21.おまじない
久しぶりの平和な回です……!
王宮でカイン様に魔法を使われてからというもの、クロード様やアシュバートン家の人たちは、私に過保護になった。
とりわけクロード様が仕事で出てしまっている間は厳重になる。
リリーとジャスミンを始めとした使用人たちが常に近くに居て、邸宅の中に居るのにも外出するのにもついて来てくれて私を取り囲んでいるのだ。
このままだとみんなの仕事を増やしてしまうから、どうにかできないだろうか?
通常の仕事に加えて私の護衛をしてもらっている状況が申し訳なくて、アシュバートン邸にある書庫で魔法防御について書かれている本を探してみたけれど、それらしきものは見つからなかった。
「アデル様、どのような本をお探しですか?」
ふうっと溜息をついていると、後ろで控えてくれているリリーが話しかけてくれた。
「魔法防御についての本を探していたの。私は魔法が使えないから、せめて魔法に対抗できる術を身につけてみんなの迷惑にならないようにしたいの」
「アデル様……! アデル様が気に病む必要なんてありません! ぜひに私たちに守らせてください!」
「リリーの気持ちは嬉しいけど、これ以上みんなの仕事を増やすわけにはいかないわ」
「いいえ! アデル様のような女神様にも等しいお方を守れるなんて私たちは幸せ者です。ハウエルズ卿はこんなにも可憐で慈悲深いお方に手を出そうとしたなんて……思い出しただけでもイライラしますわっ! アデル様に触れることすら罪深い。たとえ国外追放されたって許しがたいっ!」
威嚇する猫のようにフーフーと息を荒げているリリーを、いつものごとくジャスミンがおっとりとした口調で宥める。
「アデル様、差し出がましいかもしれませんが……」
「なあに?」
ジャスミンは少し迷うような素振りを見せたが、ある提案をしてくれた。
「私たちがアデル様に魔法の知識を教えることができるかもしれません。リリーと私は魔法学校を出ているのです」
「わあっ! 二人とも魔法が使えるのね。ぜひ、二人の知識を分けて欲しいの」
嬉しさのあまり勢いよく二人の手を取ると、二人ともぎゅっと握り返してくれた。
「もちろんですわ!」
「そうと決まれば今から勉強会ですわねっ!」
こうして書庫に大きなテーブルが運び込まれ、魔法の授業が始まった。
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「ひとくちに魔法と言っても、様々なものがありますわ。物理魔法、防御魔法、精神作用魔法、変身魔法に――旦那様の星詠みのような特殊魔法。それら全てに対抗できる万能策というものは、今のところ発明されておりません」
教師らしく、ということで、丸い銀縁メガネをかけたリリーがテーブルの上にある資料をコツコツと叩く。
資料のど真ん中には『五大魔法分類図』と書かれており、その周囲にはそれぞれの魔法分類を表す絵が五つ書かれている。
これは魔法学校に入学した学生たちなら誰でも一度は目にしたことがある物らしく、基本中の基本の知識らしい。
「それぞれの魔法ごとに対抗策はあるのでお伝えしますね」
ジャスミンが机の上に置いている本を開いて説明してくれた。
物理魔法を防ぐには、魔導具を使用するという選択肢がある。
魔導具は魔法が使えない人に向けて作られたものが多く、魔法が付与されているのだ。
その他の防御魔法、精神作用魔法、変身魔法には、それぞれおまじないを使うと防ぐことができるらしい。
ただしそのおまじないがたくさんあって、それぞれの魔法に合わせたものを使う必要があるのだとか。
「――とまあ、こんな感じになります。どれも完全に防ぎきれるとも限りませんので、悪意ある魔導士を見かけたらとにかく逃げてくださいね。逃げるが勝ちです」
「あら? 特殊魔法の対抗策はないの?」
「ええ、今のところないんです。特殊魔法を使える魔導士が限られていることもあって、研究が進んでいないんですよ」
「そうなのね。そんな魔法が使えるだなんて、クロード様って本当にすごいお方なのね」
星詠みの魔法で国のために働いているクロード様と違って、私は自分の身も守れないような弱小者で。
だから今は少しでも多くのおまじないを覚えて、大切な人を守れるようになりたい。
「二人とも、私におまじないを教えて。私、クロード様やみんなの事を守れるくらい強くなりたいから」
「アデル様……頼もしいですわ」
「一生ついて行きますわ!」
そう言って、リリーとジャスミンは両側から私を抱きしめてくれた。
「アデル様はこれから強くなるんですのよ!」
「そうですわ! 旦那様を尻に敷いてやるくらい強くなれますわっ!」
二人の言葉は私の心に寄り添ってくれて、それがとても温かく心に染みわたる。
そんな優しさに包まれながら、たくさんのおまじないを教えてもらった。
昼間に始まった魔法の授業は夜まで続き、リリーの話を聞いていると、誰かが書斎の扉を叩く音がした。返事をすると、扉が開いてクロード様が入ってくる。
「アデル、ただいま」
微笑みを向けてくれるクロード様はいつもより元気が無くて、何やら悩んでいるように見える。
「クロード様、どうしましたか?」
「……手紙が届いているよ。クレア嬢からだ」
「わあっ! クレアからくれるなんて嬉しいです」
可愛いクレアからの手紙に浮かれていた私はこの時、クロード様が苦悶に満ちた表情で私を見つめていたことに、気づいていなかった。




