今日から悪魔(ルシファー)第五章
よろしくお願いします
白河の家はやけに広かった。
本当にここが白河の家なのか疑問に思えてくる。
「ここはラグナロクの北関東支部よ」
支部ということは本部もあるということなのだろう。
まあそんなことはどうでもいい。重要なのはお嬢様でもなければ本当にそういう組織の団員なのだろうと判断できるほどの豪邸だということ。
「お前の親は? ここに住んでんのか?」
「親ね……そう呼べる存在が私にあったのか私自身解らないわ」
よく解らない返答だけ残して白河は黙り込んだので鴇矢は何かを喋らないといけない気になり…………ふと辺りの光景が気になった。
「あれ明るいな、もう朝になってたのか。じゃあ学校行かないとやべえじゃねえか」
昨日は木曜日だった。なら今日は金曜日ということになる。
「大丈夫よ今日は日曜日だから学校も休み」
「ちょっと待て俺が死んでから今までどれだけの時間が」
「三日よ」
何の気もなしに言う。三日だと。
鴇矢は眉根を寄せる。
「その間学校とか家とかどうしたんだよ」
「その程度の魔術はなんの問題はないわ。あなたは普通に授業を受けて普通に家で寝て起きてを繰り返して土曜日から友達の家に泊まりに行っていることになっているわ」
「そんなこともできるのか」
「ええ、簡単なものよ。空間内の知覚を操れば。それより準備はいいかしら」
良くないと言ってもすでに行動を起こそうとしているのに何を訊いてくるのかと。
直後だった。
白河を中心に例の靄のようなものが放出されていき家全体を覆う規模になり、あの時の光景と同じとなった。
あの惨劇まみれの劇場の完成だ。
「相変わらず凄いな。これも魔術って奴か」
「ええ、もっとも別の称号者とかじゃあ異空間じゃなく位相をずらしたり認識を変化させたり違う手段を取る程度のことしかできないけどね」
「位相をずらす? これとは違うのか」
「ええ。これは空間を司るレヴィアタンの転生者だからできる芸当ね。この空間内でならモノをいくら壊しても現実の空間には影響が生まれないわ」
「そういえば俺のルシファーは因果を司るって言ってたっけ。普通の魔術以外に個々に持ってるような、お前みたいな芸当ができるのか」
「…………できるはずよ。理論上は」
「どんなこと?」
「簡単にいえば結果と原因の原因の部分を魔力で補うことができるってとこかしら」
「よく解らん」
「大昔に一度だけルシファーの転生者になった人の記録じゃそうなってるの。例えば手に空き缶を持つという結果を生む場合、空き缶がありそれを手に持つ動作が必要でしょう? その動作の部分をつまり原因を魔力で補完し行ったことにすることができるってこと」
「ちょっと待て。それじゃあ魔力さえあれば星を壊すことだってできるってことか?」
「理論上可能よ。ただし膨大な魔力を集めてそれを原因に変換する作業が必要だけどね。なんとなく解らないの? 変換の仕方。因果を操るのに必要なのは明確なイメージよ。原因と結果の両方のね」
「ちっとも解らん。そんなことができるとも思えん」
「まずはその常識を変えるとこから始めるべきね。ただそれをするには魔力の基本的な使い方吸収の仕方を学ぶ必要があるわ」
「勉強か……」
「してもらう必要があるわ。ルシファーの転生者であるあなたには死んでもらうわけにはいかない。ラグナロクにとってルシファーという存在は絶対的な戦力だしユグドラシルの連中もルシファーの存在に気づけばあんたを必ず殺しにくるでしょうし。あんただって死にたくないでしょう」
「戦うこと前提か」
「戦う気があろうと無かろうと身元がばれれば命を狙われるわ。実際気づかれるのは時間の問題でしょうね。だからそれまでに能力の使い方を意地でも身につける必要があるの」
あの白マントみたいな連中が四六時中自分の命を狙ってくるということ。
冗談ではない。あんな得体のしれない力を持った連中に身ばれすれば確実に死ぬ。
もはや決定事項だ。
ラグナロクとやらの組織の総意は知らないが身を守る術として魔術とやらくらいは身につけておく必要があるのは確かだ。
それに、個人的にもそんな力は使ってみたいという気持ちもある。
「じゃあお願いするよ」
「覚悟は決まったのね。ならまず魔力の吸収から教えるわ。大悪魔の転生者になればなるほど魔力の吸収量も跳ね上がるのだけど……魔力が大気中にあるってことは話したわよね」
言われたような言われていないような感じだったので鴇矢は首を傾げた。
「空気中には魔力、正確には魔力元素があるの」
「元素記号ですかそれ」
「まあそんなもんね。普通の人間には観測できないから元素記号には記載されないでしょうけど」
「なるほど」
「呼吸するだけでの簡単な肉体強化や魔術は行えるわ。ルシファーのあんたなら尚更ね。ただし強大な魔術。それこそこの異空間を作り出すような固有能力を使用するには大量の魔力が必要になるわ。だけど人間が一度に吸収できる酸素量には限界があるわ。だから魔力元素だけを引き抜いて吸収するの」
「そういえば……」
感覚だから説明しにくい。
だがしかし意識すればその魔力元素的なものだけを吸収することができる。
なぜできるのかは解らないができてしまうのだから仕方ない。
魔力元素。
それを吸収するたびに体中がぞくぞくする感覚に襲われた。
これには多分慣れが必要なのだろう。
「できた……みたいね」
「理屈は解らんがなんとなく解った。ってよく俺ができたって解ったな」
「空間内の魔力が減ったのを感知したからね」
「空間を司る悪魔だから空間の感知能力が高い的な感じか」
「まあね。並みの称号者じゃそこまで正確に感知できないから」
「教育係にピッタリな悪魔だなお前」
「悪いけど悪魔じゃないわ。あくまで悪魔の力を行使できる悪魔の人間よ私は」
何度『あくま』と言ったか数えるのを忘れていた。
それにそれだとやっぱり悪魔なんじゃないかという疑念が残る。
まあ要するに白河はあくまでレヴィアタンの力を使える人間ということだろう。
「ってことは銃弾とかで普通に撃たれて死んだりすんのか」
「魔力や法力を常に酸素から吸収してるは者は天使も悪魔も通常の人間の何十倍も生物として頑丈なの。銃弾で撃たれれば血を流すでしょうけど死に繋がることはないわ。仮に頭に受けてもね」
「ふーん、つまり俺も頑丈になったってことか」
「そういうことよ」
「そういや」
「何?」
「ルシファーは因果、レヴィアタンは空間なら、他の大悪魔はどんな固有能力を持ってるんだ?」
特に意味はない質問。ただなんとなく気になった。ただそれだけだ。
「それ今必要な情報?」
ごもっとも。
「ただなんとなく気になったからとしか言えんが。さっき聞いた因果を操れるってなんか凄く便利に感じたけど他の連中はどんな感じなのかと思ってな」
「やれやれね」
「そう言わず教えてくれよ。ちょっと気になるだろ」
諦めたように嘆息した白河は、
「いいわ。七大罪の司る固有能力を教えてあげる」
「七大罪ってなんか格好いいよな」
「どうでもいいわねほんと」
「そうか?」
「そうよ」
呆れたように再び嘆息吐く白河は意外と丁寧に答えてくれた。
固有能力を有しているのは世間で七大罪と呼ばれている悪魔の称号者のみ。
サタンは無を司る。
ルシファーは因果を司る。
ベルゼブブは時間を司る。
レヴィアタンは空間を司る。
ベルフェゴールは粒子を司る。
マモンは肉体を司る。
アスモデウスは五感を司る。
「各々司る能力によって使える力は変わってくるけどざっとこんな感じね」
「なるほど、サタンの無ってのは強そうだけど因果が一番有能そうだな。よく解らんけど」
「そうね。魔力とイメージする力があれば事実上なんでもできるといっていい能力だからね。そう、だからようやく現れたルシファーに死んでもらうわけにはいかないの。七大罪の枠だって私たちを含めて四人しかいないしね」
「四人!?」
てっきり全員勢ぞろいと思っていたがそうではないようだ。
「いるのは誰なんだ?」
「ルシファーレヴィアタンの他にはマモンとアスモデウスよ」
肉体と五感か……と少し呆れる鴇矢。
「なんか戦力的に微妙そうな連中ばっかだな」
「まさか。二人とも強いわよ。少なくとも今のあんたよりは間違いなく」
そりゃそうだろうよ。力を手に入れたばかりの人間と比べられても困る。
「待てよ、悪魔にそういう類の存在がいるなら天界、いやユグドラシル側にも……」
「ええいるわ」
「もしかしてだけどお前が転校してきたってのはここら辺でなんか危ないことでも起こったりするからなのか。例えば大々的な殺し合いとか」
「そうよ」
相変わらずあっさりとした台詞だこと。しかしそんな奴が自分の周辺にいるかもしれず、正体がばれれば殺しにくるってのは笑えた話じゃない。
再三に渡って正体をばれないようにしろと言っていたのはそういう理由だったのかと鴇矢は納得した。
「解ったかしら? 危険はすぐ傍まできているの。解ったら次行くわよ」
白河はずいぶんとせっかちのようだ。
いやもしかすると鴇矢が単純にマイペース過ぎるだけで事態はもっと深刻なのかもしれない。
「ああ。次は魔術の使い方だったか」
「そう。といってもまずは基本的な肉体強化からね。それで魔力の使い方の基礎を身につけてもらうわ」
「肉体強化ってことはあれか、あのバスケでのお前のキレを俺も再現できるようになるってことか」
「バスケ?」
「今日の授業だよ」
「ああー、あれは単純な身体能力で魔力は関係ないわ。肉体強化で行ったのは敵をコンクリートに蹴り飛ばしたあの時よ」
思い出す。
一撃のもとに白マントを殺した必殺の蹴りを。
「それじゃあまずは魔力を脚に溜めるようなようなものをイメージしてみなさい」
言われるがままに鴇矢は脚に渦巻く魔力元素を集中させてみる。
なんだろうかこれは。
脚が妙に軽いだけじゃない。
通常の何倍もの脚力を出せそうな感覚がある。
「地面を蹴って上に飛んでみなさい」
言われるがままに地面を蹴る。
すると脚から魔力がジェット噴射したかのように噴き出す感覚から高速で上空というより斜め上方に飛んだ鴇矢は、
「うお、ちょ」
そのままラグナロク支部の豪邸に直撃し破壊。コンクリートの瓦礫に埋もれることになった。
スタスタとゆっくり鴇矢の方へとやって来る白河は冷たい表情を崩さないまま、
「私は上へ飛べと言ったのよ。誰が建物に突撃しろって言ったのよ」
瓦礫をどかして這い出る鴇矢。体中がボロボロで痛みもあるが十分動けている。
コンクリートの壁を衝撃で壊すほどの激突をして四肢がくっついているのを見る限りどうやらマジで肉体的に化け物になったらしい。
「まああんたの場合力が強すぎて制御が難しいってのもあるのかもね」
「お前も最初はやっぱ苦労したのか」
「当然よ。最初は基本的な肉体強化から始めて簡易的なもの。それから呪文でいくつもの魔術を編んで行う必要がある上位魔術。身につけるまでに三年はかかった。レヴィアタンの力が強力すぎてまともに制御できるようになったのはほんの最近ってとこ。ルシファーのあんたは尚のこと難しいでしょうね」
「そんなに……って呪文を必要とする魔術ってのはやっぱ暗記が必須なのか」
「当然よ。その上でその魔術に応じた量の魔力を的確に注入することでようやく形になるの。簡単に魔術を身につけれるようになると思ってたの?」
なんてことだ。暗記、つまり勉強しろってことだ。
白河は知っているのだろうか鴇矢の学業成績を。
せっかく非日常の力を使ってうっひゃーできると思っていたのにとんだ頓挫だ。
気持ち絶望の表情を浮かべる鴇矢に気づいたのか白河は言う。
「まあ急いでもしょうがないわ。まずは基礎から覚えていきましょう」
「……それもそうだな」
どうせもうなるようにしかならないならやるしかない。
よく考えれば高位の魔術が使えなくても簡易的な魔術ならば普通に行えるということ。
どんなものが簡易的かは解らないが普通の人間以上のことはできるということだろう。
ならばやってやると鴇矢は思う。
俺のつまらない欠伸の出るような日常に光を灯してやると息巻く鴇矢。
「ふふふふふ、ふはははははははははは!! やるぞ俺は。白河、俺はルシファーとして大悪魔として振舞ってやる。あはははははははは!! そして全ての者を叩きのめす実力者になってユグドラシルだの天使の称号者だの全てねじ伏せて高みへと上り詰めてやるぜ」
「……言っとくけど通常の生活の中ではなるべく魔力の行使はやめておきなさいよ」
「なんで?」
「あんたみたいな凡人が急に身体能力が強化されてスポーツで活躍したり、テストで当たり前のように百点を取るようになったとしたら怪しまれるでしょうが」
「ちょっと待て、それじゃあ俺の計画が」
「あんたひょっとして力使って人気者にでもなろうと思ってたの?」
「ギク」
なんでばれたのか。鴇矢は一度として喋ってはいなかったはず。
「ほんと馬鹿ね。死にたくなかったらなるべく魔力の行使は抑えなさい。私の面は割れているけどあんたの面はまだ割れてないんだから。ただあの時の戦闘で一般人が一人戦闘に参加していた情報は伝わっている可能性が高いの。監視してた奴もいたみたいだからね」
「ってことはあんまりお前と親しくしてると俺の正体も怪しまれるってことだよな」
「そういうことね」
学園のアイドル的な白河と秘密の共有をする中で且つ学校生活を共にするという特別な立ち位置をゲットできていたと思っていたのにこれではまるで意味が無い。
むしろ今まで以上に関わってはいけないということ。
しかも魔力の行使は必要最低限だと?
全くもってつまらないではないか。
せっかく力を手に入れたのだから使いたい。
めっさ使いたい。
使わせろこんちくしょう。
「とりあえず約束よ」
「解ったよ」
「ほんとに解ったのかしら」
解ってますとも白河さん。ばれないように自分の学園生活に花を添えてやるぜと鴇矢は内心ほくそ笑む。
「それじゃあ肉体強化の練習続けるわよ」
「おうとも」
それから丸一日白河とのマンツーマンは続いた。
それは少しだけだが得した気分である。
美少女と二人っきりというのはどうしても嬉しいものだ。
これから基本的に毎日学校が終われば白河と二人っきりの秘密の特訓。
テンションがウナギ登りの鴇矢は白河の厳しい罵詈雑言にも耐えながら魔力の使い方をマスターしていった。
ありがとうございました。