話し合う
「はい到着。」
「ここは…?」
二人がつれてこられたのはこじんまりとした部屋だった。壁には細長い木の棒がところ狭しと並べ立てられ、足元はすのこと畳だ。畳の上に靴を履いて立っていることに気づいて、陽菜は慌てて目についた扉の前に下りて靴を脱ごうとしたが朱々音から止められる。首をかしげながらもそのままはきなおしてもう一度ぐるりと辺りを見渡した。
「気になる?ここは弓道部の部室なんよ。」
「弓道部!?ここの学校に部活動なんてあったんですね…。」
「ふふ、知らんかったやろ?面倒やさかい気づいた子が入ればええって事になっとるからなぁ。」
『ずさん…。』
苦笑いで応える後輩を尻目に、朱々音は立て掛けてある細長い棒―弓道部ということは弓だったのか―を一撫でして向き直る。
すると今度は畳の上にちゃぶ台と座布団が表れた。
「今日は使わへんのやけど、ここは一応ウチの管理下やから基本的にはここでミーティングをするんよ。あとで行き方を教えるさかい忘れんでな?」
「はい!…と、いうことは朱々音先輩の武器って…」
「ああ、そやで。ウチの相棒はこの弓や。かわええやろ?」
「かわ…そ、そうですね…?」
「もっとよく見せてあげたいんやけど、そろそろ戦闘班の方も来るはずやから移動せなあかんな。」
「わかりました。戦闘班の方はどこに…?」
「寮の3階談話室にいるはずやね。この時間はみんな授業中やし、縹せんせ曰く一見内緒話しにくいところに見えても防音の札なんかを使えば逆に周りに馴染めるそうや。」
『それじゃあ、寮にいくんですね。』
「うん。ここから歩いていける距離やから…散歩がてらあるいてこか。」
朱々音が鍵を閉め終わるのを待って三人で歩きだす。目的の寮はすぐそこに見えていた。
「あら、先方はもうついとったみたいやね。道草しすぎてしもたみたい?」
「あっ、純白!…と陽菜と弓槻先輩!こっちです!」
談話室室には既に戦闘班がいた。妹と同じ長い尻尾を揺らして手を振るのは猫又の黒夜だ。どうやら黒夜の班が今回の演習のペア班らしい。
朱々音の後ろからぴょこりと琥珀の瞳が覗いてチリリと音がした。
『お兄ちゃん…恥ずかしいから大声で呼ばないで』
「悪い悪い。つい癖っつーかなんつーか…。」
「おい黒夜!お前この人たち知ってるのかよ?いつの間にこんな美人たちと知り合ったんだ?」
「そーだぜ!俺たちにも紹介しろよな。」
「いやこいつは妹なんだけど…。」
「はいはい。元気なのはええけど、遊びやないんやで?さっさと本題に入りたいし席について。自己紹介から始めよか?」
「す、すいません…。」
朱々音に促されて各々が席につく。当然のように純白の前に黒夜が座り、あっけにとられていた陽菜も遅れて純白の隣にすわった。
全員が着席したのを見計らって朱々音がプリントを配る。校長の印がおしてあるから学校側からの説明だろう。
「全員もらった?それじゃ自己紹介やけど端的に頼むわ。
ウチは2年次の弓槻朱々音。この子達の班長で、まあ見ての通り妖弧やね。よろしゅうな。」
『1年次 旅叉純白 よろしくお願いします』
「1年次、桜庭陽菜です。あの、実技は苦手なんですけど、よろしくお願いします!」
えー…ゴホン!、と女性陣を眺めていたチームメイトをジト目でみつつ、次は黒夜が口を開く。
「えっと、旅叉黒夜です。純白は妹なのでお前ら手を出さないようにな!!
そんでこっちから順番に蛞蝓男の茂木一郎、キノコ男の毒島慎二、蟹男の緒方三蔵です。」
「「「よろしくお願いします!」」」
「なんというか、ちょっと個性的だなぁ…。」
「うん、まあ、よくできました。ところで、そっちの班長さんが見当たらんようやけど?」
「いや、その…ボイコットというか…勝手にやってろと言って消えちまって…。」
「…そ。そんなら先に始めよか。プリントの二行目を見てな。」
「あらら?」
寮の1階購買から出た葵が見つけたのは、裏庭のベンチで寝そべる灰ヶ崎だった。相変わらずレイピアは腰に吊るされたままだ。
「面白いもの見つけちゃったかも。…起きたら膝枕とか、ビックリするかしら!」
ふんふふーんと鼻唄を歌いながら灰ヶ崎の顔を覗きこんでニタリと笑う。長い前髪が目にかかっているのを避けてから静かに端に座り込んで自分と灰ヶ崎のレイピアを外すとそっと頭を膝にのせた。
「…おい、何をしようとしてる。」
「きゃっ!…起きちゃったの?おはよう。」
「何をしようとしてるのか聞いてるんだ。答えろ。」
「ええー…。」
「答えろ!」
「…学校の購買じゃ売ってないのがあったからこっちに買いに来たんだけど、誰かさんが気持ち良さそうにすやすや眠ってたから膝枕してあげようと思っただけよ。」
どんどん眉間にシワがよっていく灰ヶ崎を気にもとめずにほほを膨らませる。今からでもいいわよ?と膝を軽く叩くとものすごい勢いで舌打ちをされる。
善意の行動なのになぁとむくれる葵をよそに、灰ヶ崎はため息をつきながら起き上がった。
「あ、ねぇそういえば深夜くんはどうしてここにいるの?」
「…お前に下の名前を教えた記憶はないが。」
「そんなの名簿でいくらでも確認できるわ。で、なんで?」
「別になんだっていいだろう。お前だってサボりの癖に。」
「サボりじゃないし、私は特別なのよ。それに貴方の班今ミーティングよね?朱々音が言ってたわ。」
名前を知られていた事には驚いたが本来のスケジュールを知られていたことにも―ついでにいうと頭をさわられるまで気づかないほどの気配の遮断力にも―驚いた。
もう一度舌打ちをして顔を背けると、背後でふふふ、と笑う声がした。
「…アンタには関係ない。」
「ちゃんとミーティングにはでないと、演習の作戦とか注意事項とかわからなくなって…。」
「だからどうした。俺はあんなやつらとつるむ気はない。演習くらい俺は一人で切り抜けられる。」
心底嫌だと嫌悪感を顕にした灰ヶ崎を値踏みするようにみやる。ふーん…と意味深に呟けば、何がおかしい?と睨み付けられる。別におかしくはないのだけれど…と前置きしてからにっこりと笑った。
「けれどアンタ、きっと明日後悔するんじゃないかしら。
まあ気まぐれなお姉さんの忠告よ。聞き流してくれて結構。」
「言われなくてもアンタの言葉なんか明日には忘れてるさ。」
「あら、今日の内は覚えていてくれるのね?嬉しいわ。」
うふふ、と綺麗に微笑むものだから辟易して立ち上がる。知らぬ間に腰からはずされていたレイピアを着け直して背を向けた。
「もういっちゃうの?」
「お前はなんなんだいったい…。」
「…ただのおねーさんよ。」
「そうかよ。アンタみたいな姉をもったおぼえはないけどな。…そもそも家族なんてものの記憶すらない。」
その言葉に一瞬傷ついたように顔を歪め、とっさに口を開きかけたが言葉がでない。やっと絞り出した言葉は既にすたすたと歩く背中に向けてこぼれた、そう…という二文字だけだった。




