15.燻る疑惑(※クロード視点)
ようやく折り返し地点になりました……!
話があるから執務室に来いと、国王陛下に命じられたのならそれに従うしかない。
本音としては早くアデルの元に行ってアデルから祝いの言葉を聞きたいところだったが。
「クロード、そう拗ねるな」
「……誰のせいで、俺は愛しの婚約者から祝いの言葉を聞けていないのでしょうか?」
「はぁ……星詠みの魔術師はこれだから困る。どうしてみな伴侶の事しか見えてないのだ?」
陛下は溜息をつくものの、こちらの反応を楽しんでいるらしく、口元を歪めて笑うのを堪えている。
この人はいつもそうだ。学園にいた頃はもとより、先の戦争でも敵勢を知るのに星詠みの力を借りに来た時だって、アデルが参加していたパーティーの話をどこからか仕入れては、聞かせてきた。それも、嬉々として俺の反応を見ながら。我らが国王は随分いい性格をしている。
冗談なんて通じなさそうな顔をしている陛下が真面目な話にからかいを混ぜて話しかけてくるものだから初めこそ戸惑っていたが、今では聞き流せるようになった。
「まあよく聞け。クロードが愛してやまないアデル嬢も関わることだ」
「……どういうことですか?」
「先代のセルヴィッジ侯爵が検証していたティアニー伯爵領の特異点について、また検証が必要になっている」
「つまり、またティアニー伯爵領で星詠みの結果と異なる事態が起こっているということですか?」
星詠みはあらゆることを星々に聞く。
国内で起こり得る災害や、不穏な動きをしている人物の動向など、それらを聞き出して事前に備えている。
各領地で起こり得ることもまた、星から聞いては極秘に保管している。
このことはごく限られた者しか知らない。
知られてしまえば星詠みに手をかけようとするならず者や、星詠みを己の陣営に引き込もうとする連中が現れかねない為だ。
「ああ、ティアニー伯爵から魔物の集団暴走で大きな被害に遭ったから税額を下げて欲しいと言われているが……ティアニー伯爵領にそのような予知はなかったはずだ」
「ティアニー伯爵が虚偽の報告をしている可能性があります。騎士団の現場検証は済んでいるんですか?」
「数日前に終わって調査書を受け取った。魔物の集団暴走が起こったのは事実のようだ」
「同じ領地で三度も特異点が現れるなんて……」
「特異点は何者かが人為的に起こした厄災だ。一連の災害には同一犯が裏で手を引いているように思うのだが、クロードはどう推測する?」
「……我々が捕らえたのは替え玉か囮であったのかもしれませんね」
ティアニー伯爵領はこれまでに二度、予知にはなかった災害が起こっている。
一度目は水害、二度目は森林火災、そして今回が魔物の集団暴走。
その特異点を見つける度に騎士団と共に領地へ赴き、元凶となる人物を捕らえるのもまた星詠みの仕事だ。
二度目の特異点の原因を探るため父上がティアニー伯爵領に訪れた際に、同行した俺はアデルと出会った。
星詠みの仕事を学ぶために連れられた旅で、大人たちに囲まれて退屈を極めていた時だった。
初めて出会ったのはウィンストン邸の庭園。アデルはそこで、クレア嬢に本を読み聞かせていた。
紺色の飾り気のないドレスを身につけているアデルと、リボンやらフリルやらがふんだんにあしらわれているドレスを身につけているクレア嬢が並んでいるのを見ると、姉と妹ではなく侍従とその主人に見えてしまった。
傍に控えていたフィリスがアデルを「お嬢様」と呼ばなければわからなかっただろう。
私に気づいたアデルは優しく微笑みかけてくれた。流れるような所作で挨拶をすると、一緒に本を読まないかと誘ってくれる。
拍子抜けした。これまでに出会った令嬢は相手が侯爵家の令息と分かると、気に入ってもらおうとしてあれこれ褒めておだてようとするし、自分を売り込もうとして延々と話を聞かされることになるというのに、アデルはそんなことを全くしてこなかった。
暇を持て余していた子どもにとってアデルの提案は魅力的で、彼女の隣に座って優しい声で紡がれる物語に耳を傾けていた。
その時間がひどく穏やかで心地よかった。
きっとあの日にはすでに、アデルに惚れていたのだろう。
「アデル嬢の婚約者であるお前を今回の検証に加えることはできないが、何か思い当たることがあったらいつでも言ってくれ」
「……承知しました」
これまでにあの領地について違和感を覚えたことはない。
違和感があるとすればティアニー伯爵夫妻のアデルに対する態度くらいだ。
なぜアデルとクレア嬢とではあんなにも接し方が違うのかわからない。
できることなら彼らについて星に聞いてみたいと思うほど、異常に冷たく接しているように見える。
「クロード、物思いに耽るのはいいが、早くアデル嬢の元に行ってやった方がいい。これは星の予言ではなくて俺の勘だが、アデル嬢のような大人しそうな子が王宮で一人でいると餌食になるぞ」
顔を上げれば陛下は窓の外を見て口元を歪めている。
視線の先を辿った先にいるのは、アデルと令嬢たち。庭園の隅に追いやられたアデルは取り囲まれていて蒼ざめている。
弾かれるように踵を返して、執務室を出た。




