22.帰郷
ついにラストスパート入りました。
アデルとクロードを応援してあげてください……!
「アデル、手紙に何が書かれているか教えて?」
「え、えっと。待ってください」
頭の上から落ちてくる優しい声に急かされてしまう。封を開けようとするのに上手くできず、それどころか、封筒を取り落としそうになってしまった。
どんくさいことくらい自分でもよくわかっているけれど、クロード様の膝に乗せられ、至近距離で見つめられながらの開封となると話は別だ。大目に見て欲しい。
手紙を受け取ってからあっという間に抱き上げられてしまい、今に至るのだ。
「クレアは元気にしているようです。よかった……」
「そうなんだ。アデルの心配事が減ったのはいい事だ」
そう話すクロード様の声はどこか不機嫌で、拗ねた子どものようだ。このところ、クレアのことを話すと決まってこの調子になってしまう。
リリーとジャスミン曰く、「アデル様が何かとクレア嬢のことを気にかけているから妬いているんですよ」ということらしい。
確かに私は王宮でのあの一件以来、クレアのことを度々思い出しては悩んでしまい、クロード様に相談していたけれど。
まさかそのことでクロード様がこんな反応を見せるようになるとは思わなくて、ただただ驚いている。
唇を曲げて不服そうにしているクロード様を視界に収めてからもう一度手紙に視線を戻すと、これまで胸の中で膨れていた気持ちがしぼんでいくような心地がした。
「……」
「アデル? どうしたの?」
「フィリスが……倒れたそうです」
クレアからの手紙によると、フィリスが数日前に倒れてからずっと寝たきりらしい。目を覚まさないで、昏々と眠っているのだとか。
「――クロード様、ティアニー伯爵領に行ってもいいでしょうか?」
些細な事でもいいから、フィリスのためになりたい。
私がうんと小さなころから世話をしてくれていたフィリスだから。
他の使用人たちが私には冷たい態度で接する中、フィリスはいつでも優しく声をかけてくれたのが、どれほど心の支えになっただろうか。
そんなフィリスに、恩返しをしたい。
クロード様は眉尻を下げて、困っているようにも見える微笑みを浮かべた。
「ダメだと言いたいのが本音だが、フィリスはアデルにとって大切な人だものね。一緒にお見舞いに行こう」
「来て、くださるんですか?」
「もちろんだよ。アデルを一人にはさせないから」
絶対に、とクロード様が小さく呟く声が聞こえる。それと同時に、一寸たりとも離れるものかと言わんばかりに隙間なく抱きしめられた。
「アデル、約束をして欲しいんだ」
「どんな約束ですか?」
「ティアニー伯爵領に滞在する間、このお守りを預かっていて欲しい。何があってもきっと、アデルを守ってくれるだろうから」
クロード様は上着のポケットから一枚の栞を取り出した。
若草色のシルクリボンで作られたその栞には、金色や赤色や青色の星が刺繍されている。
「どう、して」
それは昔、私がクロード様に贈ったものだ。
一人前の星詠みになると話していたクロード様の姿が眩しくて、応援したくて作った、ちっぽけな栞なのに。
それなのにクロード様は、今でも持ってくれているのだ。
「これは俺が何よりも大切にしている宝物なんだ。大好きな女の子が、俺の夢が叶うようにと願いを込めて作ってくれたから」
とりわけ、「大好きな女の子が」というのが強調されているように聞こえてしまい、照れ臭くなり下を向く。
クロード様は俯く私の手に栞を握らせると、両手で包み込んでくれた。
「アデル、できれば聞かせたくなかったが、ティアニー伯爵領に行くなら知っていて欲しいんだ。クレア嬢には、ハウエルズ卿を唆してアデルを襲わせた疑惑がかかっている」
クロード様の言葉に耳を疑った。
社交的で姉想いのクレアがそんな事をするはずがない。
「クレアはそんな事しません……!」
「アデルがクレア嬢のことを信じていることはわかっている。だけど、ハウエルズ卿がそう供述してね。今は事実関係を調べているところだ」
「カイン様が……?」
勘違いをしてそう言ってしまったのではないかと、思ってしまう。
王宮で魔法を使ったカイン様はいつもと様子が違っていて、明らかに平静ではなかったから。
そのような私の気持ちを察したのか、クロード様は宥めるように私の頬を撫でてくれた。
クレアに会えばきっと、その疑いは晴れてくれるに違いないと思う。
あの子がいつも通り私に接してくれている様子を見れば、クロード様は疑いを解いてくれるだろう。
こうして私たちは、ティアニー伯爵領に行くことになった。




