第1話 不謹慎極まりないスローガン『働かざるして喰っていこう』を 掲げ、私の旅の始まりです。(6)
ジョイが常日頃吐く口癖。
「おめぇは恋人でもなく友達でもねぇ。親でもなければ兄妹でもねぇ。ただの私のでっけえ息子だぁ!」
乱暴な言動は5歳の時から荒々しい港の市場で働いてきた証でしょうか!?計り知れない性質です。
「おらぁ!起きろー!タロロロ!でっけえ息子ぉ!」
毎朝5時。私はジョイに叩き起こされます。そして早朝の市場へと食料の買い出しに行くのです。賑わいに沸く古びた建屋の巨大な市場を散策すると、大勢の年端もいかないガキんちょ達が次々に群がってきます。彼等は手に手に買い物用のビニール袋の束を持ち、コレを買えよっと私にせがむと、ジョイが彼等ひとりひとりにお駄賃を与えます。
彼女は恐らく自身とそのガキんちょ達を重ねているのです。彼女が幼い頃、この市場で同様に働いてきた事を・・・
栃木の出稼ぎ先のフィリピンパブでは唯一ただひとりのヌードダンサーだったとの事。家族の為に身を粉にして働いてきたジョイ。
私は愚か者でした。私の本心を彼女に告げられず、そんな彼女を拒否出来ずにいました。私自身も気付いていました。彼女は再び日本に渡る機会を伺って来たのでしょう。つまりは日本人を欲してきた。
恋愛という淡い触れ合いとは程遠い、只々(ただただ)打算的な関係でした。私も置かれた現状を思えば、彼女を利用せずにはおれませんでした。
黒豚さんはジョイの姉のご主人。そして、狐目さんはジョイの妹のご主人です。実のところ名前を全く思い出せない。滞在中の関わりが、あの激しい雨の夜をメインとして、その後は冠婚葬祭及び現地特有の祭り事。そして今回の誕生日でした。彼等は有言実行です。私は黒豚さんの娘の誕生日に招待されました。
なだらかな山の中腹の一帯。緑豊かな一角に小さな部落が点在す中、黒豚さんの住まいを訪ねました。
庭先には子豚の串刺し状の丸焼き。彼らにとっては贅を尽くした色とりどりの郷土料理。アイスクリーム屋の行商人。それに群がる興奮気味のガキんちょども。クリスマスシーズンに商店街で見かけるような、淡く華いだアセチレンランプ。そのランプの灯りに照らされた、特大の紫色を基調としたバースデーケーキ。近所から集う老若男女の方々。
「来たかタロ・・・この酔っ払い!」
黒豚さんが満面の笑みで私の肩を抱き抱え、彼の住居に招き入れます。そこは、所謂日本で言うところの臨海学校のコテージのような佇まい。8畳ほどの作りです。その中で奥さんと本日主役の娘さんに息子さんの4人の家族が暮らしていました。
そこで酒を酌み交わした後々・・・
私と黒豚さんは酔いながら、天に向かって何度も銃を乱射。宵の明星が天空に輝きをきらめかせる中、私は阿保さながらに銃を狙い定めて銀河に乱射する始末。
「いい加減にしろー!馬鹿ぁ!このゥ!!!」
遠くの人だかりの中から、ジョイが満面の笑顔で叫びます。
それから、おおよそ一月の後・・・
黒豚さんの住居に泥棒が侵入。幾つかの家財道具が盗まれました。黒豚さんは当然とばかりに警察に届けます。
そして・・・
彼の銃の不法所持が発覚。
黒豚さん5年以上の刑期を与えられ、ジェネラルサントス刑務所に収監される始末と相成りました。
・・・・・・・・・・・・
私は直ぐに気付きました。ジョイの様子がおかしい事に・・・
ネットカフェの勤務中。そしてノアの方舟の我が家。どこかソワソワと落ち着きが無く携帯電話で慌ただしく話し続けています。
何か揉め事の予感がしました。
「タロ・・・明日一緒に刑務所行くど。カフェの仕事は休むんだぁ」
ジョイが唐突に、そして要約疑問の答えを切り出しました。
「刑務所!?なんなんだそれ!」
刑務所というワードが私の中での出来事や現況「当時」の暮らしからは何ひとつ符号出来ないのです。
「あの馬鹿の話だぁ!まったくホントに馬鹿だぁ!あいつガンが警察に」
翌朝の早い時刻。私達はジープ(当地のジープとは乗り合いバスの事を意味します)に乗り、街の区画を大きく外れ、郊外の小高い山岳地帯へと向かいました。
約小一時間程の後、辺りは広々とした高地の平原へとジープは到着。周辺を見渡すと、いかにもな高いコンクリートの塀が地平の彼方まで続いていました。
(フィリピンの刑務所。写真はあくまでイメージですが私が訪れた場所と同じ印象です)
重々しいゲートの前に簡素な作りの木造の待合所が設けられています。私達はその待合所で軽くお茶を濁すつもりでした。ところが塀の中に通されたのは、なんとおおよそ五時間後・・・
その待合所で待つ間私達におきた出来事。私は今だに忘れる事が出来ずにいます。
辺りを見渡すと・・・
塀の外に建てられた、これ又簡素な小屋が、広々とした平原の中にポツンとひとつ。小屋と言うよりは、雨ざらしの苔むした小さな倉庫。黒々と薄汚れた塊は今にも崩れそうな面持ちです。
その小屋の周りの景色を、気にするともなく眺めていた時・・・
小屋の裏手から、見かけは三才程の女の子がよちよち歩きで現れました。
もしかしたら実際は、もっと上の年齢だったかもしれません。
なぜならその少女。年齢の判別が付かない程、驚くほど痩せ細っていたのです。少女は要約ジョイの目前までたどり着きました。
・・・最初よちよち歩きと見えたのは間違いでした。少女は思うように歩行出来ない容態だったようです。何とも力なく利き腕をジョイに向かって伸ばします。何事かをビサヤ語(ミンダナオ地方の方言)で少女に語り掛ける笑顔のジョイ。
そそくさと手提げ袋から黒豚さんに差し入れるはずのフルーツを、ジョイは少女にすべて渡してしまいました。
「大丈夫なのか?」
私は不安げに問いかけました。
「何が・・」
「その子だよ」
少女は、ジョイの傍らにチョコンと腰掛けて貪るようにフルーツを頬張っています。
「大丈夫な訳ねえなァ。ご飯食べてねえから」
「そりゃあまずいだろう。ジョイ」
「当り目ェだァ。良いことでない・・・なんだァ、おめェ~!連れて帰るかァ?」
「シティホールに連絡するとか警察に届けるとか、色々有るだろう」
「おめェ~!忘れたか?ここはフィリピンだどぉ。日本じゃねェ!しかも目の前はビッグ ポリスボックス!!!それなのに何んにも出来ねえんだ・・・金もねェ~奴がカッコつけんなァ!!」
ジョイの言葉は正しいのです。正に正論です。ただ、その口汚なさをヌキにすれば・・・
私は自身の持つ無駄な繊細さに、徐々に苛立ちが沸き起こる。そして、私は震える程の怒りを覚えました。
少女に対する自身の無力さも含め、男としての最上級の罵りを受けた事。後にも先にも私がジョイに対して反した、最も大きな侮蔑でした。普段から物事に深く拘らず、出来るだけシンプルな心持ちであろうとする現地の人々。ジョイも例外なく、そのスタイル。
でも私の何時になく可笑しな異変に気付いた様子・・・
ジョイは慌てて私の機嫌を取りだしました。
「腹ァ減ったか?タロ・・・」
私は返事を返しません。完全無視のガキんちょ並みの対応です。
「減ってないかぁハラ。そんだなァ。朝ごはん、食べたしなぁジープん中で・・・」
カラカラに乾燥したボサボサの少女の髪を手櫛でとぐジョイ。
「この子たぶんパパかぁママが刑務所ん中!?嫌だぁ!!!ふたりとも刑務所ん中かァ?それで外で待ってる・・・」
ジョイは独り言のように私に理解できるよう日本語で呟きます。
私は気掛かりな想いを止められず思わず発しました。
「まさかだそんな事。この子ひとりでアノ小屋に?」
「それは無いタロ。キョウダイが居るっぺ。にーちゃんかねえちゃん。心配すんなタロ」
私はこのムカつくジョイに宥められる・・・
逆に腹立たしい想いでした。
刑務所内です。驚くべき場所でした。日本とはまったく考え方が違うのです。いえいえ日本だけでは無い。
世界中とフィリピンの考え方が違うと言いたい・・・
サファリパーク?(失礼)
放し飼い?(失礼)
受刑者は囲いの中で自由です。酒を飲む者(事実です)カラオケを熱唱する者。バスケに興じる者。
・・・にしても囲いの中で自由を謳歌。
広いグランドのそこかしで・・・自由です。