今日から悪魔(ルシファー)第十二章
よろしくお願いします
鴇矢はゆっくりと立ち上がる。傷は完全に塞がっていた。回復魔術を施さなくとも自然治癒力はあるようで随分便利だと感じる。
「すげえなどうすんだ白河」
空中を漂う白マント集団。
その後ろでうっすら笑みを浮かべるサリエル。
「この数を相手に微弱なルシファーを守り切れますかしらねレヴィアタン」
「そうね……守りながらの戦いは難しいけど」
白河は一息吐いてから、
「天野くん、あなたも戦うの」
突然のご指名。
「な、何言ってんだよ。俺にそんなことできるわけないだろ。ようやく催眠魔術を使えるようになってきたばかりで攻撃魔術なんてお前教えてくれてないじゃねえか」
「ごめんね。それ嘘なのよ」
どういう意味だと言い切る前に、
「七大罪の固有能力を持つ存在は本来通常の魔術を使うことができないの」
「はあ!? それってどういう」
「つまりあんたが今まで人にかけていた催眠魔術の使い方がイコール因果を操る力の使い方そのものなのよ」
「ちょ、ちょっと待てよ整理がつかん」
今まで催眠魔術と思って使っていたのが固有能力の上に、七大罪は固有能力以外の魔術が使えないとは一体どういうことかと至極真っ当な質問をする。
「固有能力も使えて且つ通常の魔術も使えるほど万能な存在なんていないわ。固有能力の使い方は人それぞれで私の固有能力は通常の魔術と同じ要領の使い方だけどルシファーの因果の力は催眠魔術の応用に近いの」
「つまり俺が今までやっていたのは因果を操ってたってことなのか」
「そうよ。魔力で原因を補うことで結果を引き起こせていたの。あの前の席の生徒にノートを写させる為にノートを渡したでしょう。その分必要な過程を補っている分必要な行使する魔力は少なくて済んだ。本来ならノートを写すという結果を作り出すのに魔力の扱いさえ慣れていけば過程を省いてノートに授業内容は写すことができていた。そういうことよ」
「見てたのか」
「当然でしょう。あんたの自惚れっぷりはハッキリいって他の七大罪の力を手にした連中の比じゃないくらいとんでもなかったけど」
「やめてくれ」
「とにかくその使い方をイメージして一人でも敵を殺しなさい」
「どうやって」
理解はできてもいざやろうと思えば上手くいくとは思えない。
「例えば敵を爆散するのに必要なのはなんだと思う?」
「爆弾?」
「それもありだけど簡単に考えれば衝撃でしょう」
「ああ」
そりゃ敵を破裂させる力となる何かはいるだろう。
「地面を踏んだ力の過程に魔力を足して爆散するという結果に結び付けることができたとしたらどう?」
足りない衝撃とそれを敵に送るという過程を魔力で補うことができたならば確かに敵を爆散させることも不可能ではないかもしれない。
「……ということは地面を蹴るという動作だけで相手を蹴れるってことか」
「相手の位置と距離によって魔力で補う必要があるけどね」
とんでもなく便利な能力だ。
こんなの無敵ではないのだろうか。
白マントは戦闘態勢に入ったようで何やら呪文を唱え始めた。
「相手の法術を防ぐにどうすればいいのか解る?」
「相手の呪文そのものを無効化するか魔術元素同様に空気中にある法力元素を消してしまえばいい」
「正解よ」
「話し合いは済んだかしら。それじゃあ終わりにするわね」
サリエルが答えると同時に白マントたちから一斉に法術が放たれる。
意識を集中しろ。今までのやり方を思い出せ。
と、そこで思い返す。
「って俺そこまで広範囲の力の行使なんてできねえよ」
あの数相手に全員を対処できない。
どうすればと訊く前に、
「こんなもん練習よ。使い方を学びなさい。全力でサポートするから」
つまりチュートリアル。
因果という絶対的な能力を扱う為の練習時間。白河はそう言っているのだ。
「くそっ、やってやるよ」
光の法術の一線が無数に迫りくる。
それを自分に当たらないようにするにはどうすればいいか。外れるという結果を作り出す為に必要なのは……衝撃でずらす?
思わず地面を蹴る。光の線を弾くという力の過程を補う為の衝撃力として。
すると当たりかけた無数の線がはじけるように散った。
それに驚くのは鴇矢だけじゃない。
「なに、まだ能力は使えないはずじゃあ」
白マントも動揺を隠せずにいる。
「……いける」
敵の前まで移動するのに必要なものは何だろうか。
地面を蹴って接近すること。つまり移動。
地面を蹴る鴇矢。同時に移動に必要なエネルギーを魔力で補う。瞬間だった。
次の瞬間に鴇矢は一人の白マントの前に出現した。
目元を隠している白マントの口がぽかんと間抜けに開いたのが見えた。
先ほどまで遠くにいた敵である鴇矢が眼前にいる。
鴇矢自身思っていた通りの結果を引き起こせたことに驚く。
「これは――」
あわてて法術を撃とうとする白マント。
これがどういうことか理解する前に鴇矢の肉体強化を意識した全力パンチが白マントの顔面に突き刺さる。
一撃を食らった相手は異空間の壁に激突した後音もなく地面に転がった。
面を食らったように立ち止まる連中に追撃するように攻撃を加えていく鴇矢。
まだ瞬間瞬間で必要な原因は取り出せないが乱れた敵の編成なら空間移動と同等の移動からの連撃で十分だった。
次々と蹴散らされていく白マントたち。それを眺めていたサリエルは深くため息を吐いた。
「まだ力の使い方は荒いけど……解放するにしろ覚醒されるとまずいわね」
鋭い殺気が白河を無視して鴇矢に向けられる。
「そんなこと気にしてる余裕があるのかしら。あなた誰と対峙してるのか解ってるのかしら」
対峙するサリエルに不敵に笑いながら言う白河。
「そうね。まずはあなたを始末する必要があるでしょうね。気に食わないけど」
サリエルの右手に眩い光が灯る。
剣だ。光輝く万物を引き裂くような聖剣。どれだけの法力によって構成されているか解らない代物。食らえば無事では済まないその名は、
「アークセナル」
「断層鋭絶剣」
空間を引き裂き繋ぎ止める剣。対抗するように右手に持つ。空間移動に匹敵する瞬間移動。
一気に接近してきたサリエルを空間のわずかな振動で先回りして反応した白河が対抗するように反応する。
剣と剣が衝撃を生む。
「早いわね。空間転移並みだわ」
「天使を甘くみないでくださいますかね汚物が。小癪な固有能力ごときで優位に立った気になってんじゃないわよって話ね」
直後蹴りが繰り出されるが空間固定で防ぐ白河は左拳を敵に振りかざすも謎の力で妨害を受け危険を感じた白河は空間転移で距離を取るも、すぐに接近してくるサリエル。
空間転移についてこられなかったレリエルとは別格の強さを肌で感じる白河。
それに空間ごと切り裂くはずの白河の剣と弾きあった辺り、あれは互角に近い法力によって出来上がっている代物だろう。
空間圧縮断絶砲弾によって連続攻撃を繰り出すも当たらない。当たったとしても天使化した今の長瀬を相手に効果があるかは正直微妙なとこでもある。当然理解してでの攻撃。
「はあああ!!」
瞬間瞬間でかわし近づいてくるサリエルを空間固定で押さえつけ断層鋭絶剣によって切りつけるもアークセナルによって防がれる。
「消えなさい、レヴィアタン」
凄まじい衝撃派は固定された空間を砕き一気に白河を押し切る。
それをどうにかあしらい、空間圧縮砲弾によって追撃を加えるていく。
いくつかが当たるも決定打にはならない。
だが何度も受けていればダメージも蓄積されるはず。
この異空間でならば魔力も体力も能力の行使も白河に分があるはず。
身体能力でわずかにサリエルが勝っているが能力的にはこちらが勝っているようにも伺える。
下手に法術を行使せずに接近戦でくるのも異空間では空気中の法力に限りが生まれる為でもある。
「このまま押し切ってあげるわ」
空間圧縮断絶砲弾でサリエルにダメージを与えつつ空間転移で距離を取り、近づかれたら空間固定と断層鋭絶剣で対応。シンプルだが一番効率的な手。
「鬱陶しい女ねほんと」
「お互いさまでしょうレヴィアタン」
それを感じているようでサリエルも苛立ち始める。
見れば白マントどもは鴇矢に押されている。
対応はできている。しかし因果の固有能力を理解し始めた鴇矢を相手では並みの称号者では勝ち目はないどころか無駄に実戦経験を積ませるだけ。
ならば、
「先に天野を始末する」
方向を変え脚に法力を溜め一気に接近する姿勢を見せるサリエル。
「させると思うの」
鴇矢をやらせるわけにはいかない。
瞬時に空間転移で飛ぶ。サリエルが向かおうとする方角を予想し彼女の後ろを取るように。
「っは、馬鹿が」
だがそれはサリエルの思惑の内だった。
素早く振るわれる聖剣。空間移動してきた白河の動きを読み後方にアークセナルを振るうサリエルの切っ先が白河の腹部を深く切りつける。
「――っ」
思わず距離を取る白河。
「……ちぃ」
傷は深い。血もただれる。が、こんなものレヴィアタンである白河にはすぐに治る上に致命傷にはなり得ない。
サリエルは鴇矢を見ている。今の鴇矢ではさすがにサリエルには勝てない。鴇矢は見た限りせいぜい移動の因果を操ることができるようになったレベル。サリエルならばそれに対応して行動してくるだろう。
傷を空間固定で塞いですぐに追いかける。
そう思った時だった。
まるで傷口から魔力と体力が抜けていくような、魔力が体内から消滅していくような感覚が全身を襲い一瞬目の前から視界が失われた瞬間だった。
「何……!?」
身体から力が抜けていく。
繊細な空間固定を上手く行えない。
異空間の中で自分が!?
そんなことあり得ないと白河はサリエルを睨みつける。
「気づいてるでしょう。自分に何が起こっているのか」
「魔力が法力と反発しあって体内で消滅していってる」
空気中から吸い込んだ魔力が一定量づつではあるが吸い込んだ直後に消滅していく。
「あはははっはははは」
サリエルとなった長瀬が心の底から息を出すように笑い声を上げる。
「アークセナルは相手が悪魔ならば対象を切りつけることが目的じゃなく相手に法力を送り込むことが目的になるの。こう言えば解るでしょうあなたなら」
魔力と法力は反発しあうもの。悪魔の体内に法力が流れれば体内の魔力が反発して消滅する。白河を切りつけたアークセナルと呼ばれる聖剣は切った部分から綺麗に無くなっていた。その部分の法力が白河の体内に入り魔力を大幅に消滅させていく。
その場に膝をつく白河。
「随分姑息な手ね」
通常の人間なら即死の傷だが傷だけなら大したことはない。問題なのは魔力の行使が難しくなったこと。
「息が荒いわよレヴィアタン。さすが彼女が考案した対悪魔用の法術アークセナル。食らえば七大罪でも無力にできるってのは嘘じゃなかったみたい」
「彼女?」
「ユグドラシル最高幹部の一人で数少ない天界に行ける存在よ。性格がちょっとあれだけど私を天使の解放者として成長させてくれた恩人。多少変態でも私は彼女に割と信頼を置いてるわ」
「この……」
異空間が歪んでいく。白河の制御が難しくなっていった証拠だ。
まずい。自分はともかくこのままでは鴇矢はサリエルとなった長瀬に殺される。
白マントの称号者相手に勇敢に戦ってはいてもサリエルを相手にすれば素人同然のルシファーなど一瞬で血祭りになるだろう。
白河は足を叩き必死に立ち上がろうとするが体力も魔力も反発しあって消滅することで意識が消えていく。
「アークセナルは最近になって考案された聖剣。レリエルは頑固者だったから使わなかったのかしら。それとも普通にやられちゃったのかな? まあどっちでもいいんだけど」
情報にはなかった。解放者と戦った相手は死ぬか生きるかしかなく、解放者と戦い聖剣と幾度となく戦ってきた白河は一度として聖剣の一撃を食らうことがなかった。
その経験の浅さ。知識不足がここで足を引っ張る。
「くうかん……あっしゅく……」
魔力の制御が上手くいかない。
サリエルの標的を自分に向けようとするも上手くいかない。
「くそっ」
今の鴇矢にサリエルを倒す術も抑える術もない。
かといって自分は動けない。
もうどうしようもない。
ならばできることはただ一つ。
だが鴇矢を巻き込むわけにはいかない。
今の鴇矢では耐えきれないだろう。
かといってここで死ぬわけにもいかない。
鴇矢を守りつつ自分を生かし敵を一掃する手段を模索するも一つしかない。
情けなさに苛立ちつつも白河は口を開く。
「ほんと無様ね」
この場を切り抜ける為に。
「――ぁ」
サリエルが思わず声を漏らす。
異変に気付いた為である。
だが気づいた時にはすでに事は始まっていた。
止められない。
怖気がサリエルの全身を襲う。
異空間を作る灰色の靄が白河の元へ戻るように消えていく。
「レヴィアタンあんた――」
空間消滅。レリエルを一瞬の内に叩き潰した切り札とも言える力。自らを空間固定で守らなければ即死は免れない衝撃を作り出す技。本人を中心に向けて空間内の全てを無に帰するほどの衝撃派を作り出すもの。
空間を司るレヴィアタンの最終奥義。
レリエルとの戦いでレリエルと正面で放った一撃は空間固定をしても今でも白河に負荷を与えていた。
身体が軋む。
自分をも巻き込む衝撃派の中で軽傷でいられるのは空間固定で身を守れる術者だけ。
白河は同時に全力の空間固定を行う。
対象としたのは自分ではなく鴇矢。
あらゆる物理衝撃を防ぐ空間固定。その全力を鴇矢を覆うように展開。
自分に使う余裕は無い。使えば今の鴇矢では防ぎようがないからだ。
消えゆく空間の中で白河はうっすらとこっちを向いた鴇矢を見た。
「ほんっとに足手まといね」
次の瞬間には異空間は一部の異物を除いて完全に消滅した。
ありがとうございました