第1話 不謹慎極まりないスローガン『働かざるして喰っていこう』を 掲げ、私の旅の始まりです。(4)
今宵の雨が激しさを増す中、ひとり静かに暮らして来た筈の私の、唐突に舞い込んだ慌ただしい出来事について綴ります。
ずぶ濡れの3人の来客。タイルで敷き詰めたリビング床は、滴る水滴による水溜まりがみるみるうちに広がっていく。水溜まりの上にオッ立つ全身を刺青で覆われた二人の見知らぬ男達。
肌寒い雨の夜。彼等の出で立ちは、Gジャン及び深々とフードを着込んだ現地の防寒スタイル。耳には片方だけのイヤリング。手首に重々しく見え隠れするのは、銀色に輝く細かな細工が施された分厚いブレスレット。利き腕に巻かれた派手目の腕時計。胸元そして両足に伺えるのは「すね毛」ではありません。浅黒い肌に立派な刺青を施しています。私の勝手な思い込みですが、彼等に施された刺青はファッションという赴きとは異り、何処か部族の象徴とでも言うのか・・・ある種ネイティブの誇りのような印象を受けました。
そして、いつも通りにゲラゲラと捲し立てる陽気なジョイ。それらを、不安な心を悟られぬよう満面の笑みで迎える私。
「タオルねえガ???」
私の笑みを不審そうに覗き込みながら、栃木なまりのジョイが二人の男達を従え、びしょ濡れの身体を指さして「タオル」と連呼します。
男達の手にはパンパンに膨らんだ手土産らしい深紅のビニール袋。中身は恐らくビッグサイズのガラスボトル。
定番のフィリピン産ビール「レッドホース」でしょう。
おおよそ一時間後、我が家のリビングルームの住人達はボロボロ酔いの状況でした。「レッドホース」。いわゆる日本のビールとはおおいに異なりリキュールに近い感触。「とりあえずビール」と言うノリではないのです。かなりのアルコール濃度。氷を浮かべるぐらいが丁度良い感触です。
「タロさん・・・お前は銃を撃った事があるか?」
刺青の男達と私の会話はジョイがすべて通訳です。
「無いです!」酔いが体の芯まで染み込んだ爆酔いの私が、当たり前だとばかりに答えました。
兎にも角にもレッドホースの威力たるや半端ない!
「無い。なぜ無い??タロ・・・撃ちたいか?銃!」黒豚を思わせる片方の巨漢の男が不服そうに返しました。
「そうじゃなくてね、私は銃にまったく興味が無いんだ」
「そうかタロお前は銃が撃ちたいか。心配ない。俺に任せろ。俺がお前の望みを叶えてやる」
「ありがとう。でもお断りです。興味が無いんで」
「分かったタロ。来週俺の娘の誕生日。お前を娘の誕生日に招待する。その時、お前の望みを叶えよう」
「ありがと・・・?」怪訝そうにジョイを見つめる私。時折意味不明の奇声を雄叫ぶ彼女。どうやら酔い騒ぐ輪の中で最も酔っているようでした。
「気に入った。俺の相棒タロ!俺とお前は生涯の友達。俺がお前の望みを叶えてやろう」
つまりは爆爆酔いのジョイ。通訳がまったく覚束ない有様で、私達は意思の疎通がまともに図れませんでした。
「お仕事は?何をしていますか?」無理矢理に会話の流れを修正した私。酔ってはいますが比較的落ち着いた、狐目の小動物を思わせる、もう片方の男に語り掛けました。
「僕??僕だね。僕は音楽家」狐目さんが素っ頓狂な声を上げた。
「音楽家?」
「そう。音楽家・・・僕は自分で楽器をコサえてそれを毎日演奏して過ごしてる」
私の質問が愚かな問いかけである事は、この時点では気付きませんでした。私は不勉強な愚か者でした。彼等の多くが、職を持てずにいたわけです。私がジェネラルサントスで出会ったすべての男達(私の周りに限って)が無職でした。誇張では無く事実です。
「タロ・・・俺達が何故お前を訪ねて来たか教えてやろう」黒豚さんが虚ろに緩んだ眼で意味不明な笑みを浮かべてる。
「???」何か怪しげな空気の漂いを感じた私。
黒豚さんと狐目さんが軽くお互いで目配せした後、大声で笑い出しました。私は当然当惑です。何がそんなに可笑しいのか!?
その件の・・・その刹那です。ジョイが異様にはにかむ姿を私は見逃しませんでした。私の脳裏に「一生の不覚」というワードがクッキリと浮かんできました。
あの日、日用品買い出しの日。何気なく交わしたジョイと私の会話。ソレがこんな結果になろうとは・・・