのだろうから。
「大丈夫です。クロード様がくれたお守りがあるんですから」
「……それではせめて、森の入り口で待たせてくれないか?」
今度はクロード様が困り顔を浮かべていて。
私のことを心配してくれているクロード様のそんな表情を見てしまうと駄目とは言えない。
「森の入り口でしたら大丈夫だと思います。クレア、そうよね?」
「……ええ、大丈夫ですけど」
クレアはいささか不満そうではあるものの、こくりと頷いた。
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それから私たちは森へと向かい、クロード様と別れてからクレアとウィンストン家の騎士たちと一緒に森の中に入った。
何年ぶりかわからないほどご無沙汰していた森には再び木々が緑が息吹き、元の姿を取り戻している。
しかしその中に一つ、違和感があった。森の奥に踏み入れるにつれて見慣れぬ尖塔が姿を現わしたのだ。
「ここに塔なんてあったかしら?」
それは外壁の状態を見たところ新しくはないようだけれど、どれほど頭の中の記憶をひっくり返しても思い出せない。そもそも、以前はこの森に塔は無かったはず。
私の呟きにクレアは答えることなく、塔の扉を開ける。
「入って。お父様たちはこの中にいるわ」
「……ええ」
開いた扉の隙間から見えるのは仄暗い塔の中。
お父様とお母様がなぜ、こんな場所に来たのかわからない。
いざ中に入ってみるけどやはり暗くて。
騎士に灯りをつけてもらおうと思い振り返ると、クレアが扉を閉めてしまった。
クレアも騎士たちも塔の中には入っておらず、私だけが取り残される。
「クレア?」
慌てて扉を開けようとしても外から鍵をかけられてしまい、どれほど動かそうと開いてくれない。
「どうして鍵を閉めるの? お父様たちもいるのだから鍵を開けて?」
「――本当に、お父様たちがここにいると思ったの?」
扉一枚隔てた先から、クレアがクスクスと笑う声が聞こえてきて。
それが私に向けられているのだとわかるのに、少し時間を要した。
「こんなにも簡単に騙されるなんて、やっぱりお姉様ってどうしようもなく愚図で出来損ないよね」
聞こえてくるのはクレアの可愛らしい声で。
しかし紡がれるのは残酷な言葉。
私が知らないクレアがそこに居て、戦慄した。
とうとう本性を出したクレアです。




