今日から悪魔(ルシファー)第三章
よろしくお願いします。
物事ってのは想定していれば楽なものだが、想定していないとこから認識できない速度で何かが起こると、本当にどうしようもない。
何かが飛んできたと判断する前に目の前のコンクリートが砕け、その衝撃で辺りが激しく振動する。
そしてその振動で飛んだ副産物の破片が鴇矢の体に勢いよくぶつかり痛みが走った。
「なんだ……一体」
鴇矢の中から恐怖と痛みの感情以外がさっぱりと消えていた。
「これって……はあ? いや待てよ」
イカレタ調子で声を漏らすのも無理はない。
先ほどまで夕日で明るかった世界が鼠色の靄のかかった空間に変化していた。
建物の構造や状況は何も変化していないのだが辺りの空間がその靄によって遮断されているといった感じだ。
前を向くと、
「白河……」
だけじゃない。
いるわいるわ。
白いマントを身につけ顔を隠している数人の人間が。
何かの会議といった様子でもない。宗教団体の集まりだとしても温厚な状況ではないことだけは見て取れた。
白河を相手に数人の白マントが構えているのだ。手には剣やら槍を持った連中が無防備の女子生徒一人を相手に今にも斬りかかろうとしている。
「ひっ」
思わず声が漏れた。
鴇矢の目の前。
壁に埋もれるように血を流している人間がいた。
そいつは連中と同じように白マントを着ているが滲み出た血によって赤く染まっていた。
顔はコンクリートに埋もれてよく見えないがおそらく潰れている。
鴇矢の恐怖が最高潮に達しようとした時、それを遮る声があった。
「困ったわね……まさか後をつけてきたのかしら……天野くん?」
冷たい表情。
人殺しのような冷たい視線。
学校では見せないようなどす黒い顔を鴇矢に向けてきている白河。
「何して……」
「一体どうして侵入できたのかは解らないけど、仕方ないわそこで見ていなさい」
「見ていろって……――――白河後ろ!!」
鴇矢の声に反応してか最初から気づいていたかはさて置き敵に振り返った白河は右の掌を前へと突き出す。
一斉に襲いかかっていく白マント集団に一切震えすら見せずに、
「風環方御!!」
そう叫ぶとよく解らない空気を振動させている透明な輪っかのようなもので次々と白マントを拘束していく。
白マントたちは拘束されるたびに情けない声を出しながら剣や槍といった武器を地面に落していく。
肉体は切らないが相当な力で拘束されているのだと思われる。
「ふぅ、数だけいてもしょうがないって学びなさいよいい加減。……さてと問題はこっちか」
無力となったことを確認した白河は再び鴇矢の方へと振り返り歩いてきた。
「あんたどうして異空間の中に入ってこれたの?」
突然の質問。したいのはこっちだと睨みつけると肩をすくめた白河は、
「ユグドラシルのメンバーってわけじゃなさそうだし、力も使えそうには見えないんだけどね」
「…………異空間ってのは周りの靄みたいなやつか」
「……そうよ。今ここは場所は同じだけど同じじゃない異空間になってるの。……はあ、またやったわ……人がいないのを確認し損ねるのこれで二回目。ほんと駄目ね私って」
何を言ってるのか解らないが、普通の状況じゃないってことだけは解る。
鴇矢はコンクリートに埋まっている男を見て白河の方を向かずに問う。
「こいつはお前が殺したのか?」
「そうよ」
簡単に言う。
「そんなの警察沙汰じゃないか」
「警察は異空間内に入ることはできないわよ。大天使の転生者でも出入りは難しいわ。そうね、あなたのような一般人じゃ普通の世界からこの世界に入ることはできないの」
クスリと笑う白河。
その笑みが怖い。
「一度展開した異空間を消滅させる方法は結界を出現させた者が死ぬか、術者が解くしかないわ。もっとも異物を排除した後の話だけどね」
「異物って、この白マントか」
「ええ、正解。私たちラグナロクのメンバーにとって排除する対象はユグドラシルのメンバー。異物対象はこいつらよ。だからあなたはそこで待ってていなさい。すぐに処分するから」
処分? あそこで輪っかに掴まれもがいている白マントを目の前で転がっている男同様に殺すということだろうか。そんなもの見たくはない。
「――白河!!」
鴇矢の言葉に反応したのかそうでないのかは定かではないが、後ろに拘束された連中の内の三人が輪っかを破り白河の方へと宙を蹴るように接近してきた。
「おとなしくしていれば一瞬で殺してやるのに、しつこいわね」
白河の手にどす黒いエネルギーの塊が発生。
「限空放加!」
直後だった。
体内の空気が膨張するように膨れ上がったのだろう。
白河が唱えた瞬間白マント三人が爆散して血飛沫をまき散らした。
よくこの光景を見ていまだに気絶しない鴇矢は想像以上に根性が座っているのかもしれない。
が、まだだった。
終わったと鴇矢も殺人鬼の白河も思った。血飛沫で視界が隠れて気づくのが遅れたのだ。
後ろの輪っかを破ったさらなる二人が接近していた。
「――ちぃ」
理解できない白い光の光線が白河に襲いかかる。
「天野くん、君は寝てなさい」
『守りながらいつまでやれるか』
頭に直接聞こえてくるような声が白マントから発せられる。
気づいた時には白マントは白河の横に回り込んだ。
前から来る天使の称号者をグーパンチで払った白河は横からきた天使の称号者に蹴りをお見舞いする。
凄まじい威力だということは鴇矢の目から見ても明らかで、顔面を殴られた称号者の頭は乱回転しながら飛んでいき、腹をえぐられた天使の称号者はコンクリートの中へと血まみれで死んでいる男同様に潜りこんだ。
これだけの脚力があればバスケでのあのキレも納得がいくもの。
「あんたら程度がレヴィアタンである私に勝てると思っているの?」
死体を見下ろすように学校では見せない結界内専用の冷徹スマイルを見せる白河。
「な、なんなんだこりゃあ」
絶句とはこのことだろう。
もう何が何だか解らない。
誰が敵で誰が味方なのかも解らない。
白河は鴇矢を守るように動いてくれている気もするが、単なる気のせいかもしれない。
それに一つ気になる台詞がさっき白河の口から発せられた。
聞き漏らしていないなら間違いない。レヴィアタンだと?
レヴィアタンといえば名前くらいは聞いたことのある有名な悪魔だが、白河がそのレヴィアタン本人だというのか。
などとどうでもいいことを考えながら――、鴇矢は眼前の光景に目を剝く。
「あぶねえ!!」
白河の視線は蹴り殺した死体の方を向いている。
輪っかを壊した奴らはまだ残っていたのだ。
横。
白河の視界の後ろに高速で回り込んだ天使の称号者は右手に西洋風の剣を持っていた。
そんなものどこから取り出したんだなんていうツッコミはこの際どうでもいい。
もういろいろ見すぎてそんなこと瑣末な問題だ。
それよりも重要なことが目に映った。
西洋風の剣、その切っ先が白河の頭に向けられているのが解った。
白河は気づくのが遅れたようで珍しいかは解らないが焦りのような表情を浮かべる。
鴇矢は思わず飛び出ていた。
自分でも何バカなことしてんだ。
そんなことを考える間もなく。
痛かった。
いや痛みというより熱い。
体中から熱が吹き出るようだ。
鴇矢は地面に転がる。
薄くなっていく視界の端で紅い光は灯った後肉片らしきものが飛び散ったのもなんとなく解った。
しかしそれ以上に意識が飛んでいく。
「しっか――あ――そね――――やるし――のか――――」
白河が何かを独りで呟いている声が聞こえる。
そんなことしていていいのだろうか。
白マントはどうした。
皆倒し……殺したのだろうか。
そんなことを考える余裕がある自分を褒めてやりたいところではあったが長くは続かない。
そして気づいた時には鴇矢は暗闇に堕ちていった。
ありがとうございました。
明日も20時に更新する予定です。