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『胡蝶の  』

作者: TSUBAKI@m5

あり得るかもしれない。

あり得たかもしれない。


そんな燻りを抱えて今日も生きていく。


ぽつん


気が付いたら私は一人で立っていた。


オフィス勤務にしては幼すぎる服装にお気に入りの斜め掛けバック。

目の前には地元の駅のホームがある。

いつも人気のないはずの場所はあり得ないほどの人ごみだ。


「明日は一緒の電車で出勤しよう。」


そういった彼の言葉が思い浮かぶ。

曖昧な記憶の中で、このホームを背景にした彼の後姿を思い出す。

「今日は一緒の電車に乗らない方がいい。」


なぜか置いて行かれてしまった。

鞄の肩ひもを両手で握りしめる。

やんわりとした提案は彼がなにか考えた結果なのだろうか。

それとも私がなにかしてしまったのか。

恐怖と不安と心配が、私の心に滲み出す。


今すぐ彼を追いかけなければ。

横に長いホームの、行先だけでも定められないかとつま先を、首を必死に伸ばしてあたりを見回す。

滲んだ気持ちが取り残した、僅かな理性も巻き込んで、私は人込みを駆きわけた。


大量の人間が私の視界を遮る。

彼らの話し声が反響し繰り返して、大きな波のように耳を覆う。

彼らの臭いが混ざり合って、私の鼻を塞ぐ。

まるで通信環境の悪いゲームのように滑らかにブレる周りの景色。

泥沼の中を泳いでいるかのように全く進まない事に、焦りといら立ちが募る。

蠢く人の波の中で伸ばした手はどこにも届かず、理性を失った真っ白な頭に(焦りと苛立ち)が補充された。


瞳が曇り、何を求めていたのか何を探していたのか思い出せなくなる。

トラウマという支配者が荒れた心をまとめ上げ、荒廃させる。

荒れて乾いた心が何かを欲する。

それがいったい何なのかわからないまま、渇きを潤す何かを探す。


探して、探して、探して、


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


気が付くとうつぶせで寝ていた。

上半身の肌寒さが布団が足にしかかかっていない事を教えてくれる。

肌寒さをそのままに、右手を伸ばしてコードともども無造作に携帯を引っ張る。

起動ボタンを押しながら画面に表示された時間を見る。


【7:21】


やば…

今日は月曜日、家を出る時間は20分後。

準備するには余裕で間に合うが、朝ご飯を食べる派からするとアウトだ。

食べられるほど時間がない。

体を起こして隣を見れば、奴は今日は休みだといわんばかりに布団に浸ったまま携帯をいじっている。

だが後五分もしないうちに仕事バージョンのダウンロードが終わり、飛び起きて、とっとと支度を済ませるだろう。


温い布団から足を引きずり出し、洗面所に移動して、髪を梳く。

鏡に映る自分は仕事に行く前に誰もがするはずの、『眠たい、休みたい。』という顔をしている。

が、夢の支配から逃れられなかった理性の一部が燻り、脳内でトラウマを再現し続け、心は不安に埋もれている。



熱々で甘い、ミルクティーを飲みながら、

「明日は一緒に出勤しよう。」


昨日そういった、彼の言葉が思い浮かぶ。


頭のどこかでそんなことはありえない。と思う。

駅はそんなに混んでいない、音はあんなに反響しない、彼を見失ったりしない。

分かっていても、恐怖(トラウマ)は牙をむいてにやにやしながらどこまでも後をついてくる。


仕方がない。

怯える心を慰めるようにゆっくりと温かい溜息をつく。


例え怖くても、こいつとはうまくやらなくてはいけない。

同じように怯える誰かを、いつか守れるようになる為に。

それは今握っているこの大きな冷たい手かもしれないし、他の誰かの手かもしれない。

そう思えば、恐怖(トラウマ)は少しだけ距離を置いてくれる。


「まぁいい。ゆっくりと、お前を蝕ばもう」


とでもいうように。


置いて行かれる

独りぼっち

拒絶


それが恐ろしいのは当人に問題があるのだろうか


幼いころのトラウマは例え些細なものでも

彼らにとっては関係ない


目の前に幸せがあったとしても、

暗闇から、

隙間から、

いつも彼らがこちらを見ている

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