今日から悪魔(ルシファー)第十四章
よろしくお願いします
サリエルとの戦いを終えた鴇矢をマグニチュード八の規模で揺らして現実を突きつける事態が起きたのは白河を置いてラグナロク北関東支部を出た翌日だ。
そもそも北関東支部というからには他にもこんな場所があるのだろうなと思いつつ歩みを続けていた。
「本部はやっぱ東京にあんのかな」
「おーい天野くーん」
「……」
その足を止める為に放たれたような声が一つ鴇矢の耳元に入る。
聞き慣れた声。しかし昨日の今日でそれはあり得ないと思ったが白河の言っていた通りユグドラシルの人間はそういう類の存在なのだろう。
「
おはよー天野くん」
長瀬だ。
顔を振り返らず特定する。長瀬だ。
どういうつもりだろうとまず問うべきなのだろうか。さすがにあれすぎではないだろうか。
「天野くんおはよう。昨日は元気に眠れたかな…………――レヴィアタンも」
笑顔。笑顔がまぶしい。
ただ最後のレヴィアタンというワードだけで敵意があるのは伝わる。
その顔の裏にどんなどす黒いものが渦巻いているのか想像しただけで気力を持っていかれそうだ。
長瀬の声は肉体を蝕むようなえげつないもので、
「昨日のこと下手に一般人に喋ってないわよね」
こんなこと言うんだからどうしようもない。
「喋ったら困るのかよ」
「困るわよ。天界や魔界のことに関して一般人には無関係を貫き通せってのがユグドラシルの総意だからね。私も従っているの」
だからそちらにも守ってもらわなくては困るという言い草。
「それにしても驚いちゃったなぁ、天野くんがあのルシファーになるなんて出会ったばかりの頃は思いもしなかったから。いざ敵として、それも幹部クラスとしてこうして向き合ってるのってとっても不思議じゃない?」
「不思議じゃないわけないだろ。というかなんでルシファーって特定しちゃってんだよ」
ルシファーか高位の解放者かは話していなかったはず。
「そんなの解るに決まってるでしょう。そもそもそのつもりで昨日は接近したんだから。むしろあなたがルシファーじゃなかったら困ってるとこよ」
「どうして?」
「ただの解放者を始末する為にあれだけの称号者を失ったんじゃあ言い訳にもならないからね。何よりあの女が納得しない」
どうしてそんな風にいつも通り来られるのか鴇矢の常識は悪魔や天使には通じないものなのかもしれない。
「なんでそんな風にしてられる。俺を殺すつもりはもう無くなったのかよ」
「殺すわよ。私個人としてはだけど。でもね、あの一戦でこちらは大多数の仲間を失った上に今の私はこう見えてもかなりのダメージを負っていてね……もしあなたを殺そうとすればマモンが来るでしょう?もう学校にいることは明白でしょうしあなたを殺そうとすれば偽物か本物かはさておきマモンと戦うことになる」
「それは避けたいってことか」
鴇矢の知り合いにいると言っていたマモン。
「肉体を司るだっけ……」
「そのくらいは知ってるのね。まあ仮にもルシファーだしそれくらいは把握してるわよね。なんならラグナロクで知ってること全て吐いてくれてもいいのよ。私個人としてもユグドラシルとしても情報は大歓迎だから」
「うるせえ。誰が喋るか」
肉体を司ると言ってもピンとこない。
聞く限り分身を作り出せるようだが、だからなんだといった感想なのだが、実際はユグドラシルにとっても相当に脅威なのだろう。
そんなに強い奴なのかと少し感心する。
「名前の割にやるんだな、マモンって奴は」
「やってくれるわよ。あれからユグドラシル内部のスパイ捜索に時間を取られるし。でもマモンの奴相変わらず姑息で手の打ちようがないわねえ。正面切って戦うタイプじゃないから。本体は間違いなく女ね。女の陰湿さを感じるわ」
「マモンと何かあったのか? 交流的なそれ」
「ないわよ。本物とはね。マモンはいくらでも姿形を変えられるし、魔力さえあれば無数に分身を作り出せる。分身の強さはオリジナルには及ばないらしいけど正直ギリギリだったから、本体はどれだけの強さを持ってるか想像できないわ。レヴィアタンクラスはやめてもらいたいわねえ」
そんな本音を敵である自分に漏らしていいのかと若干不安になってくる鴇矢。
もしやこれは鴇矢を油断させ罠に嵌めさせる作戦なのではないかと勘ぐってしまう。
「とにかくこちらとしては停戦協定を結びたいわけよ」
「突然だな」
「当然でしょう。こちらとしても今は事を荒げたくないの。学校にいるマモンともまだ対峙したくないし」
「マモンの正体を知ってんのか」
「特定なんてしていないわ。逃げ隠れが得意だからね。それに偽物をいくら殺しても次の日にはまた普通に偽物は登校してくるし意味無いのよ。今は必要以上に事を荒げたくないしね。マモンとやり合うには体力の消耗が激しすぎるわ。だから協定を結ぼうって話よ」
「断ったら?」
「そうね……だとしたらあなたが女子トイレシーリーズを皆にばらすっていうのはどうかしら。きっと素敵な展開になるわよ。あなたが因果を操って作り上げてきた地位も名誉も無くなっちゃうかもしれないわ」
「なら今すぐ俺の能力でお前を無にするっていうのはどうだ」
「それだけのことができるの?」
「高位魔術で消しさることなら可能なんじゃね」
「固有能力者は通常の魔術は使えないでしょう。そんなことも習ってないのかしら。でも凄いわよあなた。あれだけの数の称号者を身体能力だけでぶっとばすんだもん。まさにレベルを上げて物理で殴ったってとこかしら」
「俺の戦い方はクソゲーレベルってことか」
「お粗末ってことよ。言っておくけど今のままじゃ音速を超える速度で移動できる天使の解放者以上には勝てないわ」
「まあ白河があれだけボロボロになるくらいだからな」
「……意外ね」
そういえばなんで白河はあんなにボロボロだったのだろうと思い返してみる。
白い光に包まれて異空間から抜け出したら白マントは皆死んでいたらしく長瀬もサリエルの姿を維持できないほどに消耗し切っていた。
「気づいてなかったの?」
「は?」
「彼女は私があなたを殺しに行こうとしたからあなたを守るために本来あなたに使うために全力の空間固定をあなたに使ったのよ」
「意味が解らん」
「あの白い光は空間消滅っていってね。レヴィアタンの最終奥義といってもいいの。規模が大きければ大きいほど威力が増す。あの時は異空間全てを消滅する程度、だから自分も死ぬには至らない、だから使ったの。自分の身を犠牲にしてね」
「そんな……」
「嘘じゃないわよ。でないと全力の防御法術で身を守った私がこんなにボロボロになるはずがないじゃないの」
「つまり俺の弱さが白河をあんな風にしちまったってことか」
「そういうことよ。もっとも仕方がないといえば仕方がないんじゃないの。あなたはまだ悪魔としての力に目覚めたばかりなんでしょうし」
「それは……」
それはそうかもしれない。だが気持ちがいいものでもない。
一言罵声の一つでもくれてくれればよかったんだ白河も。
これでは凄く後味が悪いではないか。
「ボーっとして大丈夫? そろそろ学校に着くわよ」
「ん、ああ」
「それじゃあ学校では今まで通りでいきましょうね。天野くん」
「…………今まで通りね」
正直お断り願いたい。いつ後ろから背中を刺されるか解ったものじゃないからな。
手刀であれだったのだから聖剣で刺されれば致命傷もいいとこだろう今の鴇矢では。
だが相手は相手で疲弊しているようで、今は戦う余裕がないというのも嘘ではなさそうだ。
ならば受け入れるのも悪くはないのかもしれない。
「解ったよ。だけどそっちもちゃんと守れよ」
一応念を押すと、解ってるわよ、と一言残してクスクス笑いながら踊るように小走りで校門に向かっていき同級生に挨拶していた。
つくづくあの切り替えの能力は凄いと思う。
「おはよう~」
「ん、おう谷崎おはよう」
「今日の一時限目の科学の授業なんか体育になるらしいよ~」
「また体育か。どんだけ好きなんだこの学校は。運動なんて朝と帰りの登下校だけで充分だろ。必要以上の運動はむしろ身体に悪いと思うんだが」
「そう……天野ってば最近いろいろ活躍してるし体育とか好きなもんだと思ってたよ」
「断じてない」
歩きながら、
「そうなの~」
「そうだよ。いろいろあってもう嫌いになったくらいだ。いや元々好きではなかったんだがな、最近になっていろいろ面倒があったんでできる限り目立ちたくないんだよ」
「でも皆天野の凄さ知っちゃってるし手を抜くなんてしたらまずいでしょ。特に中村なんてライバル心剥きだしだし」
「それなんだよ……どうすりゃいいんだか」
「…………」
「どうした谷崎急に黙り込んで」
「ふ~ん、ようやく自分の立場を理解したみたいですねめんどくさい」
急に落ち着いた喋り方に変わる谷崎。
「は?」
当然鴇矢も違和感を感じて戸惑う。
「あんなことがあってまだ能力使って目立つような馬鹿ならどうしようかと思ってました。というよりレヴィアタンからの情報ではそちらの方が強いとのことでしたけど」
「能力って……ちょっと待て」
「ルシファーであることはばれてないにしろ解放者以上の存在ということは相手に知られました。力の覚醒具合はできるかぎり避けておきたいですからね、ほんとめんどくさい」
「谷崎お前……」
言葉を詰まらせる鴇矢。
谷崎の様子がおかしいのは喋り方から解った。
ただ言葉を詰まらせた理由は……谷崎からわずかに魔力の気配をを感じ取ったから。
「わたしの本名はシエリア=アーディエント。七大罪が一柱、マモンの転生者です。もっともこれは能力によって作り出された模造品。ただの人形ですが」
「おいおい周りに人がいるのに喋って」
「位相をずらすというやつですよ」
「七大罪は固有能力しか使えないんじゃなかったっけ。確かマモンは肉体を司るんだろ。よく知らんけど称号者みたいな魔術は使えないんじゃ」
「言ったでしょう。私は肉体を司る悪魔。本体以上のエネルギーを持った存在を作り出すことはできませんが位相をずらすなど通常の魔術を使う人間を生み出すことは容易です」
谷崎は辺りに目を向ける。
釣られて鴇矢が辺りを見ると学校に向かっていく生徒の中でこちらに気を向けてる相手はいない。
「うおっ」
ぶつかりそうになった。
一般生徒からこちらは見えていないということなのだろう。
「思った以上に便利な能力みたいだな。つまり今のお前は普通の称号者であり固有能力は使えないってことか」
「そうですね。マモンとしての力は使えませんが固有能力者でなく模造品の身なのでいくらでも身の負担の大きい上位魔術も使えます。所詮使い捨てですから」
「嫌な言い方だな」
「事実ですし」
「…………お前は長瀬がサリエルだって知ってんだよな」
「もちろん」
「どうするんだあいつは。放置か?」
「疲弊していてこの辺りの大半の天使の称号者は全滅した今彼女に敵対する力はないでしょう。私の力の具合も把握できていないようですし。なのでまずはレヴィアタンの回復を待ち、その後ラグナロクから後方支援の称号者を展開して確実に仕留めます」
「どのくらいかかるんだ」
「空間消滅をほぼ無防備に受けた以上一週間は動けないとみてください」
「それまで鍛練とかはどうすんだ」
「ラグナロク北関東支部でわたしの別の分身があなたをお待ちしています。めんどくさいですが仕方ありません。レヴィアタンがあの状況では」
「つまりお前が協力してくれると」
「そうです」
「解った。じゃあ俺は今まで通りの行動を取ればいいんだな」
「ええ、今まで以上の能力を使わずにリア充生活を満喫してください。疲れない程度に」
ずらした位相が戻っていく。
「ただし、女子トイレに入ることや女子更衣室を覗いたりするのは止めてください。正直気持ち悪いので」
「それもばれてんだな」
「当然です。それ以外は今まで通り行動……してね~天野」
ひょんっと口調を戻す谷崎に違和感を覚えるが正体をばれない為のものだと思えば仕方ないともいえる。
鴇矢を置いてさっさと歩いていく後ろ姿を見つつ鴇矢は思った。
つまりこれまで通りの行動はしていいんだと。
「くくく、俺の生活にはなんの障害も無いな」
心が昂る鴇矢は谷崎の後を追うように入口へと向かっていった。
ありがとうございます