14.新しい星詠み侯爵様
王宮の王広間には幾人もの貴族が集まり、玉座に座る国王陛下を見守っている。
国王陛下はオニキスのような黒い瞳と黒い髪を持つ精悍なお方で、年は私たちに近くて若い。
数年前に先王から王冠を受け継いだ若い国王だけど自ら騎士を引き連れ戦場に赴いていたこともあり、年齢以上の貫禄を感じさせる。
国王陛下の前に出て爵位返還の口上を述べるお義父様を見守っていると、一緒にその様子を見ていたお義母様が、不意に私の手をギュッと握った。
「さあ、アデルちゃん。未来の妻として、これからクロードが侯爵になる瞬間を見届けてあげて」
感極まったお義母様の目にはうっすらと涙の膜が張っている。
アシュバートン家にとって大切なこの爵位授与式に私を連れてきてくれて、そして一緒に感動を共有してくれるのが嬉しい。
こくりと頷いて視線を戻すと、なんと、クロード様の金色の瞳と視線が合った。
予期せぬことに肩が跳ねてしまう。
クロード様は目元を綻ばせて微笑むと視線を国王陛下に戻し、二言三言ほど言葉を交わしてから国王陛下から杖を受け取った。
クロード様の背よりも高い長い杖の先には星を模した装飾が施されている。
この杖は先ほどお義父様が国王陛下に返したもので、アシュバートン家が代々受け継ぐ、当主の証。
この国では国王から爵位と共にそれぞれの《証》を与えられており、騎士家は剣を、魔導士家は杖を国王陛下から爵位と共に与えられ、受け継がれていくのだ。
杖を持つクロード様は凛々しく、爵位の授与への感謝の口上を述べている一挙一動に目が離せない。
「……クロード様、おめでとうございます」
小さく呟くと、お義母様が「あらあら」と声を上げた。
「アデルちゃん、それは本人に直接言ってあげて?」
「はい。この喜びがクロード様に伝わるように、何度でも言うつもりです」
「ふふ、クロードの幸せそうな顔が思い浮かぶわ」
クロード様はきっと、いつもの優しい微笑みを浮かべて「ありがとう」と言ってくれる。そんなクロード様を心に思い浮かべると胸の奥が疼いた。
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爵位授与式が終わるとクロード様は国王陛下と話があるそうで、二人で広間から出て行ってしまった。
お義父様とお義母様はこれから邸宅で開く祝賀パーティーの準備のために先に帰ってしまい、私は一人、王宮でクロード様を待つことになってしまった。
クロード様が城の下人に持たせてくれた手紙には、庭園が美しいからそこで時間を潰しておいて欲しいと書かれていた。
王宮の庭園は外国の王族にも称賛されるほど見事な場所だと聞いたことがあり、一度でもいいから見てみたいと思っていた。
思いがけず見られるのが嬉しくて、浮き立つままに王城の中を歩く。
ふわりと花の甘い香りがして思わず頬が弛んだその時、小さな話し声が聞こえてきた。
「――ほら、アデル嬢がいるわ」
「本当だわ。すっかりクロード様の妻を気取っていますわね」
「カイン様にあれだけべったりくっついていたのに、すぐに乗り換えたのね」
「もしかしたら、二人ともに媚びを売ってたんじゃない?」
「あんなに地味なのにどうしてクロード様はアデル嬢を選んだのかしら?」
「そうね。クレア嬢ならわかりますけど」
「アデル嬢に弱みでも握られたんじゃなくて?」
「怖いわ。あんなにも大人しそうな顔をしているのに、何を考えているのかわからないわね」
冷たい氷の矢が心臓に突き立てられたように、浮かれていた気持ちが沈んでいく。顔は見えていなくても、明確な憎悪や悪意のこもった言葉が自分に向けられているのがわかる。
逃げるように足を動かしても声は途切れなくて。
「カイン様に捨てられた時は泣いて縋っていたんですって」
「まあ、見苦しい」
「クレア様に嫉妬して八つ当たりしていたそうよ」
「んまあ。恥知らずもいいところね」
ひやりと冷たい手に心臓を撫でられたような心地がした。
私が泣いて縋った?
私はお父様に聞かされて婚約破棄を知っただけでカイン様に会っていない。
クレアに八つ当たりなんてしていない。
なのに、なんでそんな噂が流れているの?
「なん……で……?」
じわりと視界が滲んで、慌てて目元を拭う。
悲しくて、苦しくて、だけど泣いている姿を見られたくなくて、必死になって足を動かした。
国王陛下に別室に連れて行かれたクロード様、どうやら早くアデルに会いたいそうです。
(お祝いの言葉を聞きたくて)




