第1話 不謹慎極まりないスローガン『働かざるして喰っていこう』を 掲げ、私の旅の始まりです。(8)
さて、私がフィリピン・ジェネラルサントスで生きて行く為の早急に必要な資金。それは二万円ほど・・・
その時点での私はスッカラカン。財布の中身は1ペソと5ペソ硬貨が数枚のみ。その事を覚えていた理由は単純です。その数枚の硬貨でバラ売りのタバコ、マルボロを3本購入した記憶があるからです。ノアの箱舟対面の民家の庭先で種々雑多な品物が売られてました。一般の民家にも関わらず商売を行っていたのです。その件はフィリピン全土で行われてる事でした。それは恐らくは貧困の地域への救済措置でしょう。概ね現地政府の政策の一環だったと思います。細かな手続きや登録のような事務処理は皆無なのでしょう。自由に売り買いして下さい違法なモノ以外は的な流れでした。
ジョイは心底心配していました。もし入国管理局への支払いが滞った場合。私は不法滞在により犯罪者へと成り下がる(事実その後々数十か月後、私は不法滞在者となるのですが、その詳細は追々・・・)
ただ、私は慌てませんでした。なぜなら私には、ある想いから派生した、ひとつのプランがあったのです。
計画は直ぐに実行です・・・
呆れ返るほどの晴天の朝。私は幾ばくかの金をジョイから受け取りノアの方舟を後にしました。
その折りジョイに告げました。
「昼までには戻るから、ここで待ってて。どこにも行っちゃダメだぞ!」
「分かってる。ココにおる。でも、おめェ~本気でやる気かァ!?」
「心配すんなァジョイ・・・すべて上手くいく!」
私がジョイから受け取った幾ばくかの金はトライシクル(トライシクルとは100cc程度のオートバイの横に手製の乗客用サイドカーを付けた乗合いバイク) に乗るためです。
ジェネラルサントス地区内であれば片道確か12ペソ。当時、日本円で20~30円っと言った処。私は開店前のインターネットカフェ(私が経営に関わった店です)の玄関口にトライシクルを乗り付けました。そして、トライシクルのドライバーに「少し待ってて」と身振りで伝え私は店の前に立ちました。そろそろ開店の時刻にも関わらず、お店のドアはロックです。ドアの窓ガラス越しに中を覗き見ると・・案の定の光景。スタッフの若者どもが、思い思いの姿で暗がりの中寝入っています。
大学生のクリスチャンと Kさんの妻の二人の弟。彼等はそれぞれ二十歳代。オンラインゲームに魂を売った者ども。当時、確か「RAN」と言うタイトルが現地のネットカフェで大人気でした。殺伐としたシンプル殺戮オンラインゲーム。オンラインゲームの黎明期のようなシンプルさ加減。彼等は寝食を空けず、まるで猿並(失礼)にハマりにハマり・・・ネットカフェのスタッフであるにも関わらず、客をホッポラかしてプレイに明け暮れる始末。経営に関わっていた当時、ついに私は怒り心頭!!!彼等を派手に叱り飛ばした事がありました。その時、イケメンクリスチャンが私に穏やかで爽やかな眼差しで言いました。
「タロ・・・聞いてくれ。僕に素晴らしいプランがある。防犯対策として僕等はココに寝泊まり。つまりはココに住む事にした。そしたら営業中はゲームしない。約束する。タロ・・・」
「僕ら?君たち3人ココで寝泊まり?」
恐らく彼等は寝不足の為に仕事を疎かにする事になるでしょう。
しかし、
私はクリスチャンの意見を跳ね返せずにいました。なぜならクリスチャン。日給が50ペソ。日本円でおおよそ100円。
日給が・・・100円(事実です)の彼。そんな彼の願いを無下に断る事が出来ずにいました。誤解無きよう決して私が設定した給料体系ではありません。(Kさんの妻の家族が決めた給料体系です)
因みにジョイは日給が日本円で400円。私に至っては三か月働いた間の給料0円。私はクリスチャンを羨む程です。そんなこんなで彼等はネットカフェに住み込む事となりました。当然、彼等は寝る間も惜しんでゲームプレイ三昧の日々なのでした。確かに私はスタッフの彼らに対し接客のマナーを日本式に叩き込んでいました。教育する立場にあったのです。私の願いはただひとつでした。このカフェを儲かる店舗にしたかった。先ずは遊びの延長のような空気を只々(ただただ)一掃したかった。
・・・案の定一年足らずで閉店に追い込まれたのは、当然といえば当然の流れでしょうか!?
激しく店のドアを叩く私。何事かと眠そうな面持ちの彼等。
「タロ・・・なんだい!どうしたァ!!!?」
私とクリスチャンは英語の対話です。
「急いで!!!急いで!!!ドアを開けろ~!」
私は慌ただしく店内に侵入。プレイステーション3を2台とXBOX360の1台を指さして・・・
「こいつらを表にあるトライセクルに積むんだ」
「ぜんぶ?」
寝不足な眼を擦りながら、だらけたバカ者どもが呟きます。
「そうだァ!全部だァ!!!」
不安と緊張を悟られぬため私は声を張るのです。
だらけたバカ者どもは理由も問わず疑うことも無く、甲斐甲斐しく運び出します。俺に任せろタロこの俺の機敏で柔軟な身のこなし及び働きっぷり・・・と言った具合のノリノリな働き振り。
わずかの間でトライセクルに積み上げてしまいました。
「ありがとう、みんな。ネットカフェの仕事頑張るんだぞ!」
「分かってるタロ。あんたは今は俺のボスじゃない。だから今は友達。だから早くお前のノートパソコンを僕にプレゼントしたまえ」
上から目線が腹立たしい日給100円の、何故か憎めない超イケメンのクリスチャン。そして穏やかで優しいKさんの嫁の兄弟達。
そんな彼等とは最後の別れとなるのですが・・
別れの挨拶も早々に切り上げ、私は急ぎジョイの待つノアの方舟へと向かいました。
取り返される前に、
このゲームマシーンを早急に・・・
現地のポーンショップ(質屋)に叩き売ってしまはねば・・・