プロローグ『私と僕』
1月4日
細かい部分を修正しました、あんまり変わってないから無理して読まなくていいよ。
明日には『獣』も修正及び加筆後次話投稿したいと思います。
ポツ…ポツ
小雨でも降っていたのか、外から天井を蔦って流れてくる水が地面の堅い岩盤へ落る音と飛び散った水滴で、私は目を覚ました。
ここはいったい何処だろう……知らない天井とでも言いたいが、生憎視界が無い。
霞がかっていた記憶を私は無理やりに思い起こす。
自らが 【魔王】 と呼ばれる存在であると
【勇者】と呼ばれる存在、人類の希望に敗れ、その剣先が私に届くその刹那、自らの“脳”と“心臓”を転移し、そして魔力が溜まるまで存在を察知されぬ様封印を貼ったのだ。
下級魔導《魔力吸収》によって私に近づく虫、鼠、野生の小動物から魔力を得
そして今、私“脳”には当分生命活動と魔法行使には充分な魔力を貯蔵している。
まずは肉体を獲なければ……人類に気付かれる事なく力を溜め“心臓”を見つける、私は必ず復活する、復活しなければならない。
【勇者】を名乗り、私を追い詰めた【異世界】から渡ってきたという少年………
光と秩序、四大属性を司る神々の寵愛と加護を受けたあの若造はまだこの世界にいるだろうか……
私は中級下位魔法である《人物探知》の魔法を使う、消費する魔力は魔族の頂たる私にとっては微々たるものだが……現状では僅かばかりも無駄にはできない。
私にしか見えない不可視の魔力を帯びた光が閃光の様に飛び散った、それらは周囲のあらゆる物体をすり抜け拡散する、林を抜け森を通り山を越え海を渡っていく。
この光が対象とする人物を発見すれば、海辺の広がった潮が下がっていくように私の所に戻って行き、対象の居場所を教えてくれる仕組みだ、【吸血鬼】が蝙蝠の生態をから発想、開発した使い勝手の良い魔法だ。
どうやらかの【勇者】は“中央大陸”の北部一面から南西部までを国土とする【聖王国】の王都にいるようだ、そしてそこから逆算して自らの現在地を特定した。
“東大陸”より南方に位置する大小含めて十数近くの島々で構成される【塩ノ国】、その中でも馬や豚などの家畜の産地として名高い“玉城”と呼ばれる島の洞穴に私はいるようだ。
好都合だ……“中央大陸”での大戦で被害を受けず、影響も比較的少なかった“東大陸”の更に先の僻地では、他の地域に比べれば魔の者に対する知識や危機感が薄い
再帰を計るには格好の餌場である。
私は下級魔導《女郎蜘蛛の糸人形》を行使する
魔力を練って生み出された糸は私の意のままにうねりながら外へと延びて行く……その先端は目の役割も果たし、私に外界の情報を与えてくれる。
真っ暗で冷たい風が吹く、木々の間から漏れる月の光で、今が夜中であると察する、《人物探知》では膨大な情報量が一度に来るため見落としていたが…ここはどうやら人里近くの岳のようだ。
降りてしばらく進むと広大な畑が見える
家畜の飼料として使われている笹、間に木杭と麻縄でできた柵を挟み先に濾す事で砂糖になる黍、厚めの木版でできた柵を越えた…人里から最も近い場所では芋、人参や大根等が栽培されている。
野生の動物が侵入しても、人里近くになるほど村人による見回りが増え柵もあるため、動物達は基本的に余分に耕された放っておいても勝手に増える笹畑を食い荒らして満足する、糞が肥しになり大地に栄養を蓄え、その動物を狩り食料を蓄えていくのだ。
【塩ノ国】の農村を見て回ればどこも同じ様な造りになっているだろう。
考えられた造りだ、国土の広さでは小国にもかかわらず、普通の小国の倍程の人口を保ち、“大陸間貿易”が可能な【弩級船】を軍艦含めて5隻も保有している海洋国家なだけある。
見張りをしている男たちを潜り抜け、獲物を探す蛇の様に村を徘徊する。
活動中の者には暴れられ、抵抗される可能性がある、狙うなら眠っている……万全を期すならば精神の未熟な子ども辺りが妥当か。
《女郎蜘蛛の糸人形》は索敵、偵察にも重宝するがそれ等はあくまで副次的なもの、魔力を帯びた糸は接触した生物の精神を侵し 肉体を支配し操るもの、強い精神を持つものには一定確率で抵抗され
無効になってしまうが…
他に比べて立派な屋敷を見つける、絹布の寝床に包まった幼くも雄々しさが感じられる少年……収穫や家畜の世話、砂糖の精製や街での荷車の荷卸等の仕事でついた日焼けた肌と筋が、不釣り合いに幼い身体を覆っている。
狙ってくれと言わんばかりでないか。
糸が彼の耳に入りこみ、鼓膜を突き通るとくぐもった声と共に身を捩らせ抵抗しようとする、起きていたなら悲鳴でも挙げられ周りに気付かれていたかもしれない。
耳小骨から頭蓋骨に指し込み、定着させる……別に身体に直に触れていれば部位に関わらず操れるのだが
私はなるべく体内まで侵入させている、特に意味はない。
月光を遮るほどの積雲が満月を覆う頃を見計らう、少年は演師がみせるあやつり人形の様な(事実操られているのだが)大振りで軽やかな動きで立ち上がれば、虫除けの札が貼られた蚊帳を抜け猫科の獣のように飛び出せば村や畑を見回る数人の大人たちの死角を縫うように駈け抜ける……向かう先は村から少し先にある【雨乞いの岳】
数百年前、干ばつにより深刻な水不足に陥っていた【塩ノ国】、その時【藍姫】と呼ばれる美姫が、“水神”を祀るこの岳で自ら雨乞いの儀の贄として身投げした事を神々が哀み、その涙が地に落ち 国中で湧き水が吹出したという逸話があり、それからこの岳は神聖な土地として王家が管理しており、祭事以外で出入りすることを禁じられている
もっとも、家柄の事情で少年は祭事の日には【地頭代】と呼ばれる村を束ねる氏族の屋敷に従事しているため、自我がない状態をカウントするのならば、たった今初めて足を踏み入れたと言えるだろう。
どうやらこの洞穴は人が出入りするには手狭なようで、膝が地に着くように這わせてやっと少年を私の眼前まで連れて来れた。
中級魔導《融合》
【大戦】前 【魔獣】の強化や野生動物の【魔化】等の研究で生み出された副産物
この新たな魔導によって創られた【合成魔獣】達は、【ドラゴン】と並び人類を絶望させたものだ。
複数の生命体の肉体、またはその部位を結合、同化させる
魔力消費量に比べて極めて強力で使い勝手の良い、私のお気に入りの魔法だ。
戦場で人類側の兵士達をメインに、彼らが倒した魔人や魔物、アンデッドを素材として《融合》を放った時のおびただしい悲鳴の数々は、まるで鈴虫が奏でる四重奏の様で実に心地よかった。
流石に人類側も対策を講じて、暫くして戦場の兵士達には【魔化】を防ぐ“首飾り”が備えられ、その後私自らが使う事は殆どなくなったのだが………
《融合》私を主体として、少年の“脳”と融合する。
自身を素体にするのは初めての事、ましてや五体満足とはいかない状態での《融合》で 私の記憶や自我、能力が潰える可能性は否定できない。
「私」が淡い光に包まれる、光は風に飛ばされた蛍の様に霧散すれば 自我を失い自らの意思では動けぬはずの少年が、自身に起こる異変に本能的に暴れだす_______
9歳の誕生月、同じ誕生月の子どもらが集まった祝祭で出された馬肉の煮込み……例え祭事であっても中々出ない、貴重な足であり、労働力である馬を潰して別けあった……翌年度には次の誕生月の子ども達が馬肉にありつく、そういう決まりだった。
まだ11歳の僕が食べさせてもらえたのはそれっきりで、豚肉とは違った歯応えと味わいに思わず泣いてしまった。
それからは読み書きだけでなく、算術も習う事になった 【夫地頭】の息子だから、大人になったら【地頭代】のとこのダヤ兄のお仕事を手伝うんだと、村を支える大事なお仕事なんだと父から言われたからだ。
僕はそれから身体を鍛えた、ダヤ兄は喘息を患っていて、病弱とは言わないまでも、頼り甲斐のあるとは言いづらい、平均的な肉つきだ。
ただの平民ならば問題にならないが、村を纏める氏族の跡継ぎでは問題とまではいかないが… 些か不安になる、村を護る、戦になる際に皆を率いる役目があるのだ。
『ダヤ兄ができない分、僕が強くなるんだ』
伸びて邪魔になってきた僕の髪を器用に切り揃えてるダヤ兄に、僕は伝えた
ダヤ兄は他家の産まれの僕を……実の兄弟同様に接して、可愛がってくれた。
だから僕がダヤ兄のお役に立って、恩を返すんだって… するとダヤ兄は、“髪切り櫛”を桶に置くと、後ろから力強く抱きしめてきた。
その時のダヤ兄は温かくて、心なしか顔も赤くなっていた。
10歳の誕生月を過ぎた頃、ダヤ兄からの紹介で舞踊の名家の娘に会った。
代々踊り子の家系らしく、家は長男坊とその妻の夫婦が継ぐため、嫁入り先を探している所に長男坊と親交のあったダヤ兄が、僕の事を話したらしい。
フサチというその娘は、僕より一つ上で、僕には勿体ないくらい可愛らしくて、役職持ちとはいえ地位は平民の家なんかじゃなくても、もっと良い家柄に嫁入りできるだろうに…
ダヤ兄の親友でフサチのお兄さんであるフマユは、僕と同じ誕生月のため、毎年行われる祝祭で顔を合わせている。
彼からの口添えもあったらしく、【地頭代】から来た縁談に喜ぶ両親の手前無碍にもできず、流れる様にフサチとの縁談が決まった。
とはいえ僕等はまだ子ども、婚姻などは元服し【欹髻】を縫ってからとなった。
ダヤ兄の末弟で、【地頭代】の三男、僕の一つ下ダヨが狩りで仕留めたという肥えた長蛇を、日雇いの仕事で貯めた金で買い取った。
ダヨは豚の皮や芋の方が好物らしく、翌日にはその金で祝祭で潰す豚の皮だけを譲ってもらうよう、幹事である父とダヤ兄に頼み込んでたらしい。
【塩ノ国】では、女は【針突】という魔除けの入墨を手に彫る習わしがある。
通常危険なため舟を出さない夜間でしか釣れない“烏賊”という魚の墨と紅樹林の樹液を使うため些か高額で、この【針突】の多さが女性のある種のステータスにもなっているらしく、フサチの始めての墨入れに向けて、我が家で御馳走を振る舞う事にした。
蛇の毒を十数種の薬草で中和し、それらを漬けた“蛇酒”を扇いだフマユが、宴の席で剣舞を舞う。
漢らしくも優雅な舞だった、やはり酔ってるのか所々素人目からみてもたどたどしい部分があり、ヒヤヒヤさせられたものだが……
酔い潰れた両親とフサチの父兄を介抱した後、二人っきりになった。
ちょっと照れくさかったけど、僕は懐からソレを取り出してフサチに差し出す、厚い“知華織”の腕輪だ、ダヤ兄から教わった都で流行りの二組の腕輪、なんでも中央大陸の貴族の間では婚姻を結ぶ際、お揃いの指輪を相手の指にはめ合うらしく、それに倣ったものだ。
庶民でも買える様、布地の腕輪になってたり少し変わってはいるが、遠い異国の風習に何かしらの情緒を感じたのか、若者の間に爆発的に広まったのだ。
稼いだ金をありったけ積んで一番上等な物を選んだ、どうやらフサチも腕輪の事は知ってるようで、互いに言われぬままに相手の腕をとってはめ合った。
11歳になり、村の日雇い以外の仕事にも参加するようになると【地頭代】であるダヤ兄のお父さんから、直接仕事の誘いを受けた。
なんでも、家畜の繁殖を増やすため村の牧場一帯を、整地して広げるそうだ。
起伏の激しい場所を土を掘って平らにし、周りを頑丈な柵で覆う。
柵の近くには警報のための“鈴縄”や“踏み槍台”“足切鋏”等の罠を設置し害獣や盗人への対策をし、雨風を凌げる馬舎、豚小屋を建てる。
家畜の増産に向けて餌である笹畑も拡大しなければならない、とはいっても村外部周辺を耕して、“麒麟笹”と呼ばれる若緑色の草の根を切り、適当に埋めておけばあとは勝手に増えていくのだが。
兎に角仕事が沢山あって、人手がいるのだ。
恐らく家畜の増産に踏み切ったのは近年続いている豊作が原因だろう、各地の農村は収穫した作物の余剰分を、街まで運んで売って資金源としている。
豊作になれば売れる作物の量も増えるが、それ以上に値崩れによって身入りは確実に減る、下手をすれば買い取ってもらえないことすらあった。
その年は質の悪かったり日が経ち劣化した物はなるべく家畜の餌に混ぜることでなんとかしたが、減った収入を元に戻すには家畜を売らねばならない、それでこの大規模な改築工事を行う事にしたのだろう。
それからは朝から日が暮れるまで働いた、仕事の合間に文字が読めないという現場の若者達に地面に文字を彫って読み書きを教え、休みをもらえばその日は日雇いの仕事を探した。
そうして日々を過ごし夏を向かえ雨季を過ぎれば、吸血虫の羽音が五月蠅い地獄の数週間が幕を開けた。
蒸し暑い真夏の炎天下では、日射しに当たるだけでも体力と水分を奪い疲労、脱水症状を引き起こす…
当然日中での外作業は自粛となり仕事のペースも落ちていく、何より仕事中にも群がってくる数多の虫共が鬱陶しい。
一刻も早く、自宅の虫除けの札の貼られた蚊帳に逃げ込んでしまいたい、蚊帳を持たない普通の庶民の家庭でさえ、この季節は暑苦しさに目を瞑って一つの部屋に集まり木戸をすべて閉めきり、虫が入れば煙を炊いて追い出して生活するらしい。
それに比べれば天国だと自分に言い聞かせ、帰って早々蚊帳に潜り込めば、丁度良く小雨が降り始めた。
これは今年は少しばかり長引くなと軽い絶望感を味わいながら、今宵ばかりは雨風に受けて寝てしまうのも悪くはないと使い古した絹衣に包まって、瞼を閉じた。
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流れ込む記憶が走馬燈のようにフラッシュバックする。
頭を内部から叩くような痛み、人とは違う魔族の邪悪な魔力が視神経を焼きながら身体中に巡っていくと、なくしたはずの視界を感じ、薄暗い洞内に篭もった腐敗臭を感じた、どうやら鼠の死骸でも近くにあるらしい。
指や足裏の感覚が感じられると、『私』「僕」は「私」から『僕』になった。
最早『僕』と「私」を区別する必要はないのだろう、ただ「僕」が『僕』に対して訴えかけている、それを許したら「僕」である存在意義が、人間性とでも云うべきモノを失ってしまうと、それだけは許せなかったから思考の中では無理矢理にでも『僕』と「私」は別ける事にした。
【帝国】帝都 国営図書館
東暦9545年
【魔王】
闇と混沌、邪悪を司る神々によって生み出された、或いは選ばれ力を授かった魔族の長。
人類が過度に発展し、環境や生態系が破壊されるようになると出現し、文明を崩壊させるため、自浄作用として神々が遣わしていると悪魔学では論ざれている。
しかし実際の所何を目的としているのかは不明で、記録上最古の魔王【アンドラス】は自らの存在を隠して人々を操り争わせ、最盛期は60億人以上いたとされる亜人を含めた人類は、推定でおよそ5000万人にまで減ったと言われている。
また魔王は他の魔族にはない特殊な技能を持ち合わせており、魔王【ムルムル】は新しく魔族を【創造】する事ができた、この時代に新たに魔獣…獣の姿形をした魔族が現れるようになり、魔の存在を総称する魔族という呼び名もこの時にできたとされている。
712年前に存在が確認された魔王【セーレ】は、子どもを生贄に求める代わりに人々から病を取り除き、醜顔な者の顔を取り替え、食物や雨を降らせていた、この事から全ての魔王が人類に対して敵対的ではないとする学者もいるが、子どもを生贄にする事で恩恵を受けていた当時の西大陸人類は、その殆どが成人を迎える事がなく年々その人口を縮小させており、結果として西大陸の文明は崩壊に至った、また魔王【セーレ】は勇者らによって討伐された等という記録がなく、未だ西大陸の何処かで生存しているのではと推測されている。
55年前、中央大陸に出現した魔王【バラム】は、魔導という魔族のみが使える特殊な魔法を生み出し扱っており、魔王軍として大陸中の魔族を束ねると一夜にして複数の小国を占領し、それらを拠点に各国を蹂躪した、しかし23人の勇者を抱える聖王国は、魔王軍が攻めていた各地の都市に勇者を派遣し、その際勇者【ユウキ】が魔王との一騎討ちにてこれを討伐、魔王軍を滅ぼした
これにより中央大陸から魔族は滅び、人類側も少なくない被害が出たものの結果として中央大陸は平穏を取り戻し、魔王出現以前よりも栄えた
然し魔王【バラム】が開発した数多の魔導の内幾つかは東西各地の魔族達にも広まり、彼らの脅威度は上がっている……………
1話の平均字数ってどれくらいなんでしょうかね、長いのか短いのか……