正常位コレクトネス
夜、ベッドにて。
女が小麦色の裸体をさらし、天井を見ながら隣の男に話し掛けた。
「私さー、前々から思ってたことがあるんだけど」
「ん、何だ?」
男が上半身を起こし、ベッドに肘を突いて女の方を見る。
女はあくまで、日常的なアフタートークの感覚で口にした。
「私ね、正常位って言葉、ちょっとおかしいと思うわけよ」
「……それは、えーと……どういう?」
女の真意を測りかねる男に、女は身を起こして言い立てた。
「女が仰向けになって、そこに男が被さることが『正常』なんて誰が決めたわけ? 私は騎乗位とか好きだし、さっきもやってたけど、それって正常じゃないとか言う?」
「おおぅ、ポリコレの影響がこんなところにも」
男の呟きに女が反応した。
「ポリ何て? ファッションショー?」
「パリコレじゃなくてポリコレな。『ポリティカル・コレクトネス』って言って、人種や性別や宗教に配慮した中立的な言葉や態度にすることだ。黒人を『アフリカ系アメリカ人』と言ったり、スチュワーデスを『キャビンアテンダント』と言ったりすることだな」
「へえー」
「アメリカはこれが凄くて、クリスマスに『Merry Christmas』と言ったらいけないらしい」
「え、何で?」
「キリスト教以外の人に配慮してるんだと」
男の説明に、女が怪訝な顔をする。
「それって、やりすぎだよね」
「でも時代の流れとしては、ある程度仕方ないのかもな。だからお前さんの言う通り、『正常位』もポリコレに引っ掛かる可能性あるぞ。今のうちに別の名称を考えるのもアリかもしれん」
こうして二人は考え始めた。まず女が口を開く。
「正常位の態勢を言い換えるとしたら、何かなー。仰臥位? それだと女の方だけになっちゃうね。『仰伏臥位』とか」
男はそれを冷静に却下した。
「『伏』の字を入れたところで、言葉の指す対象が1人であることは変わらない。それだと、ある人が仰向けとうつ伏せを交互に繰り返して転がっていることになっちまう」
女が口を尖らせる。
「むぅー。そんなら他に何かいいのある?」
「何かに例えるのはどうだ?『ハンバーガー・肉とピクルス抜き体位』。略して『ハン臥位』とか」
これには女が首を横に振った。
「意味わからんし。男女を上下のパンに例えたんだろうけど、遠すぎるわ」
男がもそもそと、女の小麦肌を触り始めた。
「なんか体位の話したらムラムラしてきた。二回戦始めるか」
「ほいほい、じゃあその後でまた考えよ」
第2体操を終えた二人は、何となく腹が減ってきた。
お互いパンツ一丁で台所へ行き、向かい合って蕎麦をすする。女が話を再開した。
「何かに例えるっていう方向性は良いと思う。どんな例えにするかが問題だよね」
女の提言に、男がアイディアを出していく。
「槍に例えて、『刺突位』とかどうだ?」
「なんか物騒だわ」
苦笑いする女。
「武器はやめた方がいいか。なら、69みたいに態勢を表す言葉で、『L字位』は?」
「でもそれだと、後背位との区別がつかないんじゃない?」
う~んと男が腕組みをした。
「正常位は相手の表情が良く見えるから、『見つめあ位』とかどうだ? 『見つめ愛』にもなって文学的だろ」
「良いとは思うけど、見つめ合うことに注目するなら体面座位には敵わないんじゃない?」
男としてはひねりを利かせたつもりだが、的確な指摘を受けて止むなく取り下げた。
いよいよ手詰まりの感が濃厚になってきたとき、女が言った。
「そういえば、この前『首ポンピング』っていうストレッチの本を買ったんだけど」
「何だそりゃ?」
「こう、寝た状態で首を上下に揺するのが体に良いんだって。で、その動きがどうしても正常位の時の動きと被るのね」
女が居間に寝そべり、両膝を立てて交差。上に重ねた足をブラブラ動かす。
体全体が上下に揺れて、確かに議題の体位と動きが似ていた。
「それで、つまりどういうこと?」男が尋ねた。
「女から見た場合だけど、正常位って首をポンプするから健康に良いわけ。だから『ポンピン・ヘルスタイル』とかどう? 略して『ポンスタ』」
「ポンスタか……」
男が口の中でその言葉を転がし吟味する。
カタカナ語にしたことで言葉の意味があやふやになり、可愛い響きすらある。
「ポンスタしようぜ」「ポンスタ好き?」など、気軽な日常会話として楽しめそうだ。
「ポンスタ、良いんじゃないか。じゃあ早速ポンスタやってみるか!」
「オッケー、ポンスタしよ!」
そして2人は、このあと滅茶苦茶ポンスタした。
(おしまい)