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13.特別な日の朝に

 まだ窓の外には星が瞬く冬の明け方、リリーとジャスミンが部屋に入ってくる音が聞こえて来て、寝台につけられたカーテンを開けた。


「アデル様! もう起きていらっしゃったのですね!」


 モーニングティーを淹れていたリリーがテーブルの上にティーカップを置くと、顔を綻ばせて私の顔にかかる髪を梳き流してくれた。

 夜の空気に触れて冷たくなっていた頬に触れる温かい手は優しくて、思わず猫のように顔を擦りつけたくなってしまう。


「ええ、クロード様の爵位授与式のことを考えると全く眠れなくて……」


「あらあら、坊ちゃんがこのことを聞いたら浮かれて式どころではなくなってしまいそうですわね」

「そうですわねぇ。かと言ってリリーと私が内緒にしているのがバレたらきっと坊ちゃんは機嫌を損ねてしまいますわ」


 ころころと笑う二人につられて私も笑ってしまう。

 リリーとジャスミンはクロード様のことを手のかかる弟のように話すものだから、クロード様の知らない一面を覗いているようで聞くのが楽しい。


 しかしそんなクロード様も、今日の爵位授与式が終わればもうセルヴィッジ侯爵となりアシュバートン家の当主となる。

 ここ数日はその準備に追われて慌ただしかったけど、クロード様は星詠みの後には必ず、一緒に星を見る時間を設けてくれていた。


 ヒリヒリと鼻が痛くなるくらい冴えわたる冬の空の下、クロード様が抱きしめながら星の話をしてくれる時間は穏やかで優しくて。

 いつの間にか、その時間が楽しみになっていた。


「あと数時間後に坊ちゃんが爵位をお譲りしてもらうなんて信じられないですわ」


 リリーはぽつりと零しつつ、私の湯あみの準備をする。ふわりと花の香りがして、美しい色の香油の瓶が見えた。


「時の流れは速いですわねぇ。坊ちゃんの大切な日だからこそ、いつも以上にアデル様を磨くことにしましょうね?」

「ジャスミン、名案ですわね! アデル様の魅力を最大限に引き出して、坊ちゃんをメロメロにしましょう!」


「あの、二人とも……?」


 盛り上がる二人にそっと声をかけてみると、二人は満面の笑みを私に向ける。その笑みに凄みに近い圧力を感じてぞくりとして逃げ腰になると、二人にがっちりと腕をとられてしまった。


「アデル様、私とジャスミンにお任せくださいっ!」

「さあ、うかうかしていられませんわ! メイド総動員で取り掛かかりますわよ!」

  

 ジャスミンがパチンと指を鳴らすと扉が大きく開き、次から次へとメイドたちが雪崩のように部屋の中に入ってくる。


 そのまま私は浴室に連れて行かれ、丹念に磨き上げられてしまった。


  ゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜


 最後にジャスミンが髪を結い終わる頃には窓の外が明るくなっていた。

 食堂へ行くとクロード様が席についていて、持ち込んでいた書類から顔を上げると、私の顔を見て固まってしまった。


「……」

「クロード様?」

「……」

「あ、あの……みんなが一生懸命、身支度してくれたのですが……似合わないでしょうか?」

「……」


 クロード様の手から書類が落ちて、ばさりと音を立てる。それでもクロード様の金色の瞳はしっかりと私に固定されており、じいっと見つめられている。目も口もぱかりと開いてしまったまま、何も言葉を発さない。


 広い食堂はしんと静かになってしまい、私もクロード様もただ見つめ合うだけになってしまった。


 返事をしてくれないクロード様の反応にほとほと困惑していると、リリーとジャスミンがクロード様の目の前に手をひらひらとさせてみた。


「坊ちゃん、穴が空きそうなほど見つめていないで何か言ったらどうなんです?」

「リリー、坊ちゃんが言葉を失うほど見惚れているってことですわ」


「……っは」


 二人に顔を覗き込まれてやっと、クロード様は小さく声を漏らした。

 続いてガタガタと音を立てて椅子から立ち上がると、駆け寄って頬に口づけを落としてくれる。


 三度目の求婚をしてもらってから、クロード様は時おり、こうやって頬に口づけてくれるようになった。優しく触れてくれるクロード様の唇の熱を感じるとくすぐったいけど幸せな気持ちになる。


 だけど、間近に迫るクロード様の美しい顔に緊張もしてしまう。

 頬に熱が灯り思わず手を当てると、クロード様がくすりと笑う声が聞こえてきた。


「おはよう、アデル。あんまりにも綺麗だから見惚れてしまって……このまま教会に連れて行きたくなったよ。どうして今日は結婚式じゃないんだろうか……?」


 突拍子もないことを言っているけどクロード様はふざけているようには見えなくて、眉尻を下げてしょんぼりとしている。

 まるで早く式を挙げたいと言っているようで、さらに頬の熱が高くなるのを感じた。


「はいはい、寝ぼけたこと言ってアデル様を困惑させないでくださいませ。アデル様の朝食はこれからなんですから邪魔しないでくださいな」


 ジャスミンが腰に手を当ててクロード様をギロリと睨むと金色の瞳から解放されて、ホッと一息をつく。

 クロード様の瞳は時々、とてつもなく甘くて、心臓に悪いから。 


 クロード様に見守られながら朝食を終えると、私たちは爵位授与式に参加するべく、王宮へと向かった。

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電子書籍発売中です! 挿絵(By みてみん) 電子書籍ではWEB版を加筆修正している他、書き下ろしを用意しております! アデルとクロードのお話をもっと楽しんでいただけるよう執筆しましたので、WEB版既読の方にもお手に取っていただけますと嬉しいです……! 挿絵(By みてみん)
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