今日から悪魔(ルシファー)第十六章
よろしくお願いします
「彼女が欲しいんだが」
「何を言っているんですかあなたは」
トイレに連れていき真顔でそう谷崎に伝える鴇矢。
当然谷崎は呆れた面をしている。
「だからぁ、リア充な俺的にはやっぱ彼女がいてなんぼだと思うわけよ。普通そうだろ。今まで話したことも無い奴とも知り合いになって、噂じゃあ俺に好意を寄せている女子もいるとの噂だ。そんな完全リア充たるこの俺が彼女いない歴年齢なんてことあっていいはずがないだろ」
「…………レヴィアタンの苦労が理解できました」
「うっせ。とにかく俺は彼女が欲しいんだ。彼女がいなくちゃリア充っぽくない。俺の理想とするリア充とは程遠い。だから手伝えって言ってんだ」
「手伝えと言われても困ります」
「そこらの微妙な奴だとつまらんのよ。もし彼女になった奴がユグドラシルの刺客だったら怖い。そこでだお前の能力を使って女子生徒を造ってくれ。とびっきりの美女を」
鴇矢の意思を察したように、
「それを転校させてこいと?」
呆れ混じれに言う谷崎。
「その通りだ。やっぱり俺みたいなモテモテリア充には美人の彼女がいる。そう思わないか?」
「どう思うかは知りませんが、転校してきていきなりあなたと接近したら確実にサリエルに疑われます。必要以上に力を割きたくないし却下ですね」
「そんなこと言ったら俺の計画が破綻するじゃねえか」
「知りませんよんなこと。とにかく彼女を持つリア充を目指すのなら自分の力でなんとかしてください。今の無駄に目立ってリア充を気取ってるあなたなら、あなたの言うとおり彼女くら能力を使えば作れるでしょう。それがユグドラシルの刺客であったのなら自分でなんとかしてください」
「俺を守ってくれるんじゃねえのかよ」
「守りますよ。常識の範囲内で。ただ…………想像以上にあなたの頭の中に心配になってきたところです。本当に状況を理解して反省しているのかと思いましたが大間違いだったみたいですね」
そう言うと位相のずれを元に戻した谷崎は、
「まあせいぜいがんばってねぇ~」
さっさと教室へ帰っていった。
「くそ、頼りにならん奴だな」
舌打ちした後鴇矢も教室へと戻っていった。
五限目。眠気を殺す為にか体育の授業があった。
クソ面倒な着替えを済ませ、途中トイレを終えてから赤坂と谷崎を交えて体育館へとやって来た。
今日の種目はバレーらしく重たい鉄の棒を床の穴に挿してネットを張った。もっともやったのは運動大好きの連中中心で鴇矢や赤坂のようなやる気の薄い連中はほとんど見ているだけだろうと思っていたら、
「今日は勝つからな天野」
そんな台詞を中村に吐かれた。昔なら上等だ叩きのめしてやろうという気持ちになっていただろうが、本当の意味で超人となり心に余裕のできてしまった鴇矢からすれば、そんなやる気は余所に置いといて欲しいと感じるだけだ。
チームメイトには谷崎もいた。
そういえばと思い返してみる。
本来とはかけ離れていても身体能力は常人以上の谷崎だが、体育の授業では可もなく不可もなくといった調子でいつも終えている。
分身を操作するだけでも一苦労なのに他人にばれないように調整を怠らない。
そのことに少し感心を覚えた鴇矢は今までとは違い普通を目指すことを心がけるようにしようと考えていた。
谷崎ほど上手く能ある鷹は爪を隠すをできるかは解らない。
ルシファーであることがユグドラシルにばれたかもしれない以上意味があるのかも解らない。
だが、これから起こる出来事に耐えていくにはこれくらいのことは当たり前のようにできなくてはならないような気もする。
例えば、自分に勝つ気満々の中村にあえて負けて良い格好させてやるのも必要なことのように思えてくる。
理想は手を抜いていることをばれないように、けれど自分の評価を下げないように立ち回ること。
簡単なようで案外難しい。
中村はやる気満々でこちらを見てきている。
どれだけ対抗心を燃やしているんだとげんなりもするが、今まで調子こいたツケが回ってきたと考えるしかない。
「谷崎」
「どうしたの~」
「俺やるよ」
「何を?」
「ルシファーとして相応しい忍耐力を奴をつけるってことだ」
「……そう……まあ頑張って」
一言そう言うと谷崎はさっさと行ってしまった。
「……よしやるか」
ボールがコート上を飛び交う。
動体視力が異常なまでに上がっていることがよく解る。
普通なら目で追えないボール。走っても追い付かないボール。それでも相手の動きとボールの軌道を読んで先回りするように動く。
あくまで通常の人間の身体能力の範囲で。
力を意識して抑える。これが思いの外しんどい。
スパイクをすればジャンプ力と一撃でまた注目度が増してしまう。
だから周りを活かす……
「そうだ……」
思いついた。
因果を操る能力でゲームそのものの進行を操ってみせることはできないだろうか。
ルシファーの能力の弱点は原因を把握する頭の回転の速さ。能力者の瞬発的な発想が必要であるということ。それをバレーボールという動きの激しいスポーツで完璧にこなすことができたなら成長といえるだろう。
一人のプレイヤーがスパイク体制に入る。
素早くその相手の結果を操る動作に入る鴇矢。
求める結果はアウト。
必要なのは打ちどころの悪さ。
ブロックを行うことでコースを絞ることで補完する魔力を削減し、後は足りない部分を魔力で補う。
バン!! ボールがコート外に堕ちる。
想像した通りの軌道に乗って飛んだボールは見事に想像した通りの位置に着地してアウトになった。
「いける……いけるぞ」
能力の行使の仕方が徐々にだがしっかりと掴めてきた。
確信を持って言える。
白河に自慢してやりたい。
もっと精度を高めていけばどんな称号者や解放者どもが来ようが怖くなくなる。
「ふ~ん」
その光景をずっと隣側。つまり女子チームの試合を眺める振りをして見ていた長瀬はつまらなそうに声を漏らす。
ルシファーは確実に能力を理解していっている。
「……一度で操る魔力量も増えてる」
無意識では解らない。だが意識すれば魔力の反応を感じることはできる。
鴇矢は確実にルシファーの固有能力でゲームを支配している。
「しかも……あえて普通の人間のように立ち回ってる……内面も成長したってことかしら」
まだ長瀬の体力は回復していない。
アズリエルからの報告でルシファーの始末を優先するとは聞いているが、このままでは鴇矢の覚醒の方が早くなるかもしれない。
そうなれば実質アズリエルとサリエルでルシファーとマモンを相手にしなくてはならない。そこにレヴィアタンまでもが加わるとなれば勝敗は火を見るより明らかだ。
やはり増援を要請するべきだとアズリエルに言うべきだろうか。
しかし頭に血の上ったアズリエルが素直に忠告を受け入れるとも思えない。
「やっかいね……」
「何が厄介なの?」
「え、いやなんでもないよ」
唐突にチームメイトの女子に声をかけられ戸惑うも平静を装う長瀬。
「あーひょっとして天野くんのこと見てたんでしょ」
「え、あ、えーっとまあね」
この感じのやりとりは何度目だろうかと長瀬は感嘆の声を出しそうになる。
「やっぱやっぱ天野くんと長瀬さんってもう付き合っちゃったりしてるの?」
「そんなことないよぉ」
「ほんとにほんとに?」
付き合う? バカバカしい。
いやそんなこと寒気すら覚える。
長瀬は忘れない。決して忘れることなどできない。許すことはできない。自分の全てを蹂躙し踏みにじってきた悪魔という存在を。その存在の力を頼りにしている連中を。
そんな連中をいまだに始末できない自分の不甲斐なさを。
ありがとうございました